8 / 123
第一章 秋分
6 不安の一夜
しおりを挟む
啓と別れ、マンションに帰った。
自室で着替え終える。
ベッドに腰をかけ、スマートフォンを手にした。ためしに、「⬛︎⬛︎県」「平坂町」「神社」という言葉で検索する。結果、入江神社という神社がヒットした。これがそうではないか――という期待を感じつつ画像を表示する。
しかし、現れたのは確かに祠だった。どちらかと言えば末摂社に似ている。それが、石垣の上に載っていた。啓の言う通り、これを「神社」と呼ぶことは難しい。
言葉を変え、何度も検索しなおす。だが、入江神社を除いて何も見当たらない。
それ以外、平坂町には神社はないようだった。
――そんなはずはないのに。
実際に調べるまで、啓が知らないか、失念しているのかと思っていた。しかし、どれだけ検索しても出ない。啓の言う通り、神社はなかったのだ。
――なら、あそこはどこ?
幻視だったのだろうか――と、少しだけ思った。しかし、母も一緒に参拝したはずだ。その感触や声まで幻ということはあり得ない。
あまり役には立たないが、自覚する長所が美邦には一つある。
それは、変なところで高い記憶力だ。何を覚えられ、何を覚えられないかは自分でもよく分からない。それでも、たとえ刹那的な出来事でも、覚えてしまうことはいつまでも鮮明に覚える。
――記憶違いではないはず。
いくら昭から否定されても町のことを覚えていたように。
違和感は、奇妙な気分へと変わってきた――何かを忘れていることを思い出したような気分に。それが何であるのかは分からない。
ふと思い立ち、リビングへ向かう。
美邦の写真を収めたアルバムがどこかにあるはずだ。
まずは本棚を探した。しかし、見つからない。そうして、押し入れや戸棚を探し回り、昭の部屋でようやく見つけた。
恐る恐るアルバムをめくる。
しかし、そこに載せられた写真は、京都へ来て以降のものばかりだった。それ以前の写真は、ほとんど剥されている。僅かに残された写真には、美邦や母の姿が大きく写っていた。どこで撮られたものなのかも判らない。剥された写真には――平坂町の風景や親戚の姿などが写っていたのではないか。
――お父さん、何で。
同時に、胸を締めつけられるような思いに駆られる。残された写真は、昭と過ごしてきた今までの時間をありありと思い起こさせた。父の死を目前とした今、自らの人生を振り返ることは限りなく辛い。
――私が失明した町。
そこには、何があるのだろう。
アルバムをしまった。
学校の課題を済ませ、風呂へ入る。
上がった後は、するべき家事もなかったのですぐにベッドへ入った。ぽかぽかと温まったあとだけあって、すぐに眠りへと落ちる。
*
そして美邦は夢を見た。
随分と長い夢だったようにも思う。しかし、目が醒めると同時にほぼ忘れてしまった。僅かに覚えているのは、広い沙浜を歩いているものだ。
湾岸らしく、大きな弧が海を囲う。
冷たい風が潮の臭いを運んでいた。周囲に人工物は何もない。深夜なのか、海原も空も真っ暗だ。それでも不思議と視界は晴れている。
古代の貴人が着るような白い衣服を美邦は身にまとっていた。しかし、そのことは不思議には思えない。
何者かが自分を呼んでいる。それは、海の向こうから聞こえた。歩みを進めるにつれ、はっきりと感じられるようになる。
――来い。
――こっちへ――来い。
声なき声が自分を呼ぶ。
美邦は足取りを早めた。
潮騒が強まる。
沙浜は徐々に幅を拡げていった。やがて、沙洲のように小島とつながる。その先が浜辺の終着点だった。
小さく弧を描いた沙洲に美邦は立つ。
沖合の岩礁には鳥居が建っていた。
細い二本足の鳥居が荒波に揉まれている。声なき声は、その向こうから聞こえる。言葉ではない言葉が、来い――こっちへ――と語りかける。
*
無意識のうちに目が覚める。
美邦は上半身を起こした。
鳥居が消えたことに戸惑う。やがて、このマンションに独りで暮らしているのだと思い出した。悲しくなどないはずなのに、大粒の涙が右眼から落ちた。
なぜ――涙が出たのか自分でも分からない。ただ判ったのは、朝が来たということだ。目を覚ますには少し早い。しかし、寝続ける気がせずベッドを降りた。
姿見で髪を結い、制服に着替える。
顔を洗い、朝食の準備をしていたときだ――スマートフォンが鳴ったのは。
刺すような電子音が襟足をなでた。画面に目をやる。発信者は、昭の入院している総合病院だ。こんな時間に、病院から電話がかかるのは普通ではない。
躊躇う美邦を急かすように、電子音は鳴り続ける。
心臓が鼓動を打つ。反面、背筋は冷えていた。鳴り続ける電話を放置するわけにはいかない。震える手で、スマートフォンを取ろうとする。何度か指が滑って、ようやく持つことができた。
スマートフォンをそっと耳に当てる。
その報せを耳にしたとき、スマートフォンを思わず美邦は落とした。しばらくは、そのままの姿勢で動けなかった。
自室で着替え終える。
ベッドに腰をかけ、スマートフォンを手にした。ためしに、「⬛︎⬛︎県」「平坂町」「神社」という言葉で検索する。結果、入江神社という神社がヒットした。これがそうではないか――という期待を感じつつ画像を表示する。
しかし、現れたのは確かに祠だった。どちらかと言えば末摂社に似ている。それが、石垣の上に載っていた。啓の言う通り、これを「神社」と呼ぶことは難しい。
言葉を変え、何度も検索しなおす。だが、入江神社を除いて何も見当たらない。
それ以外、平坂町には神社はないようだった。
――そんなはずはないのに。
実際に調べるまで、啓が知らないか、失念しているのかと思っていた。しかし、どれだけ検索しても出ない。啓の言う通り、神社はなかったのだ。
――なら、あそこはどこ?
