未だに大好きな元カノ幼馴染が、俺と結婚する未来を見ているらしい

黒野マル

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29話  またキスがしたいかも

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『蓮』
『うん?』
『寒い』
『……このキス魔』
『へぇ、てことは蓮は私とキスしたくないんだ……?そっかそっか、そうだったのか~』
『し、したくないわけないじゃないですか!!さぁ、どちらにいたしましょう!?』
『あははっ!なにその聞き方!!』


ああ、羨ましいなと莉愛は思う。

本当に、羨ましい。未来に蓮と結婚した自分は、いくらでもキスできるんだ。

いつからか、観察者のような立場で夢を見ることが多くなった。そして、未来の自分たちは今もキスを交わしている。

ソファーに座ったまま、蓮は優しく自分の肩を抱き寄せてキスをしていて。

未来の自分は、何千回も触れ合ったはずの唇をついばむようにしながら、キスする途中でふふっ、と幸せそうに笑った。


『ちょっと待って。なんで笑うんですか?莉愛さん?』
『うん?蓮のキスが上手いから』
『嘘つけ!絶対に何か変なこと思ってただろ!?』
『変なこと思ってないもん!ただ、幸せだから……笑っちゃっただけだもん』
『っ……!』
『ねぇ、蓮』


そして、未来の自分は連の首に両手を巻いてから言う。


『もう一回、キスしよ?』
『……………』
『私、まだ寒いからさ……もっと、キスしたいな』


未来の蓮の答えは言葉じゃなく、キスだった。

さっきより勢いがついたキスを送りながら、蓮は未来の自分を荒々しく抱き寄せる。

キスがどんどん激しくなっていく。莉愛はうっすらとした意識の中で、ただただ同じ感想を巡らせていた。

羨ましい、と。

本当に、羨ましいと。そうなれたらいいな、と……。


「……っ、ぁ」


そして、夢から覚めた時の莉愛は。


「やっちゃった………」


自分がそんな夢を見ていたという事実に。そして、昨日蓮に衝動的にキスしたことに対して。

言葉ではとても言い表せないくらいの、恥ずかしさに悶え始めた。


「やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったぁああああ……ど、どどどどうしようどうしようどしよう。どうすればいい!?どうすればいいのぉお!?!?!?!?!?」


枕で顔をうずめた後、莉愛はバタバタと布団を蹴り飛ばしながら叫ぶ。

本当にどうしよう。どうすればいい!?!?

キスなんか、キスなんか……!するつもりなかったのに。本当に、我慢するつもりだったのに!!


「あぁ、ああああぁぁぁぁ……私のバカぁ、私のバカぁ……………」


昨日、公園にいた蓮を家に連れ帰ることはなんとか成功したけど、話はほとんどできなかったのだ。

あまりにも気まずくて。顔を見ればまたキスしたいと思ってしまいそうで。

そもそも、音楽準備室でしたキスがあまりにも気持ちよかったから……。


「蓮の、バカぁ…………………」


莉愛は再び顔を真っ赤にさせて、パン!ベッドのマットレスを蹴った。

なに、抱きしめようとしてたのよ。

おかしいでしょ。おかしいじゃん。絶対に突き放すところだったじゃん。嫌がるところだったじゃん。

なのに、なんで……?なんで一瞬、私を抱きしめようとしたの?

なんで私をまた、期待させるのよ……バカ。


「うぅ……ああ、もう……」


どんな顔をすればいいか分からなくて、混乱してしまう。

最悪なことに今日は週末だから、特別な用事でもない限り蓮は一日中家にいるはずだ。

だったら、自然と顔を合わせる機会も多くなるってわけで―――その時にどんな話を振ればいいかが、分からない。

莉愛は深いため息をつきながら、ようやくベッドから上半身を起こす。


「さすがに起きてるのかな。はぁ……」


でも、こうなったらもう仕方がない。ちゃんと謝ろう。

キスしちゃってごめん。そう言うのはちょっとおかしい気もするけど、謝るべきだと莉愛は思った。

キスは、二人の間で一種のタブーみたいなものだから。

幼い頃の恋心と、性欲と、親愛と、確かめの意味を全部含めている―――恋人だった頃の、残滓だから。


「…………」


すっぴんのまま行くのがちょっと癪だけど、顔も洗ってないから仕方がない。

莉愛はベッドをある程度片付けて、先ずは1階のキッチンに向かった。

そうしたら、案の定―――エプロン姿の蓮が料理をしている風景が、目の前に広がる。


「………おはよう」
「………………」


莉愛がさりげなく挨拶を投げる。でも、蓮は莉愛を見るなり固まってしまった。

そして、蓮の耳たぶが急速に真っ赤になっていく。

すぐに顔を逸らすものの、いつの間にか首筋辺りまで赤くなった。

………………なんで、そんな反応するの。

それ、嫌がる人の反応じゃないじゃない……。

莉愛はじれったさと、蓮を責めたい気持ちに苛まれながらも、彼に近づく。


「あ、あの。蓮」
「……なに?」
「昨日は、その」


そして、蓮と莉愛の視線が合ったその瞬間。


「……そ、その」
「……」


二人は立ちすくんだまま、視線が固定でもされたかのようにお互いを見つめ始める。

さっきまで謝ろうとしていた気持ちが、完全に吹っ飛んでしまう。

莉愛の頭は真っ白になって、目の前の蓮をただ見つめていた。

冗談で誤魔化せるには、謝ることでちゃんとけりをつけるには、蓮の反応が生々しすぎた。

莉愛はなんていえばいいのか、本当に分からなくなった。

だって、今の蓮の視線は―――明らかに、友達を見るような視線じゃないから。


「な、なに?」
「……なにが?」
「……なんで、そんなに見つめてるの?」


蓮も実は、またキスをしたいのかもしれない。

そう思い始めたとたんに、謝る気がなくなってしまう。

莉愛は連にもう一歩だけ近づいて、蓮を見上げた。


「蓮」
「……っ!お、俺料理中だから―――」
「……蓮」


体を引こうとする蓮の手を、莉愛がぎゅっと握りしめる。

分かりやすく蓮の体がビクンと跳ねて、それが愛おしくて、莉愛は繋がった手にもっと力を入れた。

溺れてしまいたいと、本気で願った。

ダメだと分かっていても。また蓮と離れ離れになるかもしれないと、知っていながらも、莉愛は連に触れ合う。

その不安に従って距離を取るには、目の前の蓮があまりにも愛おしすぎるから。


「………………っ!」
「あ……えっ!?」


でも、次の瞬間。

蓮は勢いよく莉愛の肩を掴んで引き離してから、ふうとため息をついた。


「お、俺ちょっと出かけてくる……!いや、そうだ!今日、今日ライブした奴らと打ち上げあるから……!」
「あ、え……えっ?」
「ごめん。ちょっと早く出るわ。じゃ!」


電車に駆け込むみたいに、蓮は素早く莉愛の目の前から消える。


キッチンで一人取り残された莉愛は、食材が置かれているまな板をジッと見つめながらつぶやいた。


「……………………………………バカでしょ、本当に……」


あんな雰囲気で無理やり逃げ出す蓮も。

またもや衝動に流されて、あんな雰囲気を作り出した自分も。どちらとも、バカとしか思えない。

莉愛は天井を見上げながら、まだバクバクと鳴る自分の胸元に手を置いた。
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