恋とスマホは依存症

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恋とスマホは依存症

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「俺、今日スマホ持ってなくて、一緒に観光ガイドブック見て行くところ決めませんか?」

 婚活で待ち合わせをした男が言った。

 私は意味が分からなくて笑ってしまった。

 ◆ ◆ ◆

 数日前。

 あー、イライラする……。

 私、藍原あいはら恵美めぐみは目の前の男にうんざりしていた。婚活アプリでマッチングしたこの男は、さっきからずっとスマホに夢中で私と話もしない。そもそもデートプランを考えてこなかったし、食事する店もろくに探してくれなかった。プロフィールと違うところが多々あったし、こちらから話題を振ってみても、

「休日は何をして過ごしているんですか?」
「用事をしている」
「趣味とか聞きたかったんですけど」
「うーん、ゲームかなぁ」

 こんな感じで埒が明かない。

 早起きして美容院に行って、おしゃれした時間とお金を返してくれー!

「私もう帰りますね」
「え? ちょっと待ってよ」

 ようやくスマホから顔を上げた男を無視して私は店を出た。彼は追ってくる様子はなかった。

 みじめめだった。

 婚活をはじめて早くも1年が経っていた。大学時代から付き合っていた彼氏に浮気されて別れたのが27歳の時。それ以来彼氏は出来ず、29歳のときに焦って婚活アプリを使い始めたものの、いい男とは巡り会えないままだった。つい先月30歳の誕生日を迎えてしまって、ぼんやり考えていた「30歳までに結婚」という目標を失ってしまった。
 親からも遠回しに結婚を急かされる電話がかかってくるし、私自身も子どもが欲しいので年齢を考えれば早く結婚したかった。

 私は普通の男と結婚したいだけなのに、それがなかなか見つからない。自分と同じく大卒で、家族を養える程度には年収があって、清潔感のある男。そんなどこにでもいそうな男がどこにもいない。
 かつての同級生や友達たちは次々と結婚してしまって、自分より年下でも出産して忙しく主婦をしている人もいる。彼女たちには男がいて、私にはいない。

 薄々わかっていたことだ。いい男はさっさと青田刈りされていて、もう残ってない。別れた元彼とさっさと結婚しておけばよかった。あいつが結婚に前向きじゃなかったせいで同棲だけズルズル続けていたら、ある日突然しょうもない女相手に浮気されて、約6年間の恋人生活はあっさりと終わってしまった。いや、あんなクズのことはどうでもいい。

 婚活にもいい加減疲れていた。アプリ上でマッチングした相手とやり取りして「いい感じかな」と思っても、実際に会ってみるとイマイチなことが多くてうんざりする。恋人ガチャを回し続けてもSSRは出てこない。みんな本当にこんなもので結婚できているのだろうか?

 婚活アプリに疲れていても他に出来ることもなく、私はまた次のデートの約束をするのだった。

 ◆ ◆ ◆

 土曜日、午前9時。横浜駅のカフェ。

 婚活アプリのチャットでやり取りしている相手と会うことになった。都内ではなく横浜というのがなんとなく気に入った。横浜は私の住んでいる武蔵小杉から電車で1本で行けるのだが、私はほとんど行ったことがなかった。安易に夜飲みではなく午前中から会うというのも新鮮な気がした。

 少し早く予定のカフェに着いたので、カフェオレを頼んで待つことにした。婚活アプリで「カフェに付きました。窓際の席にいます」というメッセージと共に自分の写真を送信したが既読はつかなかった。しかし、相手も移動中でスマホを見てないのかもしれないと思って、あまり気にしなかった。

 予定の時間を5分過ぎた。メッセージも来ない。私は予定通りに物事を進めたい性格なので遅刻はムカつくのだが、これくらいで怒っていては婚活アプリでは誰の相手も出来ないことを既に知っていた。一方でバックレられたかもしれないという不安も出てきた。

「あのー、すみません、メグさんでしょうか?」
「え? いや違います」
「すみません、すみません、間違えました」

 ふと、顔をあげると茶髪の男が他のテーブルに座っている女性に声をかけていた。「メグ」というのは私が婚活アプリで使っている名前だ。彼が今日の相手だろうか。目が合ったので会釈をしてみたら、男は安心したように近づいてきた。

