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2章 幼少期編 II
49.ピンク、噂にのぼる。
しおりを挟む──…ピンク……ぴんく……Pink……
はっ!
「ピンクですか?! ピンク頭ですか?! いやいやいや、登場が早すぎませんかっ?!
5年は先だと思ってたのにーーーっ!!
「×××××× ×× ×××」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出したらシブメンの綴言が飛んできた。
額ではなく後頭部にペチンと。
──…ぷしゅぅ……
ふぅ、そんなに騒ぐほどの事ではないですね。来るのはわかっていたことですもの。うん。
しかし、今はそれより……
「……最近、私の扱いが雑すぎるような気がするのですが。ねぇ、ゼルドラ魔導士長?」
「ふん、人を『シブメン』なぞと呼ぶからです」
「うっ!……うぅ」
仕方がないのです。
毎日一緒にいると気が緩むのです。
興奮するとつい"地"で呼んでしまうのです……で、バレた。
「『素敵なおじさま』という意味だと言ったではないですか~」
なかなか信じてくれないのですよ。
自分で直訳して「じじくさい」「おっさんくさい」と解釈したらしいのだけど、間違ってはいないけど、ほぼそちらに傾いた意味でしたけど……しかしそれは絶対認めてはいけない極秘事項である。
『ピンク頭と聞こえたか?』
『聞こえた。あれだろう……噂の』
『建国の聖女……』
『予言の書の……』
『毒婦……』
楽士たちがヒソヒソ言っている。
ほほぅ、ピンク頭は噂になっているのか……てか、私が広めたんだっけ。悪意を込めて。
そして私がピンクピンク言うせいで、建国の聖女の代名詞がピンクとなった。カッコ悪いね。ヒロインざまぁ。
「シュシュ、ルエ団長が待ってるんだ。のろのろするな」
先に進んでいたベール兄さまが戻って来て、私の手をギュムッと掴んだ。
「ルエ団長がピンクを捕まえたのですか?」
「ば~か、いきなり捕まえたりするわけないだろ。平民街を視察していたら見かけただけだ。ハンカチーフを落としたから拾ってやったそうだけどな」
──…なんと!!
「『ハンカチーフを拾ってもらう』は出会い作戦の基本ですよ! ルエ団長はハンサムです! 男好きのピンクに狙われたのではないですか!?」
「そうだよなぁ……なんか帰って来てから元気がないんだよ。もしかして何かされ……いや、いま似顔絵を描いてもらっているから、それをシュシュが確認して、それからだ…………………何もされてなければいいなぁ」
ずんずん手を引かれて歩いていく。ちょっと早歩きになった。心配しているらしい。
「面倒なことになりましたな」
本当に面倒くさそうにため息をつきながら、シブメンはサカサカ歩いて私たちを追い抜いていく。
足が無駄に長いので歩くのが早いのだ。そして歩調を人に合わせるという事をしない。アルベール兄さまと同類だ。
──…さて
小さくなっていくシブメンの背中を見ながら、乙女ゲームの内容を頭に巡らせてみる。
ぼんやり上を向いていても、ベール兄さまがエスコートしてくれているから大丈夫。
最近はエスコート相手(私だ)が転びそうになると、ダンスの要領で体制を修正させる技を身に着けたらしく、私の膝小僧は平穏な日々を過ごせているのだ。アルベール兄さまが目を見張って「動物使いのようだ」と笑っていたのは聞かなかったことにしている。
──…ピンクとルエ団長との出会いイベント……そんなのあったっけ?
攻略対象と出会うために、先に好感度を上げておかなければならないキャラが何人かいたけど……
う~む、ルエ団長、ルエ団長……いたようないなかったような……
気が付いたら音楽堂の玄関口に到着していた。
目の前には〈アルベII〉くんが堂々たる姿で待機している。空中街道に行った時に乗ったバス型のあれだ。
新型だけどクラシカルな雰囲気を楽しめるのは転生者だけの特権ね。
もうすぐ完成しそうな蒸気自動車も楽しみ。開発は順調だってランド職人長も言っていたし。スチームパンクの時代はすぐそこまで来ている! ララァ~……グイッとベール兄さまに手を引かれて現実に引き戻された。またも「動物使い」とかアルベール兄さまが感心している。くっ。
乗り込んだキャビンの中には、アルベール兄さま、ミネバ副会長、シブメン、そして疲労困憊した様子のルエ団長が椅子に埋もれるように座っていた。
今日はチャーハンデーだったので昼食を一緒に食べた。ご満悦なホクホク顔で仕事に戻る姿を見送ったのに……ほんの数時間でもの凄い変わりようである。いつも溌剌としているルエ団長らしくない。ベール兄さまが心配するのも頷ける。
最後のベール兄さまが席に着いたのを確認した馬車侍従は、扉を静かに閉めた。馬車も静かに発車した。キャビンの中も静かである。静かなヌディはキャビン後ろのデッキに乗っている……はず。
「ルエ」
無言のキャビンで口火を切ったのはシブメンだった。
「……ぅん」
しかし、青い顔をしたまま下を向くルエ団長の返事は芳しくない。
─── バチーーーン!!