幻視だったのだろうか――と、少しだけ思った。しかし、母も一緒に参拝したはずだ。その感触や声まで幻ということはあり得ない。
あまり役には立たないが、自覚する長所が美邦には一つある。
それは、変なところで高い記憶力だ。何を覚えられ、何を覚えられないかは自分でもよく分からない。それでも、たとえ刹那的な出来事でも、覚えてしまうことはいつまでも鮮明に覚える。
――記憶違いではないはず。
いくら昭から否定されても町のことを覚えていたように。
違和感は、奇妙な気分へと変わってきた――何かを忘れていることを思い出したような気分に。それが何であるのかは分からない。
ふと思い立ち、リビングへ向かう。
美邦の写真を収めたアルバムがどこかにあるはずだ。
まずは本棚を探した。しかし、見つからない。そうして、押し入れや戸棚を探し回り、昭の部屋でようやく見つけた。
恐る恐るアルバムをめくる。
しかし、そこに載せられた写真は、京都へ来て以降のものばかりだった。それ以前の写真は、ほとんど剥されている。僅かに残された写真には、美邦や母の姿が大きく写っていた。どこで撮られたものなのかも判らない。剥された写真には――平坂町の風景や親戚の姿などが写っていたのではないか。
――お父さん、何で。
同時に、胸を締めつけられるような思いに駆られる。残された写真は、昭と過ごしてきた今までの時間をありありと思い起こさせた。父の死を目前とした今、自らの人生を振り返ることは限りなく辛い。
――私が失明した町。
そこには、何があるのだろう。
アルバムをしまった。
学校の課題を済ませ、風呂へ入る。
上がった後は、するべき家事もなかったのですぐにベッドへ入った。ぽかぽかと温まったあとだけあって、すぐに眠りへと落ちる。
*
そして美邦は夢を見た。
随分と長い夢だったようにも思う。しかし、目が醒めると同時にほぼ忘れてしまった。僅かに覚えているのは、広い沙浜を歩いているものだ。
湾岸らしく、大きな弧が海を囲う。
冷たい風が潮の臭いを運んでいた。周囲に人工物は何もない。深夜なのか、海原も空も真っ暗だ。それでも不思議と視界は晴れている。
古代の貴人が着るような白い衣服を美邦は身にまとっていた。しかし、そのことは不思議には思えない。
何者かが自分を呼んでいる。それは、海の向こうから聞こえた。歩みを進めるにつれ、はっきりと感じられるようになる。
――来い。
――こっちへ――来い。
声なき声が自分を呼ぶ。
美邦は足取りを早めた。
潮騒が強まる。
沙浜は徐々に幅を拡げていった。やがて、沙洲のように小島とつながる。その先が浜辺の終着点だった。
小さく弧を描いた沙洲に美邦は立つ。
沖合の岩礁には鳥居が建っていた。
細い二本足の鳥居が荒波に揉まれている。声なき声は、その向こうから聞こえる。言葉ではない言葉が、来い――こっちへ――と語りかける。
*
無意識のうちに目が覚める。
美邦は上半身を起こした。
鳥居が消えたことに戸惑う。やがて、このマンションに独りで暮らしているのだと思い出した。悲しくなどないはずなのに、大粒の涙が右眼から落ちた。
なぜ――涙が出たのか自分でも分からない。ただ判ったのは、朝が来たということだ。目を覚ますには少し早い。しかし、寝続ける気がせずベッドを降りた。
姿見で髪を結い、制服に着替える。
顔を洗い、朝食の準備をしていたときだ――スマートフォンが鳴ったのは。
刺すような電子音が襟足をなでた。画面に目をやる。発信者は、昭の入院している総合病院だ。こんな時間に、病院から電話がかかるのは普通ではない。
躊躇う美邦を急かすように、電子音は鳴り続ける。
心臓が鼓動を打つ。反面、背筋は冷えていた。鳴り続ける電話を放置するわけにはいかない。震える手で、スマートフォンを取ろうとする。何度か指が滑って、ようやく持つことができた。
スマートフォンをそっと耳に当てる。
その報せを耳にしたとき、スマートフォンを思わず美邦は落とした。しばらくは、そのままの姿勢で動けなかった。
2
あなたにおすすめの小説
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる