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第三章 それぞれの思い
それぞれの思い
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バイト先から自転車で、十五分ほど離れたところにある◯ストに到着した。店員さんに奥の六人がけのテーブルへ案内される。とりあえず、ドリンクバーと各々の食べるものを注文する。
「そんで、今日の店長の話を聞いてどう思った?」
俺は、暗い空気に我慢できず、誰に聞く訳でもなく、全員に質問を投げかけた。
「まあ率直に意見を述べるなら、このバイト先が無くなるのは嫌やし、何とかしたいな」
京がドリンクバーから帰ってくるなり、ぶっきらぼうに答える。
「でも、店の売り上げを俺らがどうにかできるわけでもないし、店長や社員さんに何とかしてもらうしかないと思う」
京が言っている通り、俺たち高校生ができることなんて限られている。
「【FRESHグループ】の知り合いから聞いた話なんだけど」
京に続いて守友が口を開く。
「【FRESHグループ】の社員は入社後、数年間は【FRESHグループ】とフランチャイズ契約を結んでる店舗に研修生として働くらしい。その研修期間で現場を学んで、将来のマネジメント業務に活かすのが目的なんだけど、研修期間に働く店の売り上げや評判は、よっぽどのことがない限り、人事評価に影響されないって話だ。つまり、店が潰れたり、フランチャイズ契約が打ち切られることがあっても、社員はまた何事もなかったように、違う店舗で研修を続ける。
俺が何を言いたいかって言うと、今回【山風】が潰れようが潰れまいが、社員さんにあまり関係ない話ってことだ。だから社員さんをあてにするのは、やめておいた方が良いかもな」
【山風】の社員さんは決してサボるわけでもないし、仕事も真面目に取り組んでくれている。しかし、『必要以上のことをやるほどの、やる気があるか?』と聞かれれば、微妙だ。
「俺は、社員さんたちに頼むんじゃなくて、大学生の先輩たちを頼りたいと思ってる。やる気もあるし、俺らよりも大人だ、何よりも頭が良い。頼ってみて損はないと思う」
確かにバイトの先輩である大学生四人は仕事ができるだけでなく、勉強も出来る。俺たちだけで考えるよりも、大学生を頼った方がよっぽど賢明だろう。
「松葉の言う通り、今の段階やったら、大学生に意見を求めるのがベストやと思う。パートさんも優秀やけど、家庭があるし、仕事以外に何かさせるのは良くないやろ」
本田が守友の意見に賛同し、話を続ける。
「私が皆に聞きたいのは、『みんなが【山風】のためにどんくらいの熱を持って動きたいか?』や。正直言うて、私らはバイトやし、ここが潰れても他のバイト先を探せば良いだけや。一年間働いてみて思ったけど、ここより楽で時給の高いバイト先なんていくらでもあるで」
ここのバイトは女将さんからの指導も厳しいし、時給もそんなに高くない。カラオケやマンガ喫茶で働いた方が、よっぽど楽に稼げる。
「私はお金貰うなら、責任感持って働きたい。やから厳しくても、しっかり指導してもらえるこの【山風】で働き続けたい。【山風】が潰れんようにできることは全部やるつもりや。やけど、みんな部活や学校もあるし、無理に私に合わせず、自分のやりたい範囲で動いてほしいと思ってる。。特に天津と川崎は、部活のエースなわけやしな」
本田の問いに、京と川崎が答える。
「学校の決まりで週二日は部活休みやし、休日は午前か午後暇なわけやねんから、やれることは全力でやるで。また違うバイト先で、仕事を覚え直すのも面倒やしな」
「私、ここで働く前に違う飲食店でバイトしとってん。バイトなんて皆やる気なくて、適当やから、その雰囲気に耐え切れんくて、すぐにやめてもうてん。やから、私も本田と同じで働くなら、バイトでも責任感を持って働きたいと思ってる。それに、部活との両立なんて簡単やし、全力で動くで」
