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第二章 男の娘と百合の園

第四話 大人しくしていなさい

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同時刻、二◯七号室へ蘭は帰ってきた。

部屋にはルームメイトが先に帰っていた。長い三つ編みの少女――高島たかしま彩芽あやめだ。テーブルの前で正座し、紅茶を飲んでいる。

「お疲れ」と彩芽は言う。「どう? よさそうな子はいた?」

「えゝ。みなさん――可愛らしいですね。」

彩芽の前に蘭は坐る。

「一つ――占っていたゞけますか?」

「そうくると思った。」

彩芽は黒い筒を取り出す。

ふたを開けると、五十本の筮竹ぜいちく――易占いに用いる竹ひご――が現れた。

蓋を立て、筮竹を一つ立てる。

彩芽は精神を集中させた。

四十九本の筮竹を両手で二分する。続いて、左手の筮竹を八本ずつ取り除いていった。すると、八本かそれ以下の筮竹が最後に残る。以上の手順を六回繰り返し、手元の紙に卦を書き出した。

☱☳ 沢雷随たくらいずい
☰☳ 天雷无妄てんらいむもう

彩芽は難しい顔となる。

沢雷随たくらいずい天雷无妄てんらいむもうに変わったわ。」

「それで――意味は?」

「大人しくしていなさい――ということ。」

蘭は黙り込む。

「まず、沢雷随――『随』は『大人しく従う』という意味ね。卦辞にはこうある――『ずいおおいにとおる。ただしきに利あり。とがなし』。」

「ふん、ふん。」

爻辞こうじにはこうある――『これとらくくる。すなわち従いてこれをつなぐ。王もっ西山せいざんきょうす』。つまり、民衆からの人望を集めるために、王様は山に籠って神様を祀るということ。」

「神様を――祀るのですか?」

「王様は――ね。王様が神様を祀るのには、民衆を安心させる意味があったの。王様も民心に従うのが『随』。要は、相手が何を望んでいるか考えて静かに行動しなさいと。」

「なるほど。」

ただ――と彩芽は言う。

「天雷无妄――これは、天から雷が落ちてくるイメージかしら。『无妄』は『嘘も迷いもない』ということ――雷が突き走るように。卦辞に曰く、『ただしきに利あり。ただしきにあらざればわざわいあり』。何が正しいか見極めなければ災いがある。」

「ある意味で当たり前のことですよね。」

「その当たり前のことが難しい卦なの。」

彩芽は溜息をつく。

「爻辞に曰く、『无妄にして行けばわざわいあり。利するところなし』。嘘も迷いもないことは往々にして危険だから。まあ、貴女の性格どおりよね。」
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