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「牧場を拡張しよう」編

三十二話めぇ~ 「ヒツジの限界」

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「ちょっと! なんで俺、死んだの!?」

 ぷるんが離脱したうえに、この仕打ち。
 あまりにも酷い、酷すぎる!!
 もう死にオチはやめようぜ!!

「検査したほうがいいですよ。それ、寄生虫です」

 あれって中二爆死病じゃなかったのか!?
 俺は中二だが、まったく爆死していないぞ!
 それなのに死ぬなんて理不尽だ!!

「獣医さんを呼びます。このまま毎回死なれると収益にかかわりますし」

 理由がひどいよおぉおおおお!
 もっと俺を心配してくれ!!

 なにか? この流れでいくのか!?
 リーパと俺の関係、こんな感じでいくの!?

 俺はもっと違うものを期待していた。
 幼女とヒツジのラブラブ生活とか!
 なあ、ラブラブとかのほうがいいよな!?

「獣医さん、連れてきました」

「はい、それじゃお尻出してね」

「え?」

 尻?
 俺の尻が何だ?


 ズブーーーー!

 獣医はシゲキの尻に腕を突っ込んだ。




「ぎゃぁああああああああああああ!!!」





 シゲキは死んだ。




「シゲキさん、ちゃんとやってください!」
「俺もう、お婿に行けない身体になっちゃった…」

 いくらリーパに怒られようが、これはしょうがないよ。
 男が尻に腕を突っ込まれるなんて、まさに地獄だ。

 俺もう、男として生きていける気がしない!!
 殺せ! 殺せよ!!
 殺せばいいじゃないの!!

 海外の獣医の番組を見たが、牛の尻に腕を突っ込むのは当たり前なんだよな。
 牛としてはどういう気分なんだろうか。
 突然やってきたオッサンに尻を掘られるとは……

 少なくとも俺は大ショックだった。
 これなら死んだほうがましだよ!!!

「やっぱり寄生虫がいたみたいです。治療と薬に10万円かかりました」

 男としてのプライドを失ったうえに金まで奪われる。
 なんて理不尽だよ!!
 もう何も信じられない!!!

 だが、寄生虫がいたのは事実らしい。
 俺が死んで再生しても、寄生虫は残っていたので中に残る。

 だから何度も爆発していたようだな。
 …寄生虫、マジこえーよ。

「これからどうします?」
「たしか牧場拡張の最中だったよな」

 次の町に行こうという話で、その流れでジープを手に入れようとしたんだ。
 まさかそこで、ぷるんを失う痛手を負うとは思わなかった。
 これは痛いよな。ほんと。

「こうなりゃ、俺たちだけで次の町に行くか」

 アイアムタウンのモヒカンは見飽きた。
 そろそろ次のネタを出さないと、この小説の存続が危ぶまれる。

 今のところ、モヒカンとヒツジくらいしか出てきていないからな。
 ヒロインを失い、幼女との微笑ましいエピソードもない。
 これでは読者は何の読み応えもないだろう。

「え? この小説って面白いんですか?」
「言っちゃらめぇえええええ!!」

 リーパのやつ、ぷるんに似てきたぞ!!
 そういう発言は絶対にしちゃダメ!!

 いいんだ。
 この小説は続けることに意味があるんだ。
 俺がヒツジである限り、とりあえず何とかなるんだ。

「アイアムタウンの砂漠を越えると、マイゴールドって町があるみたいですね」

 リーパが地図を見ながら教えてくれる。
 この周辺の地理が書かれてあって便利だな。
 大きな町に行けばもっと広い地図があるそうだ。

 そもそもこの世界の大きさが不明だよな。
 思えば知らないことがたくさんある。

 って、せっかくの異世界なのに全然冒険してないよ!
 普通の小説なら、もっと遠くに行っているはずだよな。
 いまだ最初の村付近をウロウロしているとは、なさけない。

 そうだ。男ならば先に行こう!!
 まだ見ぬ土地へ!!

「それじゃ、出発だ!」


 全滅すると、一度最初の牧場の場所に戻されるらしい。
 だからまずはアイアムタウンに行かねばならない。
 このあたりも何か改善点が欲しいところだ。

「シゲキさん、何か来ます」

 リーパが周囲に何かを発見したそうだ。
 俺も視線を向けると、そこにはビビルンが三匹いた。
 どうやら俺たちに戦いを挑むつもりらしい。

「ふっ、俺もなめられたもんだ」

 正直、笑っちゃうね。
 俺がヒツジだから甘く見ているんだろうさ。
 だが、俺は戦うヒツジ。バトルヒツジだ。

 ビビルンなんて、スライム的存在。
 俺にとっちゃ、今や雑魚だぜ。
 景気付けにボコボコにしてやんよ!!


 シゲキはビビルン三匹と戦闘。

 ビビルンAの攻撃

 ガス
 シゲキは攻撃を受け止めた


 見たか!
 今の俺は装備も充実している!!
 鮫革の帯を装備して、防御力がアップしたのだ!

