亡国の女王は月夜に甘い夢を見る

森いちほ

文字の大きさ
3 / 5

3

しおりを挟む
        ※                         ※                       ※


 コンコンと自室のドアが小さく控えめにノックされたことにアリーシャは気づいた。
「誰?」
 誰何すると、聞きなれた声がドアの向こうから返ってくる。
「ランスエルです、陛下。室内へお邪魔しても?」
「どうぞ」
 入室を促すと、すぐにオーク材の重厚なドアが静かに開かれる。
入ってきたのはランスエル・イオレンティス。
アリーシャより五つ年上の近衛隊長だ。
黒髪に葡萄色の瞳をした長身のその若者は、幼い頃から共に育ったアリーシャの従兄でもある。
王家の血を引くが王位継承権はなく、高位の貴族であるため早くから近衛隊への入隊が決まっていた。
現在隊長の地位にあるのは、しかしその剣の腕を認められたからでもある。
王都脱出の際、同盟軍に捕縛されそうになった時、鬼神のごとき活躍を見せてアリーシャを救ったのは他ならぬこのランスエルだった。
 深更にも関わらず、スカイブルーの地に金糸の抜いとり、金ボタンのついた近衛服を身に纏ったランスエルは部屋に一歩入ると驚いたように足を止めた。
「真っ暗じゃないですか。侍女は何をしているんです? すぐに灯りを持って来させます」
 そう言って踵を返すランスエルをアリーシャは引き留めた。
「待って。いいんです。私が灯りをつけないように言ったの。今日はとてもきれいな月夜だったから・・・」
 いまだ大窓のすぐ側に立っていたアリーシャは、言葉と共に窓の外を仰ぎ見る。
そこには、ほぼ真円に近い白銀の月が周囲の闇を押し退けて煌々と下界を照らしていた。
 大窓から差し込む、その月明かりの中にアリーシャは立っていた。
長く豊かな亜麻色の髪はきれいに編み込まれ、頭の後ろでまとめられている。
身に付けているのは深緑色をした、ビロードのハイウェストな立襟のドレス。
 若い女王のその凛とした佇まいと美しい横顔に、ランスエルはしばし見惚れていた。
幼い頃は気軽に触れ合い、子犬のようにじゃれあって遊んだものだが、いまでは遠い存在になってしまった彼女。
身分の違いが、二人の間に厳然たる壁を作りお互いの立場を別ってしまった。
「何か用でした?」
 不意にアリーシャが疑問を投げ掛けてきた。
その声に我に返ったランスエルは、自分の視線が長いこと彼女に止まっていたことを悟られたのではないかとしばし狼狽する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

処理中です...