二人に続いて守友とあおいっちが答える。
「俺、見ての通り茶髪やから、ここで採用される前に二、三個面接を落とされてんだよね。別にオシャレで染めてるわけじゃなくて、地毛なんだけど、バイトのために黒染めすんのも嫌だから、意地になって茶髪のままだったんだ。でも、ここの面接を受けたときに、『愛想よく返事して真面目に働くなら、特に何か言うつもりはない』って言ってもらえた。
『人を見かけだけで判断するな』ってよく言うけど、実際にそれをやれてる人少ないと思う。人手が欲しかっただけかもしれないけど、たかがアルバイトに、見た目だけじゃなくて、中身まで見ようとしてくれる職場なんて、そうそうないと思う。だから、俺も可能な限り動くよ」
「私はここで働く前は、敬語なんて全く使えなかったし、上座下座とかのマナーなんて全く知らなかった。ここで学べる事って、他のアルバイトでは得られないものが、たっくさんあると思う。まだまだ学びたいことが、たくさんあるから、私も全力でやるよ」
みんなの答えに本田が笑いながら答える。
「よし、じゃあ全員やれることを、全力で頑張るってことで」
「え、俺まだ何も言ってないんやけど……。みんなすげえ深いこと言うから、ドキドキしながら俺の番を待ってたのに」
「宮は絶対動くやろ。『金や権力に負けんのが一番嫌い』っていっつも言うてるし、変なところで負けず嫌いやねんから、店潰れんのに何もせえへんわけないやん」
「まあせやけど」
何でここまで完璧に俺の思考を把握できるのか? 本田には一生逆らえそうにない。
「とりあえず、松葉が言ってたみたいに、大学生を頼ろうや。でも、六人全員で話しても、意見まとまらへんから、私と宮が代表で大学生と話すわ」
「分かった。先輩たちとの話し合いは本田ちゃんと桜に任せるよ」
守友は俺が返事を待たずに、笑顔で同意している。
「え、何で俺?」
「文句ある?」
俺の頼りない返事に、本田がにらみ返す。
「いえ、何もありません」
「先輩たちからの話聞くまでは各々やれることを考えようぜ」
守友が最後に、真剣な話し合いの空気を締め、俺たちは注文していた料理が運ばれてくるのを待った。
「宮、先輩たちには私から連絡しとくけど、いつが空いてる?」
「部活後でも良いなら、いつでもええけど」
「先輩たち忙しいと思うし、オンラインで話そうかと思ってる」
「あー、オンラインならいつでもええな。日程は任せるわ」
「分かった、また決まったら、連絡するわ」
晩御飯を食べ終わり、各々自転車に乗って帰っていく。今日は色々ありすぎて、疲れた。帰ったら風呂に入ってすぐに寝よう。
【火曜日の晩】
本田が先輩たちに声をかけると、忙しい合間を縫って、すぐに話し合いの機会を作ってくれた。俺はスマートフォンとイヤホンを用意して、自室で全員の準備が整うのを待つ。『先輩たちもういけるって』本田からメッセージが届き、招待されたルームに入室する。
「お疲れ様です。本日はお忙しい中、時間を作っていただいて、ありがとうございます」
「お疲れ。俺ら大学生組も話したいと思ってたし、声かけてくれてこっちこそありがとうな」
固い表情の俺に、大人な態度で対応してくれた、この男性は【氷室 大】さん。大学二年生の先輩で、バイトリーダー的な立ち位置だ。優しいが、自分にも他人にも厳しい人で、氷室さんと同じシフトの日は気が引き締まる。よく女性側のトップである、宗谷先輩と喧嘩している。
ちなみに、料理が趣味で、よく手料理を御馳走してくれる。しかし、油が怖いので揚げ物はNG。
「宮くんも、本田ちゃんも、もっと軽い感じで良いんやで。何か悪いことをしたわけじゃないねんから。」