 ちなみに鮫革の帯は、防御力が8もある。
 ヌーボーの防護服と初期防御を含めて、今や22も防御力があるのだ。
 攻撃を防ぐことも不可能ではないのだよ!!


 シゲキの反撃

 ズババ
 ビビルンAに12ダメージ。
 ビビルンは死んだ。


 おっしゃぁああああああ!
 オレツヨイ。オレツヨイヒツジ!!
 雑魚が! 蹴散らしてやる!!


 ビビルンBはうろたえている
 ビビルンCはうろたえている


 どうやら俺の強さにビビったらしい。
 まさにビビルン! 名の通り、貧弱なやつ!


 ビビルンBは仲間を呼んだ。
 ビビルンCは仲間を呼んだ。


 おっ、こいつら仲間を呼べるのか。
 いいぜ! カモンだ!
 ビビルンなんて、何匹いても同じだからな!!


 さあ、来い!!



 ジャイアントクマーAが現れた。
 ジャイアントクマーBが現れた。



 …え?


 俺の目の錯覚かな。
 何かビビルンがクマーに見えてしょうがない。

 芋虫が毛むくじゃらのクマーになるなんて、おかしいよな。
 いやいや、こんなの見間違い…


 ジャイアントクマーAの攻撃

 ぐしゃ!
 シゲキは15のダメージを受けた。


「いってぇえええええええ!!」

 クマーの張り手が俺を吹っ飛ばした!!
 痛いというレベルではない。
 衝撃で意識が飛びそうになった。


「ガオガオ(世界の平和のために!)」

 ジャイアントクマーBの攻撃

 がぶーー
 シゲキに噛みついた。

 シゲキは大量出血。

 5のダメージ
 5のダメージ
 5のダメージ




 シゲキは死んだ





「嘘だろう!!!!」

 あんなのありえないよ!!
 ビビルンがクマーを呼ぶなんて詐欺じゃねえか!

 小学生がチンピラ呼ぶようなもんだろう!
 こんなの認められるか!!

「シゲキさん、今回のレスキューでまた30万かかりました」

 いやぁあああああああ!!
 嘘でしょぉおおおおお!!
 ただ道を歩いていただけなのに、30万も!?

「しかも剥ぎ取れなかったので、収入はなしです」

 そうだった。忘れていた。
 モンスターを倒しても剥ぎ取らねば金にはならない。
 経験値は入るが、俺のレベルは6だ。
 ビビルン一匹ではさしたるものではない。

 そしてまた30万を失った。
 こっちのほうが痛すぎる!

「なんでクマーが出るんだ? おかしいだろう」
「私も襲われましたし、環境破壊で南下してきているんです」

 ああ、そうだったな。
 リーパもクマーに襲われている時に助けたんだった。

「でも、今まで出会わなかったぞ!」
「たぶん、ぷるんさんが強かったので今まで出現しなかったんです」

 あいつ、レベル1の段階でクマーより強かったからな。
 たしかにそれはありえる。

 そして、ヒツジが一匹になった途端、やつらは牙を剥いた。
 非情に思えるかもしれんがモンスターは強いやつと戦いたいという欲求など存在しない。
 自分より弱いやつを殺して食うのは当然なんだよな。

「くっそ! 俺はアイアムタウンにも行けないのかよ! なさけない!」

 一人じゃアイアムタウンにすら行けない。
 なんてなさけないヒツジだ。
 こんなヒツジ、生きている資格もない!!

「シゲキさん、それが普通なんですよ。わたしたちも同じです」

 はっ!!!
 俺はリーパの言葉に愕然とした。

 その通りだ。
 こうして異世界に行くと強くなった錯覚に陥るが、これが普通なんだ。
 そりゃ現実世界だって、一般人はクマーと戦えないよな。
 銃で武装していたって、不意打ちを受ければやられる。

 ぷるんが異常だったんだよ!
 あいつの強さがおかしかったんだ!
 今になって、俺は異世界を本当の意味で体験しているんだ!

 つーか、どこにいても弱者なんだよな、俺。
 きいいいい!

 その後、何度か挑戦したが、あえなくクマーにやられて牧場送りとなった。


「やっぱり遠出は無理です。地道に家畜を増やしましょう」
「ううむ。致し方ないか」

 ヒツジ一匹の実力を知ってしまった。
 アイアムタウンの先に行こうとしても、これでは秒殺だろう。

 ガルドックに囲まれれば危ない。
 死んだらまたレスキューのお世話になるしな。

 何事もまずは内政だ。
 収益さえ出せば路頭に迷うことはないのだ。
 そのためには家畜が必要!!