「メグさんですか? 遅くなってすみません」
「ええ、私です。いえいえ、私も今来たところなので」
「よかったー! 俺、メッセージした太一たいちです。あ、栗園くりぞのっていいます」
栗園くりぞの太一たいちさん?」
「そうっす。メグさんは?」
藍原あいはら恵美めぐみです」
「ああ、それでメグさん。よろしくお願いします。藍原さんって言う方が良いですか?」
「面倒くさいからメグさんのままでいいわよ。私も太一くんって呼ぶわね」

 栗園は25歳ということだったが茶髪のせいかもっと若く見えた。正直、ちょっとチャラい。
 他の人に間違えて声をかけるくらいならメッセージくらい見ればいいのに。

「メッセージに既読がつかないから心配してました」
「あー、俺、今日スマホ持ってなくて」
「え? そうなんですか?」
「横浜の観光ガイドブック買ってきたので、これで一緒に今日行くところ決めませんか?」
「えぇ! なにそれ!」

 私は意味が分からなくて笑ってしまった。スマホを持ってないとはどういうことだろうか? その上、観光ガイドブックを買ってくるというのもよくわからない。
 少し驚いたけど、面白い男だと思った。というか、ちょっと天然かしら?

 うーん、どうしよう。まぁ、相手に合わせておくか。

「ねぇ、ガイドブック、私にも見せて。楽しそうだわ」
「うん、一緒に見よう」

 観光ガイドブックという物を久しぶりに見た。というか、本屋で見かけることはあっても読んだことはなかったかもしれない。何でもスマホで検索してしまうから、わざわざお金を払ってガイドブックを買うという発想がなかった。
 ガイドブックは横浜周辺の観光地やおすすめのカフェなどについてまとまっていて案外便利そうだった。

「ランドマークタワー……、動物園もいいな、水族館もあるんすね」
「横浜っていうか結構広く載っているわね。水族館って八景島でしょ? さすがに遠いわよ」
「え? そうなんすか? 俺、地図がうまく読めなくて」
「は? そうなの? 男なのに?」
「なんすかー? 性別関係ないですよー」

 栗園は思いつきで行動するタイプなのか、ガイドブックを読んで興味は持つものの現実的なルートを提案する感じじゃなかった。私としては男を立ててやりたいので遠慮していたが、こちらから色々言う方が良さそうだ。

「行ってみたいところを1つか2つくらい決めて、行ってみるのが良いんじゃないかしら? どれが一番好き?」
「うーん、カップラーメンミュージアム行ってみたいっす」
「あら、ラーメン好きなの?」
「そうっすね! ラーメン屋めぐりとかやってます」
「へー、いいわね。私もラーメン好きよ」
「お、いいっすねー」
「じゃあ、お昼は中華街で食べない?」
「ラーメン屋たくさんありそうっすね」
「ええ。中華街には行ったことないの?」

 栗園は横浜に住んでいるという話だったので、中華街にも行ったことがないのは意外だった。

「俺、仕事ばっかしてて、あんまこの辺観光したことないんですよ」
「お仕事忙しいの?」
「そうっすねー、介護なんで忙しさに波があるんですよ」
「ふーん、そうなのね」

 栗園がスマホを持ってないので自分もスマホの電源を切ってカバンにしまうことにした。知らないことは安易にネットを検索せず、ガイドブックから調べることにした。最近ときどき耳にする「デジタルデトックス」という言葉を思い出した。確かにこのところスマホに疲れていたからいい機会かもしれない。

「じゃあ、みなとみらい駅まで行って歩いてラーメンミュージアムにいけばいいかしら。その後、日本大通り駅まで歩いて中華街に行きましょう。帰りはシーバスに乗れるかしら」
「そうしましょう。メグさんって計画立てるの上手いですね」
「ありがとう。でも普通じゃない?」
「いやー、俺、そういうの全然出来なくて」
「なによ、情けないわねぇ」
「ははは、すみません」