続いて関西弁で話しかけてくれた、おっとりした口調のこの女性は【禁野 都】さん。京都出身の大学一年生で、看護の女子大学に通っている。京都は大阪よりも最低賃金が低いので、大阪でアルバイトできる京都の学生は、大阪で働くらしい。特に大里は京都のすぐ近くにあるので、京都から働きに来る学生が多い。
ちなみに、楽器を演奏するのが趣味で、ピアノや三味線をたしなんでいる。しかし、くそが付くほどの音痴で、カラオケでは聞く専門である。
「私たちのバイト先である【山風】の所有権が【FRESHグループ】に奪われてしまうかもしれないことは、店長と女将さんから聞いていると思います。その件について、私たち高校生組で話し合い、年上であり、優秀な先輩たちを頼るのが一番という答えになりました。また、六人全員で話し合いに参加しても、まとまらないと考え、私と宮が代表として話をさせていただきます」
「ああ、俺たちも先週、その話を聞いたよ。そんで、俺たち大学生でも、少し話し合った。俺らも【山風】が無くなるのは嫌だから、できる限りのことはしたいと考えてる。でもな、俺ら学生が簡単にどうこうできる話でもないんだ」
いつになく、真剣な表情で春日先輩が答えた。そして、氷室先輩が話を続けた。
「この店が旅館から料亭に移行したのは知ってるやろ? 旅館を建て直して料亭にしたならええけど、旅館やった建物をそのまま使って料亭にしとる。つまり、店として使っていない土地が大きすぎるんや。土地は持ってるだけで税金取られるし、建物の維持費もシャレにならん。確かに料亭の備品倉庫や俺ら従業員の休憩室として、旅館だった建物を活用している。やけど、そんなんじゃ元なんか取れへん。やから、【山風】は他の同じ規模の店舗よりも、高い収益が必要なんや」
氷室さんの言う通り、【山風】は旅館だった建物を、そのまま使っている。土地全体に対して、料亭が占める割合は五分の一にも満たない。しかも、建物が腐らないように、店の経費で何カ月かに一度、メンテナンスを行っている。仕方がないこととはいえ、店にとっては大きなマイナスだ。
氷室さんは暗い表情で話を続けた。
「そんで一番の問題は七月までという、タイムリミットや。前に言うたかもしれんけど、俺と宗谷は大学の制度を利用して、夏休みの終わり頃まで海外留学に行くねん。自分で金を出して留学するんじゃなくて、大学の代表として、海外の姉妹校で勉強するんや。
そんで、その代表を決める試験が今月末にある。結果発表は5月中旬、選ばれたらすぐに出発や。【山風】は鍋料理が人気の料亭やから、春から夏にかけては、他の季節に比べて暇やろ? やからバイトには影響ないと思ってたんやけどな」
話が凄すぎてあまり理解できなかったが、氷室先輩が夏休みまでバイトに参加できないことだけは分かった。
続けて、春日先輩が手を挙げて話す。
「そして、俺は大学生テニス日本代表選考会にエントリーされた。この春から夏まで、選ばれた大学生で集まって練習し、試合して日本の大学生代表選手を決めるらしい。だから夏までは全くバイトに参加できない」
春日先輩はテニスのスポーツ推薦で大学に入学していた。テニスが強いことは前々から知っていたが、日本代表候補に選ばれるほどとは……。
「私も五月から看護師の実習が始まるんよ。他の大学では普通、三年生から実習が始まるらしいねんけど、うちの大学は附属病院があるから、一年生の春から夏まで、資格や知識が無くても実習に行かなあかんみたいやの」
先輩たちは、自分や周りの人間がちっぽけに思えるほど優秀な人間だと、嫉妬を超え、尊敬していた。だからこそ、今回の一件も先輩たちの意見を聞けば何とかなると思い、少し楽観していた。しかし、その優秀さがこんな形で裏目に出るなんて、思ってもみなかった。
「もちろん、合間を縫ってできることはしたいと思ってる。でも、俺ら大学生が主体的に動くことは出来ひん。頼ってくれたのに、ほんまにすまん」
氷室先輩が画面越しに頭を下げる。
