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囚われの君2
しおりを挟む窓の外、空へと飛び出したエステルは、夢中でレオの身体にしがみついた。
そうして肉体強化スキルを発動して、落下の衝撃に備えようとする。
――スキルが発動しない! 誓約魔法によって、貴種の力が封じられてしまった……。
せめてレオが壊れてしまわないようにと、空中でエステルは、レオを守るように受け身の形を取る。
地上に落ちるまでのほんの数秒が、永遠のように長く感じられた。
レオと出会ってから今日までの出来事が、走馬灯のように浮かんでくる。
一緒にご飯を食べたり、散策したり、剣の稽古をして過ごし、笑い、愛し合った日々を。
――ああ、私は死ぬのだな……。
目の前のレオを見ると、彼は目をつぶり、落下の風によって前髪が吹かれて、いつもは隠れていた白い額が露わになった。額には何か、文字のような光が浮かび上がっている。
――古代語、だ。この文字は私でも知っている。だって、これはあまりにも知られている……。
「ロキ、凶神の名だ」
その時、レオの目が、カッと開いた!
ドンッ!
落下の衝撃が、エステルの全身を襲う。腕の中に抱きしめていたレオが、衝撃で放り出される。
落ちたのは庭の花壇の中で、柔らかい土が多少衝撃を和らげた。
だが、体中の骨が砕けたような激痛が襲いかかり、意識が遠くなる。
――レオは、レオは無事だろうか。
目が霞んで行き、辺りがよく見えなくなる。口の中に血の味が広がり、喉に血が流れ込んでむせた。
エステルは身動きも出来ず、ただ、最後にレオの無事を願う。
――ひと目でいい、無事を確認出来たら……。神々よ、どうか……この願いを……。
身体が次第に冷え、すべての感覚がなくなって行く。
……がさり。
隣でレオの起き上がる気配がした。
――ああ、良かった……。レオは無事だ。……感謝……します。
ゆっくりと目を閉じるエステルの耳元で、レオがささやく。
「目を開けて、エステル。まだ僕を見ていない。無事を確認するんだろう?」
――ふふ。……もう、眠い……逝かせてくれ……。
「起きて、エステル。僕を置いて逝くのは、許さない」
エステルの唇に、レオの唇が重なり息吹が吹き込まれる。
すると、エステルの身体に温かな力が少しずつ満ちて行く。
――いったい何が起きた? まさか蘇生魔法をレオが?
そんな失われた古代魔法を、レオが使えるはずがないと、おそるおそるエステルは目を開けた。
心配そうにのぞき込むレオの髪は、漆黒に変わり、瞳は真紅に染まっていた。
「……レオ? レオなのか?」
「ああ、そうだ。エステル、君が僕の封印を解いてくれた」
二人が立ち上がると、レオはエステルより頭半分ほど背が高くなっていて、肩幅も少し広くなっている。
「その姿が、本当のレオ? 人形じゃない……のか」
レオの身体は温かく、作り物の肌ではなくなっていた。
「その人形と女騎士を捕らえよ! 抵抗するなら殺せ!」
頭上からディーデリック王の命令じる声が聞こえた。
庭にわらわらと兵士や騎士が現われ、 槍を向けてエステル達を取り囲む。
しかし彼らはそれ以上、ふたりに近づこうとはしなかった。
レオから感じ取れる膨大な魔力を感知して、恐れを抱いたからだ。
「聖種? 聖種だ!」
騎士の誰かが口にすると、彼らは恐怖に捉われジリジリと後ろへと下がった。
それを居館最上階から見ていた王は、カッとして二人の騎士と共に地上に飛び降りた。
「人形、お前が聖種であるはずがない。この化け物め」
ディーデリックが力いっぱいの魔力を込めて、エステル達に攻撃しようと手をかざした時。
「お兄様、やめて!!」
フェリシア姫が駆けて来て、兄の手を掴んだ。姫は庭を散策中に、騒ぎを聞きつけて近くまで来ていたのだ。
「ばっ、フェリシア! この、ばか! 離せっ」
ディーデリック王は突然集中を切らされて、魔力を暴発しないよう必死に制御する。
「お兄様、この方は聖種じゃない! 多分、神種……」
「何だと!?」
レオは騒ぎの中心に居て、エステルしか見ていなかった。
エステルもレオしか見ていない。
「じゃあ、レオは……アースガルズの神族だったのか」
「――僕と一緒に、来てくれるか?」
「ロキ神さまは、私のような賤しい貴種に何をしろと? 剣の稽古か?」
自嘲しながら、エステルは泣いていた。エステルのレオは、もう居ない。永遠に失われてしまったのだ。
「違う! 僕はエステルのレオだ」
レオは、エステルをぎゅっと抱きしめる。
バサッ!
レオの背中から、突然大きな鷲の翼が現われ、エステルとレオを包み込む。そして次の瞬間、二人の姿は跡形もなく消えてしまった。
ディーデリック王と人々はしばらく呆然として、その場に立ちすくんだ……。
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