 太一くんはなんか甘え上手というか、こちらに決めさせたがる感じがあるなぁ。

「あなた、末っ子でしょ?」
「え? どうしてわかったんですか? 姉が二人いるっす」
「あぁ、そんな感じするわ」

 私は一人っ子だけど、栗園はいかにも末っ子だなと思った。結局のところ、私は世話好きでついつい男に対してあれやこれややってしまうので、これくらい甘え上手な人のほうがいいのかもしれない。かつて元彼に「うっとうしい」と言われたことを思い出しつつ、そんなことを考えた。

 一日の計画も決まったので、私達は駅に向かった。

 ◆ ◆ ◆

 カップラーメンミュージアムはカップルやファミリーが多くてデート気分を味わうには最適だった。あまり混んでもなくて、ゆっくり見てまわるのにちょうどよかった。私も栗園も人混みには苦手意識があるようだった。
 ミュージアムの展示はそれなりに面白くて、私達はカップラーメンの歴史や製造方法などを見ながらお喋りをした。途中、なんとなく写真を撮りたくなったけど、その度に「今日はスマホ禁止」と自分に言い聞かせた。別に写真を撮ってSNSに上げたから何かあるわけでもないし、自分で見返すこともめったにないし。
 むしろ今スマホを見ないことで、展示やお喋りに集中できている気がして、その方がデートっぽいなと思った。

「あの、メグさん、これやってみませんか?」
「ん? マイカップヌードルファクトリー? へー、自分でカップラーメンを作れるのね」
「こういうの記念に良いかなって」
「なによ、可愛いこと言うじゃない」
「ははは、こういうの一人だったらやらないじゃないですか」
「まぁそうね」

 栗園の提案を少し子どもっぽいとも思ったけど、一緒に何かしたいという気持ちが嬉しかった。
 マイカップヌードルファクトリーでは、カップラーメンのカップを買ってそれに絵を書いたりした後、麺を入れて好みのスープや具材を選ぶと自分専用のカップラーメンを作れるというアトラクションのようだった。

 こういうの長いことやったことなかったなぁ。

 私達はカップを買って席についた。店員のお姉さんが手順を説明してくれる。
 机の上にはカラーペンが何本かあってそれでカップのデザインをするということらしい。カラーペンなんて仕事でも使わない。子どもの頃の図工を思い出した。

 こういうのもデジタルデトックスかしらねぇ。

 あまり絵のアイディアが思いつかなくて、向かいに座った栗園をみた。

「あら、太一くん、絵うまいのね!」
「ありがとうございます! 実家で飼ってる犬っす」

 栗園のカップには簡素な線で犬の顔が書いてあった。ぽわんとした害のない絵だなと思って、なんとなく彼の人間性を感じた。

「私は鳥の絵でも描こうかしら」
「どうして鳥なんすか?」
「だってチキンラーメンだし」
「えぇ! そういう理由っすか」

 ちょっと自分で言っていて恥ずかしくなってきた。あまりこういう物のアイディアが浮かぶ方ではない。
 でも栗園と笑いあうのは嫌じゃなかった。

 その後、スープと具材を選ぶ工程になって、私は普通のカップヌードルスープにひよこの絵が入ったナルト、キムチ、エビ、タマゴにした。栗園はカレースープに謎肉、ガーリックチップ、コーン、タマゴだった。小学生男子みたいで彼っぽいなと思った。

「メグさんはどういうラーメンが好きなんですか?」
「激辛系」
「え!? 意外ですね、お腹痛くならないんすか?」
「私はなったことないのよね。お腹強いから」
「すごいっすねー。じゃあ、お昼は辛いやつにします?」
「だめよ。汗で化粧くずれちゃうから」
「俺もあんま辛いのは食べられないっす」

 最後に機械でカップヌードルを梱包してもらって、プログラムは終了だった。私は元々あまり期待してなかったのだが、案外楽しめたことに驚いていた。一緒に思い出に残る品を作るという体験が久しぶりだったので、新鮮な気持ちだった。
 栗園とは普通におしゃべりできるし楽しい。ちょっと頼りないけどちゃんとこっちの言う事を聞くし、おしゃれだから清潔感もある。収入面は気になるけどちゃんと働いてるみたいだし、まぁまぁ悪くないかなー、なんて思いはじめていた。正直、今まであってきた男の中だとかなり良い方だ。