「いえ、謝らないでください。先輩たちが忙しいことは重々承知していました、仕方ないですよ」
本田が慌ててフォローを入れる。
「何もできひん私らが言うのもなんやけど、無茶なことだけはせんでな。所有権を譲渡しても店は残るし、店長と女将さんが死ぬわけでもないんやから」
禁野先輩の優しい言葉・口調に少し泣きそうになった。
「分かってます。高校生の僕たちで、できることを実践していきたいと思います」
「あんたらは、他の高校生より何倍も優秀なんだから、もしも、結果が振るわなくても気にしたら駄目だよ。どんなに優秀でもまだ高校生なんだから」
普段厳しい宗谷先輩に『優秀』だと言われると、嬉しさと恥ずかしさがこみあげてくる。
「また、何かあったら連絡くれよ。俺らもメッセージなら返せると思うし」
「分かりました。今日はお忙しい中集まっていただいて、本当にありがとうございました。さっきも言った通り、僕たち高校生でできることは、可能な範囲で実践していきます」
「今日はもう遅いし、終わりにしましょうか」
「ちょっと、最後に言わせて欲しいことがある。」
場を締めようとする本田を氷室先輩が遮った。
「宗谷が言った通り、お前らは優秀やから、高校生なりに何らかの案を出して、実践していくと思う。そん時に覚えておいて欲しいねんけど、高校生は中学生の時と比べて、バイトもして、社会を知った気になるから、自分が大人やと感じることがあると思う。それは、お前らみたいに優秀でしっかりしてる奴らでも起こり得ることや。
そんで、こんな偉そうなこと言うてる俺ら大学生もお前ら同様、まだまだ子供や。つまり、俺ら学生と、社会に出て働いている大人には大きな壁があるってことや。大人が簡単にこなしてることを、俺らがやると、難しすぎてどうにもならんことが多くある。それはお前らや、俺らが無能なんじゃなくて、大人が凄いんや。それだけ忘れんとってくれ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
俺たち高校生はともかく、大学生の氷室さんたちが『子供』というのは、どうも納得がいかなかったが、場の空気を読んで返事をした。
「話が長くなって、ごめんな。今度こそ終わりにしようか。お疲れ、良い結果期待してるわ」
「「お疲れ様です」」
通話ルームから退出し、イヤホンを外す。宗谷先輩たちに『上手くいかなくても仕方ない』と言われたが、今回ばかりは仕方ないでは済まない。
『今回の結果、私が皆に要約して送っとくわ。また明日学校で話そう。おやすみ』
本田からメッセージが届いた。今日は緊張して自分が思っているよりも疲れたみたいだ。本田に返事の文章を打っている間に眠ってしまった。
次の日、朝練を終えて少し早めに教室に着くと、京と本田が俺の席で話し合っていた。
「宮、昨日の私のメッセージに既読だけつけて、そのままやろ」
「すまん、昨日あのまま寝てもうてん」
文句を言う本田に、軽く頭を下げた。
「今、本田ちゃんから、昨日やった先輩との話し合いの結果を聞いたよ。まさか、先輩たち全員が忙しいとは思ってもみなかったわ。俺らで何とかするしかないな」
「せやな、また、全員で話し合う機会を作らなあかん」
「ちょうど、今週の土曜定休日やし、みんなで走りに行って、話そうや」
京が言っている『走り』とはランニングではなく、バイクで走りに行くこと、つまりツーリングである。理由はよく知らないが、数年前から日本ではバイクブームが到来している。俺や守友がバイトを始めたのも、バイクの購入費用を稼ぐためだ。しかし、いくらバイクが流行っているとはいえ、バイト仲間全員がバイクを所有しているというのは稀な話である。バイクという共通の趣味があるのも、俺たちが仲の良い理由の一つと言える。
「この前は京都行ったし、今回は滋賀行こうや」
「せやな、距離もいい感じやし、そうしよか」