「なあ、家畜って買うのか?」

 そういえば、家畜ってどうやって手にするんだ?
 買うイメージしかないけど、資金的に微妙だよな。

「買うこともできますけど、ここから西に野良ヒツジが出るんです。彼らを懐柔すれば無料です!」

 リーパは、無料を強調してきた。
 そこが重要なんだろうな。
 そりゃ何事も自分で手に入れればタダだよな。

 他の牧場からヒツジを買うこともできるが、そこから利益を出すのは難しい。
 ならば自分で手に入れたほうがいいな。

「って、野良ヒツジがいるなら、みんな狙うんじゃないのか?」
「野生のヒツジはかなり獰猛で危険です。それよりは自分の牧場で増やしたほうが楽なんです」

 リーパいわく、野性化するとヒツジも危険らしい。
 普通は安くなった大人のヒツジを買って、少しずつ増やしていくのが牧場経営のセオリーらしい。

 それはそれで楽しいかもしれんな。
 普通の牧場ゲームならば、の話だが。

 俺は牧場を楽しみたいわけじゃない。
 今は保身のためにも金が多く必要なだけだ。
 ならば、ちまちまやるよりも、一気に勝負に出たほうがいいな。

「牧場連合はわたしのほうで誤魔化しておきます。シゲキさんは家畜集めに集中してください」

 ん? 牧場連合?
 なんだそれ?

「弱い牧場は、強い牧場に吸収されるんです。弱みを見せると危ないです」

 牧場は、地域ごとに組合が存在するという。
 牧場を手に入れると組合に自動加入するわけだが、経営が悪化している牧場は危険視される。

 経営者が逃げれば土地は荒廃する。
 そこから病気が発生すれば一大事だし、逃げ出した家畜が野良になると被害も出る。
 それを防ぐために、弱い牧場は淘汰されるという。

「これからシゲキさんが向かう野良ヒツジも、経営が悪化した牧場から脱走したものが多いんです」

 この一帯は綺麗に見えても、けっして肥沃な土地ではない。
 小さな牧場が集まって、なんとかやっているにすぎない。
 今までも経営破綻した牧場がいくつかあり、そこから逃げたヒツジが野良になってしまったという。

「野良ヒツジを手に入れれば名声も上がります。一石二鳥なのです!」
「名声なんてあるのか?」
「ありますよ。立派な牧場になれば、取引先だって増えますからね!」

 なるほど。それは当然の理屈だな。
 どの世界でも信用が命だ。
 良い企業というものは信用がある。
 だから次々と良い取引ができるのだ。

 で、今のぷるん牧場は生まれたばかり。
 財務状況がリセットされたので、収支はゼロ。
 綺麗ではあるが、何もない状況だ。

 新米大統領に百日の時間が与えられるように、新しい牧場も一定の猶予期間は与えられるという。
 だが、逆にいえば、ずっとこのままではどこかに吸収されてしまう。

「まあ、俺としてはかまわない気もするが…」

 大きなところに巻かれれば、それだけ楽だよな。
 それならそれで…

「何を言っているんですか! シゲキさんなんて、すぐに売られますよ!! それか解体です!」

 それは嫌だぁああああああ!
 そうだ。この世にはリストラがあるのだ。

 吸収されれば、不要なものは捨てられる。
 世知辛い世の中だぜ!!

 しかもこのスキルが表沙汰になれば、俺は解体人生を歩むかもしれん。
 それだけは絶対に阻止だ!!

 うん、いいぞ!
 俺にも目標ができた!!
 俺の身は俺が守るんだ!!!


 …なんか、この小説ってそんなんばかりだな。
 犯罪者になりたくないから冒険者になり、解体されたくないから牧場を経営する。
 ひどい。ひどすぎる!!


「シゲキさん、行ってらっしゃい。結果が出るまで帰ってこないでくださいね」

 辛辣!!
 ものすごく辛辣!!

 早くなんとかしないと、リーパの態度がどんどん危険になっていく。
 金の亡者的なキャラ設定が定着する前に解決しよう!

 しかも、このままでは俺が解体されかねない!
 がんばろう!!


 牧場を出て、西に歩いていく。
 西は牧場がちらほらあって、そこを通過していく。

 そのせいかモンスターは出なかった。
 安全地帯ってやつかな。

 そういえば、RPGも特定のイベント以外は町にモンスター出ないもんな。
 一応、そのあたりは上手くできているのだろう。

 そうこうして草原の丘陵地帯にさしかかった頃だ。
 俺の視界にヒツジの群が見えた。
 どうやらあれが件の野良ヒツジのようだ。

 たしかに普通の家畜とは違う。
 どこか尖った感じがする。ツンツンしてやがる。

 一般の感覚でいえば、暴走族やヤンキーの集団って感じだな。
 問題になる理由もわかるってもんだ。

 さて、どうやって交渉したものか。
 家畜になってくれとお願いすればいいのか。

 そんなことを考えて歩いていたとき、目の前に一匹のヒツジが歩いてきた。


 そいつの言葉に俺は愕然とした。



「シゲキさん、久しぶりだな」



「お、お前は…!!」


 俺はこいつの名前を知っていた。

 なぜかって?


 そりゃこいつが……






「親父たちが世話になったな。親父のジョナサンがな!!」






 こいつの名前はジョナスン。




 あの盟友ジョナサンの息子だ!!!



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