 中華街に向かうためにカップヌードルミュージアムを後にした。それにしても今日はラーメンづくしの一日になってしまった。

「太一くんはラーメンよく食べるんだっけ?」
「そうっすね。職場の近くのラーメン屋が旨くてよく行ってます」
「そうなのね。私もラーメンは好きだけど太るから月に1回くらいしか食べないようにしているの」
「え? ああ、そうなんですね」
「だから、今日は絶対美味しいラーメンを食べたいの。中華街は食べ放題のお店とかも多いけど、そういうのもダメ。食べ過ぎちゃうから。街で一番美味しいラーメン食べに行くわよ!」
「おっす! お供するっす!」

 ◆ ◆ ◆

 中華街は大勢人がいた。車道にも結構人がいるのだが、車が容赦なくクラクションを鳴らしながら走っていった。他の街にはない独特の活気がある。全体的に赤色が多く、建物や提灯、飾りなどがたくさんあった。いたるところにタピオカ屋やシュウマイ屋などがあって美味しそうな臭いが漂っていた。

 私は電車の中でガイドブックのラーメン特集を見て、ある程度食べたいラーメンのあたりをつけていたけど、あまり古い店には行きたくないし、スマホが仕えないので場所がややこしい店も避けたかった。

「へー! 中華街ってこんな感じなんすねー! 門でけー!」
「太一くん、良さそうなお店探そう」
「ういっす! でもガイドブックのお店はいいんですか?」
「うん、考えたけど店の雰囲気わからないし、歩いて探す方がいいかなって」
「了解っす。美味しいお店見つけましょう」

 私達はしばらく歩いてみた。人が多いのでどうしても栗園との距離が近くなる。栗園はきょろきょろと周りに目移りしているから時々人にぶつかった。彼が言う人混みが苦手というのは単に嫌いというわけじゃなくて、うまく歩けないという意味だったようだ。

「ほんとに食べ放題多いっすねー、ていうか全部そうじゃないですか?」
「うん……、そうね。なんかそんな気がしてきたわ。普段だったら占いで決めるんだけど」
「え? 占いっすか?」
「そう。私は迷ったら占いで決めることにしているの。普段だったら占いアプリを見るんだけど、今日はスマホ使えないし……」
「占いって他にやり方ないんですか? ずっと昔からされてたことですよね?」
「え? ああ、そうね。それこそ棒を倒して方向決めるとか、あとは辻占つじうら?」
「辻占って何すか?」
「えーとね、通りの角に立って、たまたま歩いてきた人に助言をもらうっていう占い」
「へー! それ良いじゃないですか! やりましょうよ」

 私がなんとなく言ったことに栗園が思いの外、乗り気になってしまって驚いた。

「ちょっと待ってよ。ほんとにやるの?」
「要は人に聞けばいいってことっすよね? スマホもないしそうしましょうよ」

 そう言うと栗園は近くを歩いていた地元民っぽいおじさんに話しかけた。辻占は本来、通りの角に立つのだけど、まぁいいや。
 おじさんは結構気さくな人で、食べ放題ではない近くの美味しいラーメン屋について教えてくれた。

 これもデジタルデトックスかなぁ。

 しばらく歩くとそれっぽい中華料理屋を見つけた。外見はちょっと古そうだったけど、中に入ると内装は綺麗で安心した。古い店でテーブルが油でギトギトになったようなラーメン屋はどんなに味が良くても遠慮したい。最近はおしゃれなラーメン屋も増えてきたから女性でも入りやすくなってきたと思うけど、中華街はあまりそういう雰囲気ではないからやや不安だった。なんとなく栗園はそういう配慮薄そうだし……。

 テーブルに付くと中国人っぽい店員がメニューと水、おしぼりを持ってきてくれた。食べ放題のメニューと単品のメニューがあったので、単品のメニューを開いた。美味しそうな写真が並んでいてわかりやすい。私は迷ったけど、結局四川担々麺にした。