本田の提案に、俺は珍しく賛同した。
「川崎と山羽には私から声かけとくから、守友は宮が言うといてな」
「分かった。また部活の時に言うとくわ」
チャイムが鳴ると、京と本田は席に戻った。ツーリングは土曜日なのに、既にワクワクしている。
「そんで、今日の店長の話を聞いてどう思った?」
俺は、暗い空気に我慢できず、誰に聞く訳でもなく、全員に質問を投げかけた。
「まあ率直に意見を述べるなら、このバイト先が無くなるのは嫌やし、何とかしたいな」
京がドリンクバーから帰ってくるなり、ぶっきらぼうに答える。
「でも、店の売り上げを俺らがどうにかできるわけでもないし、店長や社員さんに何とかしてもらうしかないと思う」
京が言っている通り、俺たち高校生ができることなんて限られている。
「【FRESHグループ】の知り合いから聞いた話なんだけど」
京に続いて守友が口を開く。
「【FRESHグループ】の社員は入社後、数年間は【FRESHグループ】とフランチャイズ契約を結んでる店舗に研修生として働くらしい。その研修期間で現場を学んで、将来のマネジメント業務に活かすのが目的なんだけど、研修期間に働く店の売り上げや評判は、よっぽどのことがない限り、人事評価に影響されないって話だ。つまり、店が潰れたり、フランチャイズ契約が打ち切られることがあっても、社員はまた何事もなかったように、違う店舗で研修を続ける。
俺が何を言いたいかって言うと、今回【山風】が潰れようが潰れまいが、社員さんにあまり関係ない話ってことだ。だから社員さんをあてにするのは、やめておいた方が良いかもな」
【山風】の社員さんは決してサボるわけでもないし、仕事も真面目に取り組んでくれている。しかし、『必要以上のことをやるほどの、やる気があるか?』と聞かれれば、微妙だ。
「俺は、社員さんたちに頼むんじゃなくて、大学生の先輩たちを頼りたいと思ってる。やる気もあるし、俺らよりも大人だ、何よりも頭が良い。頼ってみて損はないと思う」
確かにバイトの先輩である大学生四人は仕事ができるだけでなく、勉強も出来る。俺たちだけで考えるよりも、大学生を頼った方がよっぽど賢明だろう。
「松葉の言う通り、今の段階やったら、大学生に意見を求めるのがベストやと思う。パートさんも優秀やけど、家庭があるし、仕事以外に何かさせるのは良くないやろ」
本田が守友の意見に賛同し、話を続ける。
「私が皆に聞きたいのは、『みんなが【山風】のためにどんくらいの熱を持って動きたいか?』や。正直言うて、私らはバイトやし、ここが潰れても他のバイト先を探せば良いだけや。一年間働いてみて思ったけど、ここより楽で時給の高いバイト先なんていくらでもあるで」
ここのバイトは女将さんからの指導も厳しいし、時給もそんなに高くない。カラオケやマンガ喫茶で働いた方が、よっぽど楽に稼げる。
「私はお金貰うなら、責任感持って働きたい。やから厳しくても、しっかり指導してもらえるこの【山風】で働き続けたい。【山風】が潰れんようにできることは全部やるつもりや。やけど、みんな部活や学校もあるし、無理に私に合わせず、自分のやりたい範囲で動いてほしいと思ってる。。特に天津と川崎は、部活のエースなわけやしな」
本田の問いに、京と川崎が答える。
「学校の決まりで週二日は部活休みやし、休日は午前か午後暇なわけやねんから、やれることは全力でやるで。また違うバイト先で、仕事を覚え直すのも面倒やしな」
「私、ここで働く前に違う飲食店でバイトしとってん。バイトなんて皆やる気なくて、適当やから、その雰囲気に耐え切れんくて、すぐにやめてもうてん。やから、私も本田と同じで働くなら、バイトでも責任感を持って働きたいと思ってる。それに、部活との両立なんて簡単やし、全力で動くで」
二人に続いて守友とあおいっちが答える。