シブメンがルエ団長の横面をひっぱたいた!
予告なしにいきなりだ。全員びっくりした。みんな目が丸くなった。ルエ団長もだ。
「ぅ………はっ! うわっ! 取れた!」
──…なにが?
スイッチが入ったようにルエ団長の目に生気が戻った。
「ふむ……なるほど」
──…なにが?
シブメンは納得した様子で顎を撫でる……おっさん臭い。
「……卿、説明してくれ」
アルベール兄さまにもわからないらしい。
「魔力による精神攻撃に近いですが、これは魔素ですな」
魔素とは体によろしくない波動のこと……つまり?
「あれだ! ピンクが落としたハンカチーフに黒い粉が付いていた! 今思えば"境の森"でよく感じた波動だった! あぁ、現場を離れるとこれだからっ、勘が鈍った! 畜生!」
財布を落として悔しがるような動作がちょっと可愛い。
「魔素を濃縮させて石のように固める技術がある…「そんなもの何に使うのですか?」…魔素溜りの近くにパンくずの様に点々と置いて魔獣を罠までおびき寄せるのです。ワーナーの授業で習ったはずですが?…「あ~、聞いたかも。えげつない地下通路の罠の話が面白くて……」…「シュシューア、雑談は後にしなさい」…「はぁぃ」……恐らくその魔素石を粉状にしたものがハンカチーフに付着していたのでしょう。落とした当人…ピンクがどのような自衛の手段を持っていたのか。王女殿下が言うようにピンクに魔素の浄化能力があるとしたら魔導士の可能性も…「そう! きっと魔導士ですよ! 聖女だなんて恰好つけさせませんよ! ただの魔導士で決定ーーーっ!」…「シュシューア」…「はぁい」………災難だったな、ルエ」
気遣うセリフなのに心がこもっていないのがありありとわかる声だ。シブメンは今、魔素の自衛について構想を巡らせている。私でもわかる。
「くそう、俺は嵌められたのか? 王女、予言の書にこんなのがあったのか? 俺もコーリャタイシューなのか?」
──…『こうりゃくたいしょう』です。
「あ……あった。あったぞ! うわーっ! あれはルエ団長だったのか!」
隣に座るベール兄さまが頭を抱えた。
「シュシュの媒体と同調した時に、そんな感じの情報が流れてきたんだ! 俺の『るーと』のイベントだ! 絶対そうだ!」
「私との出会いイベントにも条件があったな……3人の男と事前に知り合っておかなければならなかったはずだ」
──…アルベール兄さまも?
私の媒体にはいろんな情報が散らばっているらしい事は、前に聞いた。
自分では拾うことが出来ないから、こうやって媒体と同調した家族の方が詳しかったりする時もある……そこが媒体の情報源に「使えない」と評される所以でもある。むっ、思い出しちゃった。
「あの情報の感じでは、第1王子ルートはミネバと……」
自分の名前が出てきてミネバ副会長の肩がピクッとした。
「イーデン卿と……」
レイラお姉さまのお兄さまですね。
「……侍従のリボ…「阻止しましょう!! リボンくんを利用するなんて絶対に許しません! 絶対絶対出会わせません! 性悪ピンクめぇーーーっ!」…落ち着きなさい。リボンはもう侍従ではないだろう」
「ゲームの強制力が働くかもしれません! ええと〈予言の書〉の内容通りに物事が回るよう修正されていくのです! リボンくん! リボンくん! シュシューアがついていますからね! 大丈夫ですよーーーっ!」
「×××××× ×× ……」
鎮静の綴言を唱えながら、シブメンの手が私の方に伸びてきた。
─…はっ!
私は両頬を押さえてのけ反った。後頭部がベール兄さまの顎の当たって「いてっ」と聞こえたけど、私も痛かったけどそれどころではない。
「ルエ団長みたいにバチンしたら許しませんよ! アルベール兄さま、可愛いホッペが狙われています! そんなことしたら不敬罪ですよね! お父さまにいいつけてやる!」
「うるさいぞ、シュシューア。狭いところで騒ぐな……卿、頼む」
アルベール兄さまが私の頭をガシッと掴んだ。
ぎゃーーーっ!
「×××××× ×× ×××」
ピシッと、デコピンで鎮静された。
ぷしゅぅぅぅーーー……
───デコピンだって痛いことは痛いのだ……嘘です。痛くはなかったけど、乙女の心が痛んだ……のも嘘です。ぐぬぬぬぅ……
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