「え? 辛いやついいんですか?」
「もういい。辛いの食べる」
「ははは、その方がいいですよ。好きなもの食べましょう」
「汗かくと思うからあんまこっち見ないでよ」
「わかったっす」

 しばらくして二人分のラーメンが運ばれてきた。私の四川担々麺は真っ赤なスープの上にひき肉とほうれん草が乗っていて見るからに辛そうだった。八角の独特の香りがする。栗園のラーメンは大きなチャーシューが乗った醤油ラーメンだった。
 私としてはしばらくぶりのラーメンだし、美味しく食べたかった。婚活女子としては化粧を崩さずにパスタでも食べた方がいいんだろうけど、私はそんな女になれなかった。どうして女は気楽にラーメンを食べられないのだろう。結婚したらラーメンも揚げ物も食べるのに、婚活中は食べられないなんて変な話だ。いや、まぁ、そんな事言えば、就活中だけ黒髪にしてリクルートスーツを着ることも変だし、喧嘩などのトラブルが多いのに電車内で飲酒が許されているのも変だと思う。

 割り箸とレンゲでラーメンを食べ始めた。私は麺をすするのがどうも嫌いだ。ズルズルという音を立てて食べるのが正しいという人もいるけど、他のものは静かに食べるのになぜラーメンだけうるさく食べるのだろう。最初に麺を口に入れて、残りの麺を箸で畳むようにして上に運ぶと音を立てずに食べることが出来る。

 ふと栗園の方を見ると同じような食べ方をしていた。え、嘘でしょ? てっきり派手にズルズルすすっていると思ったけど、意外なほど静かに食べていた。

「太一くん、意外と食べ方綺麗なのね?」
「え? あー、親が結構厳しくて、食べ方とかペンの持ち方とかうるさかったんですよねぇ」
「そうなのね。いい親御さんだと思うわ」
「うーん、どうなんですかねぇ……」

 私の中の栗園の印象がたいぶ良くなった。

 ◆ ◆ ◆

「あれ? 太一くん、カップラーメンどうしたの?」
「え? あ、ない!」

 中華料理屋をでてしばらく観光していたら、私は栗園がカップヌードルファクトリーで作ったカップラーメンを持っていないことに気づいた。

「あー、どっかに忘れてきちゃったみたい。どうしよう……」
「さっきのお店かしら? 戻ってみる?」
「うーん、そうだね」

 店に電話しようかと思ったが、スマホを使えない日だということを思い出して、直接食事をした中華料理屋に戻ってみた。しかし、目的のカップヌードルはなかった。

「うーん、ごめんね。俺よく物を失くしちゃってて……」

 栗園が叱られた子犬のような顔でしょげていた。

「なくしたことは仕方がないわよ」

 私は気にしてない風にいってみたが、内心結構がっかりしていた。というより、栗園に対してやや不安になった。
 二人の思い出をないがしろにされた気がして、この人はあまり私のことを大切にしてくれないんじゃないかと思った。

「メグさん、ごめんなさい。せっかく一緒に作ったのに」
「いいのよ」

 私は自分の不機嫌をうまく隠せてないことが、我ながら嫌だった。婚活デート中に不機嫌な女子って嫌だ。ブサイクな感じがする。

 私達はしばらく無言で歩いた。

「あ、あの! メグさん!」

 栗園が沈黙に耐えかねたように言った。私は彼の方を見る。

「これ、後で渡そうと思ってたんだけど」
「え?」

 栗園が小さな紙袋を渡してきた。

「え? どうしたの?」
「ごめん、ちゃんと、メグさんと仲直りしたくて」
「私こそごめんなさい、気を使わせてしまって」

 気を使わせてしまって私のほうが申し訳ない気がした。プレゼントも受け取るのに気が引ける。

「これ、受け取ってください」
「なんだか悪いわ」
「開けてみてください。さっき買ったものなので」

 断れそうにもないので、私は紙袋を受け取って中を見てみた。それは少し前に入った雑貨屋で私が買うかどうか悩んで買わなかったハンカチだった。

「え? これってさっきの」
「うん。メグさん、悩んでたから買ってみたんだ」
「えー……、嬉しい! ありがとう!」

 彼が私の機嫌を直そうとしていることはわかっているので、私も努めて明るい声をだした。プレゼントで誤魔化された気もするけど、乗ってあげることにした。それに私の行動を見ていてくれたのは素直に嬉しい。