「俺、見ての通り茶髪やから、ここで採用される前に二、三個面接を落とされてんだよね。別にオシャレで染めてるわけじゃなくて、地毛なんだけど、バイトのために黒染めすんのも嫌だから、意地になって茶髪のままだったんだ。でも、ここの面接を受けたときに、『愛想よく返事して真面目に働くなら、特に何か言うつもりはない』って言ってもらえた。
『人を見かけだけで判断するな』ってよく言うけど、実際にそれをやれてる人少ないと思う。人手が欲しかっただけかもしれないけど、たかがアルバイトに、見た目だけじゃなくて、中身まで見ようとしてくれる職場なんて、そうそうないと思う。だから、俺も可能な限り動くよ」
「私はここで働く前は、敬語なんて全く使えなかったし、上座下座とかのマナーなんて全く知らなかった。ここで学べる事って、他のアルバイトでは得られないものが、たっくさんあると思う。まだまだ学びたいことが、たくさんあるから、私も全力でやるよ」
みんなの答えに本田が笑いながら答える。
「よし、じゃあ全員やれることを、全力で頑張るってことで」
「え、俺まだ何も言ってないんやけど……。みんなすげえ深いこと言うから、ドキドキしながら俺の番を待ってたのに」
「宮は絶対動くやろ。『金や権力に負けんのが一番嫌い』っていっつも言うてるし、変なところで負けず嫌いやねんから、店潰れんのに何もせえへんわけないやん」
「まあせやけど」
何でここまで完璧に俺の思考を把握できるのか? 本田には一生逆らえそうにない。
「とりあえず、松葉が言ってたみたいに、大学生を頼ろうや。でも、六人全員で話しても、意見まとまらへんから、私と宮が代表で大学生と話すわ」
「分かった。先輩たちとの話し合いは本田ちゃんと桜に任せるよ」
守友は俺が返事を待たずに、笑顔で同意している。
「え、何で俺?」
「文句ある?」
俺の頼りない返事に、本田がにらみ返す。
「いえ、何もありません」
「先輩たちからの話聞くまでは各々やれることを考えようぜ」
守友が最後に、真剣な話し合いの空気を締め、俺たちは注文していた料理が運ばれてくるのを待った。
「宮、先輩たちには私から連絡しとくけど、いつが空いてる?」
「部活後でも良いなら、いつでもええけど」
「先輩たち忙しいと思うし、オンラインで話そうかと思ってる」
「あー、オンラインならいつでもええな。日程は任せるわ」
「分かった、また決まったら、連絡するわ」
晩御飯を食べ終わり、各々自転車に乗って帰っていく。今日は色々ありすぎて、疲れた。帰ったら風呂に入ってすぐに寝よう。
【火曜日の晩】
本田が先輩たちに声をかけると、忙しい合間を縫って、すぐに話し合いの機会を作ってくれた。俺はスマートフォンとイヤホンを用意して、自室で全員の準備が整うのを待つ。『先輩たちもういけるって』本田からメッセージが届き、招待されたルームに入室する。
「お疲れ様です。本日はお忙しい中、時間を作っていただいて、ありがとうございます」
「お疲れ。俺ら大学生組も話したいと思ってたし、声かけてくれてこっちこそありがとうな」
固い表情の俺に、大人な態度で対応してくれた、この男性は【氷室 大】さん。大学二年生の先輩で、バイトリーダー的な立ち位置だ。優しいが、自分にも他人にも厳しい人で、氷室さんと同じシフトの日は気が引き締まる。よく女性側のトップである、宗谷先輩と喧嘩している。
ちなみに、料理が趣味で、よく手料理を御馳走してくれる。しかし、油が怖いので揚げ物はNG。
「宮くんも、本田ちゃんも、もっと軽い感じで良いんやで。何か悪いことをしたわけじゃないねんから。」
続いて関西弁で話しかけてくれた、おっとりした口調のこの女性は【禁野 都】さん。京都出身の大学一年生で、看護の女子大学に通っている。京都は大阪よりも最低賃金が低いので、大阪でアルバイトできる京都の学生は、大阪で働くらしい。特に大里は京都のすぐ近くにあるので、京都から働きに来る学生が多い。