「あのさ、もう一つお願いしてもいい?」
「もちろんっすよ! 何でも言ってください!」
「私ね、中華街に来たら占いの館に行ってみたかったの。一緒に行ってくれる?」
「いいっすよ! 占い、本当に好きなんですね」

 中華街には占いの館がたくさんあって、1回数百円から千円程度で占ってもらえる。私は本やアプリで占いを読むことはあっても、あまり占い師に占ってもらったことがないからやってみたかった。

「男の子とはあんまり占いって興味ないかしら?」
「え!? いや大丈夫っすよ! 姉たちも占い好きでしたし」
「あぁ、そうよね。お姉さんいるんだっけ」

 私達は通りで見つけた占いの館に入ってみた。客引きがいないひっそりとした雰囲気だったので印象が良かった。店内にはいくつかのブースがあって、それぞれの机に占い師がいた。

「どうぞ、一番奥の席にお願いします」

 店員に案内されて私達は席についた。老齢の男性の占い師だった。シワの多い顔を歪ませて笑った。

「どうぞ、おかけください。素敵なお二人さん、今日は観光ですか?」
「はい、私たちの相性を占ってほしくて」
「ええ、もちろんですとも。手相やタロット、オラクルカードなどありますが、どれにしますか?」

 私は手相を見てもらったことがなかったので、私たちの手相を見てもらうことにした。栗園はそもそも占ってもらうこと自体、初めてのようだった。
 占い師は私たちの手相を見て「お二人のこことここの線が似ていますので、とても相性が良いです」とか「結婚線が多いので結婚に向いています」などの事を言った。私はこういう占いの言葉を素直に受け取ることにしているので機嫌が良くなった。栗園もはにかみながら占い師の話を聞いている。

 占いの館を出ると陽の光がオレンジ色に変わっていた。

「そろそろシーバス行こうか」
「そうっすね。中華街楽しかったっす」
「うん! 私も!」

 ◆ ◆ ◆

 夕日指す波の向こうにブルーライトが灯っていた。シーバスの中でも潮の香りがわずかに漂っていて、窓辺に座る私の体は波でほのかに揺れていた。天気が良い割りにシーバスは空いていて、私たち以外の客はほとんどいなかった。
 栗園の茶髪に夕日が当たって金色に輝いていた。「肌が若くて可愛いなー」っとぼんやり思った。
 私は思ったより栗園の事を気に入っていることを自覚してちょっぴり恥ずかしくなった。

「メグさん、今日のデート楽しかったです」
「うん。私も楽しかったわ。婚活1年くらいやってるけど、一番楽しかったと思う」
「本当ですか! 俺、このアプリでマッチングしたのメグさんが初めてで、結構緊張してたんっすよ」
「あら、そうなの? デート慣れてるのかと思ったわ」
「全然っすよ。姉の買い物につきあわされてるくらいで、あんまりデートってしたことなくて」
「そうなのね、ふふふ、じゃあ楽しんでくれて嬉しいわ」

 シーバスの景色が綺麗なこともあって、私たちはいい感じのムードに包まれていた。正直なところ、今までで一番婚活っぽい! 今までのプライドが高くて面倒くさい男たちとのやり取りを思い返せば、栗園はちょっと抜けてるところがあるけど、女を持ち上げるのが上手いし顔もいいし素直に一緒にいて楽しいと思えた。
 今日一日、お互いにスマホを見てないから相手に集中できた気がする。結構良かったなぁ、デジタルデトックス。今後も時々やろうかな。

「あれ? あったー!」
「ん? どうしたの?」

 栗園が少し大きめの声を出したので、驚いてそちらを見た。栗園がカバンからスマホを出していた。

「え!? スマホ持ってなかったんじゃないの!?」
「今朝からなくしてたんですけど、カバンの底の方にあったみたいです! よかったー! うわー、通知めちゃくちゃ溜まってるわ……」

 ええぇぇぇ!! デジタルデトックスしてたんじゃないの!!??