ちなみに、楽器を演奏するのが趣味で、ピアノや三味線をたしなんでいる。しかし、くそが付くほどの音痴で、カラオケでは聞く専門である。
「私たちのバイト先である【山風】の所有権が【FRESHグループ】に奪われてしまうかもしれないことは、店長と女将さんから聞いていると思います。その件について、私たち高校生組で話し合い、年上であり、優秀な先輩たちを頼るのが一番という答えになりました。また、六人全員で話し合いに参加しても、まとまらないと考え、私と宮が代表として話をさせていただきます」
「ああ、俺たちも先週、その話を聞いたよ。そんで、俺たち大学生でも、少し話し合った。俺らも【山風】が無くなるのは嫌だから、できる限りのことはしたいと考えてる。でもな、俺ら学生が簡単にどうこうできる話でもないんだ」
いつになく、真剣な表情で春日先輩が答えた。そして、氷室先輩が話を続けた。
「この店が旅館から料亭に移行したのは知ってるやろ? 旅館を建て直して料亭にしたならええけど、旅館やった建物をそのまま使って料亭にしとる。つまり、店として使っていない土地が大きすぎるんや。土地は持ってるだけで税金取られるし、建物の維持費もシャレにならん。確かに料亭の備品倉庫や俺ら従業員の休憩室として、旅館だった建物を活用している。やけど、そんなんじゃ元なんか取れへん。やから、【山風】は他の同じ規模の店舗よりも、高い収益が必要なんや」
氷室さんの言う通り、【山風】は旅館だった建物を、そのまま使っている。土地全体に対して、料亭が占める割合は五分の一にも満たない。しかも、建物が腐らないように、店の経費で何カ月かに一度、メンテナンスを行っている。仕方がないこととはいえ、店にとっては大きなマイナスだ。
氷室さんは暗い表情で話を続けた。
「そんで一番の問題は七月までという、タイムリミットや。前に言うたかもしれんけど、俺と宗谷は大学の制度を利用して、夏休みの終わり頃まで海外留学に行くねん。自分で金を出して留学するんじゃなくて、大学の代表として、海外の姉妹校で勉強するんや。
そんで、その代表を決める試験が今月末にある。結果発表は5月中旬、選ばれたらすぐに出発や。【山風】は鍋料理が人気の料亭やから、春から夏にかけては、他の季節に比べて暇やろ? やからバイトには影響ないと思ってたんやけどな」
話が凄すぎてあまり理解できなかったが、氷室先輩が夏休みまでバイトに参加できないことだけは分かった。
続けて、春日先輩が手を挙げて話す。
「そして、俺は大学生テニス日本代表選考会にエントリーされた。この春から夏まで、選ばれた大学生で集まって練習し、試合して日本の大学生代表選手を決めるらしい。だから夏までは全くバイトに参加できない」
春日先輩はテニスのスポーツ推薦で大学に入学していた。テニスが強いことは前々から知っていたが、日本代表候補に選ばれるほどとは……。
「私も五月から看護師の実習が始まるんよ。他の大学では普通、三年生から実習が始まるらしいねんけど、うちの大学は附属病院があるから、一年生の春から夏まで、資格や知識が無くても実習に行かなあかんみたいやの」
先輩たちは、自分や周りの人間がちっぽけに思えるほど優秀な人間だと、嫉妬を超え、尊敬していた。だからこそ、今回の一件も先輩たちの意見を聞けば何とかなると思い、少し楽観していた。しかし、その優秀さがこんな形で裏目に出るなんて、思ってもみなかった。
「もちろん、合間を縫ってできることはしたいと思ってる。でも、俺ら大学生が主体的に動くことは出来ひん。頼ってくれたのに、ほんまにすまん」
氷室先輩が画面越しに頭を下げる。
「いえ、謝らないでください。先輩たちが忙しいことは重々承知していました、仕方ないですよ」
本田が慌ててフォローを入れる。
「何もできひん私らが言うのもなんやけど、無茶なことだけはせんでな。所有権を譲渡しても店は残るし、店長と女将さんが死ぬわけでもないんやから」
禁野先輩の優しい言葉・口調に少し泣きそうになった。
「分かってます。高校生の僕たちで、できることを実践していきたいと思います」
「あんたらは、他の高校生より何倍も優秀なんだから、もしも、結果が振るわなくても気にしたら駄目だよ。どんなに優秀でもまだ高校生なんだから」
普段厳しい宗谷先輩に『優秀』だと言われると、嬉しさと恥ずかしさがこみあげてくる。
「また、何かあったら連絡くれよ。俺らもメッセージなら返せると思うし」
「分かりました。今日はお忙しい中集まっていただいて、本当にありがとうございました。さっきも言った通り、僕たち高校生でできることは、可能な範囲で実践していきます」
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「ちょっと、最後に言わせて欲しいことがある。」
場を締めようとする本田を氷室先輩が遮った。
「宗谷が言った通り、お前らは優秀やから、高校生なりに何らかの案を出して、実践していくと思う。そん時に覚えておいて欲しいねんけど、高校生は中学生の時と比べて、バイトもして、社会を知った気になるから、自分が大人やと感じることがあると思う。それは、お前らみたいに優秀でしっかりしてる奴らでも起こり得ることや。
そんで、こんな偉そうなこと言うてる俺ら大学生もお前ら同様、まだまだ子供や。つまり、俺ら学生と、社会に出て働いている大人には大きな壁があるってことや。大人が簡単にこなしてることを、俺らがやると、難しすぎてどうにもならんことが多くある。それはお前らや、俺らが無能なんじゃなくて、大人が凄いんや。それだけ忘れんとってくれ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
俺たち高校生はともかく、大学生の氷室さんたちが『子供』というのは、どうも納得がいかなかったが、場の空気を読んで返事をした。
「話が長くなって、ごめんな。今度こそ終わりにしようか。お疲れ、良い結果期待してるわ」
「「お疲れ様です」」
通話ルームから退出し、イヤホンを外す。宗谷先輩たちに『上手くいかなくても仕方ない』と言われたが、今回ばかりは仕方ないでは済まない。
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「宮、昨日の私のメッセージに既読だけつけて、そのままやろ」
「すまん、昨日あのまま寝てもうてん」
文句を言う本田に、軽く頭を下げた。
「今、本田ちゃんから、昨日やった先輩との話し合いの結果を聞いたよ。まさか、先輩たち全員が忙しいとは思ってもみなかったわ。俺らで何とかするしかないな」
「せやな、また、全員で話し合う機会を作らなあかん」
「ちょうど、今週の土曜定休日やし、みんなで走りに行って、話そうや」
京が言っている『走り』とはランニングではなく、バイクで走りに行くこと、つまりツーリングである。理由はよく知らないが、数年前から日本ではバイクブームが到来している。俺や守友がバイトを始めたのも、バイクの購入費用を稼ぐためだ。しかし、いくらバイクが流行っているとはいえ、バイト仲間全員がバイクを所有しているというのは稀な話である。バイクという共通の趣味があるのも、俺たちが仲の良い理由の一つと言える。
「この前は京都行ったし、今回は滋賀行こうや」
「せやな、距離もいい感じやし、そうしよか」
本田の提案に、俺は珍しく賛同した。
「川崎と山羽には私から声かけとくから、守友は宮が言うといてな」
「分かった。また部活の時に言うとくわ」
チャイムが鳴ると、京と本田は席に戻った。ツーリングは土曜日なのに、既にワクワクしている。
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