 私は困惑して、ちょっと呆然としてしまった。今日一日なんだったの!?
 栗園は唖然とする私を放置してスマホに集中し始めた。さっきまでの雰囲気はどこへやら……、私はすっかり裏切られた気持ちで冷めてしまった。

 そのままシーバスは横浜駅乗り場に到着してしまった。

「私もう帰るね。さよなら」

 シーバスを降りて、私は横浜駅に向かおうとした。

「え!? ちょっと待ってよ! どうしたの?」
「ずっとスマホ見てるから、もういい! スマホ使わないから今日一日楽しかったのに!」

 私は振り返って栗園に向かって叫んだ。感情が高ぶりすぎて涙が出てきた。

「待ってよ! 俺、本気でメグさんのこと好きなんだよ」
「そんなの信じられない!」

 シーバスの乗り場は百貨店の近くにあって往来が多いのだが、私たちはひと目もはばからず口論していた。ヒステリックを起こす自分も嫌だったが止められそうになかった。

「ごめん! 俺が悪かった。もうスマホ捨てるよ!」

 栗園はそういうと、自分のスマホを海に向かって投げた。

「ええぇぇぇ! なにもそこまでしなくても!」

 私は思わず叫んでしまった。せっかく栗園がカバンから見つけたスマホが宙を舞っていく。

 ぽちゃんっ

 とてもあっけない小さな音がして、そのスマホは海に沈んでいった。
 その光景を見て、私は呆気あっけにとられて逆に冷静になった。スマホはそれなりの値段するし、データとか電話番号とかあるだろうに、まさか海に捨てるとは思わなかった。

「俺、本気で恵美めぐみさんと付き合いたいと思ってる! だからこれからも会って欲しい!」

 きゅん♡

 私は栗園の情熱に思わずときめいてしまった。

 え、この人めっちゃ私のこと好きじゃん……。

「し、仕方ないわね! そこまで言うなら許してあげるわ!」

 私も恥ずかしくなってしまって、素直じゃない言葉しか口に出てこなかった。でも流石にスマホ捨てるまでされると私も栗園のことを許さざるを得ない。

「というか、今後の連絡どうするのよ?」
「あ、しまった! えーっと……明日携帯ショップ行きます!」
「もう……、私の連絡先紙に書いてあげるわよ」

 私は手帳に自分の電話番号、住所、メールアドレスを書いて栗園に渡した。
 栗園は横浜駅まで送ってくれて、そこで別れることになった。

「じゃあね、携帯買ったら連絡ちょうだいね」
「はい! 絶対連絡します! なんなら手紙出します!」
「いや、そこまではいいから……」

 そういいつつも私は悪い気分ではなかった。電車に乗ってからも少し寂しさを感じるほどだった。

 ◆ ◆ ◆

 家に帰るといつも通り、若干片付けられていない部屋が私を出迎えてくれた。掃除したいなぁ……。栗園とのデートを振り返る。

「ものすごく疲れたわね」

 栗園は計画を建てられないし、人混みを歩けないし、物は無くすし、なかなか手間のかかる男だと思う。

「でも楽しかったなぁ……」

 化粧も落とさないままベッドに自分の体を放り投げて天井を仰ぐ。最後の大告白を思いだしてついつい赤面してしまう。

 あんなことする? えー……、どうしよう? このまま付き合っちゃうのかなぁ……

 30年生きてきても付き合った人は片手で数える程度。ドラマチックな恋愛はドラマや映画の中の存在だと思っていたけど、自分にも訪れつつあることを感じてドキドキした。
 今すぐにでも栗園に電話して話したいと思ったけど、彼はスマホを投げ捨ててしまったのだった。

 スマホがないって不便だなぁ……。

 今更ながらそんなことを思ったけど、今後ももし栗園とデートするとしてもスマホの電源は切っておこうと思った。
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