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1章 暗殺者から冒険者へジョブチェンジ!

3、元暗殺者の少年は虚無を背負う

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 レオンハルトが泊まっている宿屋に入った瞬間、レオンハルトに抱っこされたままの僕はその場にいた全員の視線を集めた。みんな食べる手が見事に止まってる。

「誘拐犯だ、誘拐犯がいるっ!」
「レオンさんの隠し子……!!」
「いや、まさか。顔が全然似てねえ」
「奥さんの方に似たって可能性も……」
「いやーー! レオンさん、どこの誰に産ませたの!?」

 次第に客の騒めきが、ざわざわと波のように大きく広がっていった。その有様を見て、僕は迷宮砂狐メイキュウスナギツネのような表情を浮かべて虚無を背負った……。

 ここはレオンハルトの定宿『夜見月亭やみつきてい』の一階にある食事処だ。レオンハルトが王都に来た時はいつもこの宿に泊まると暗殺者ギルドの首領に渡された資料にも書いてあった。どうやら食事が気に入っているらしい。行きつけの店ということで、みんなレオンハルトに対して気安くとても親しげだ。

「誰が誘拐犯だゴラァ。隠し子でもねぇよ。コレ、俺のだから。手ェ出すなよ」

 店中ぐるりと見渡し全員に聞こえるような大声で言い放つと、食事処にいた客が一斉に大きな悲鳴(歓声?)を上げた。レオンハルトはその声が落ち着いてきたのを見計らって店のおかみさんを呼び、椅子に座った。

 ……僕を姫抱っこしたまま。
 結果的にレオンハルトの膝の上に横向きで座らされることになるーー…なぜ!?

 片手に二枚ずつ皿を持ち運んでいた恰幅の良い狼獣人の女が二つ隣のテーブルにドンっと皿を置き、エプロンで手をふきながら満面の笑みでこっちへ歩いてきた。四枚も皿を一度に運んでよく落とさないなぁと感心する。

「あらあらまあまあ。妬けるわねぇ。おかえり、レオンさん。ようやくあんたにも春が来たんだねぇ。例の肉出すかい?」
「おう、頼む。おかみさん、あとエールとこいつになんか美味そうなジュース持ってきてくれ」
「あいよ!」

 ウインクをひとつすると、おかみさんはニヤニヤとした顔で尻尾をゆらゆらと機嫌良さそうに揺らして厨房へと歩いていった。僕はレオンハルトの膝の上から逃げようとするも、がっちりと腰をホールドされ逃げられない。

「いいかげん離せ!」
「だぁめ。つがいはいつも一緒にいるもんだし、なんでも世話してやりたいもんなんだよ」

 そう言われても、そもそもレオンハルトの言うがよく分からない。いや、同じ暗殺者には獣人もいたから一応は知っている。ついとか獣人のオスとメスの夫婦のことだ。けれど僕は男でレオンハルトも男だ。

「同性でつがいって有り得ないと思うんだけど」
「あん? 俺がつがいの匂いを間違えるわけねぇだろ。竜人にとっちゃあつがいの性別は関係ねぇんだよ」

 レオンハルトの顔が近づきチュウウゥっと首筋に吸い付かれた。まさかキスマークをつけやがったのか!? きゃあぁぁとまた悲鳴が上がったけれど、聞かなかったことにしよう……。女の人だけじゃなくて野太い声も混じっていたようだけど。

「お前のこっからさ、フェロモンのいい匂いが出てるんだよ。竜人はフェロモンの匂いでつがいを探す。匂いを嗅げば本能で自分のつがいがわかるんだよ。ああ、大丈夫! 巣に一ヶ月くらい篭ってセックスし続けて精液を毎日のように注ぎ込めば、お前が男でも身体の奥に子宮が出来て、卵を産ませることが出来るんだ。だから安心して俺の子を産んでく、ぐふぅっ!!」

 興に乗ってペラペラ話している途中だったので、僕の拳は見事にレオンハルトの頬へクリーンヒットした。ザマアミロ。

「へーー、竜って卵生なんだあ。いい勉強になったなぁ。じゃ、僕はこれで」
「ちょい待て。一生逃がさねぇよ」

 グイッと僕の腰を引き寄せて下唇を舐めたレオンハルトからはゾッとするほどの色気が溢れ出ている。コイツに喰われる未来が見えて身震いした。そこへおかみさんがエールのジョッキと細かい氷が入った乳白色のジュースを運んできた。

「ハイハイ、店内でイチャイチャするのは止めな! とりあえず飲み物ね。こっちは白雪林檎シラユキリンゴのジュースよ」
「お、サンキュ」
「ありがとうございます」
「まあ、なんて丁寧な子なんだろうね。お礼をちゃんと言えてえらいねぇ」

 おかみさんは僕の頭をよしよしと撫でた。僕が何歳に見えているのだろうか。まるで小さな子供に対する態度で気恥ずかしい。

「レオンさん、あたしゃあんたが全然つがいを見つけてこないから心配してたんだよ。こんな良い子がつがいでよかったねぇ。でもさあ」

 おかみさんはぴしぃっと人差し指をレオンハルトに向けた。

「いくらつがいだからって言っても未成年に手を出しちゃいないだろうね!? 見たところまだ成人前じゃないか! 手を出すんならちゃんと成人になるまで待つんだよ。わかったかい?」
「……え~~」

 レオンハルトはおかみさんに勝てないのか、叱られた子供のようにしょんぼりした。すごい不服そうな顔をしている。こんな顔をさせられるおかみさんは、実は世界最強なのではないだろうか。おかみさんは豪快に笑ってレオンハルトの肩をばんばん叩いた。

「この子が成人するまでなんてあっという間さね! あんたら竜人は長生きなんだからそれくらい待てるだろ? とりあえずその子を椅子にちゃんと座らせてやりな。あ、あたいの名前はドーラだよ。あんたはえーっと……」

 僕には名前がない。言い淀んでいるとレオンハルトが僕の代わりに応えた。

「こいつはケイだ。いい名前だろ!」
「へえ、ケイ君か。とってもかわいらしいすてきな名前ね! レオンさんに虐められたらあたいに言いな。叱ってやるからね!」

 僕はレオンハルトに『ケイ』と名付けられたこの日から、暗殺の道具だった『K』から人間の『ケイ』となった。仕事に失敗し死ぬはずだった名もない暗殺者からただ一人の人間へ変化したのだ。まるでそれは『ケイ』ならばこの世界で生きることを許されたようだった。

 言いたいことだけを言うとおかみさんは風のように厨房へと戻っていった。ずいぶんと気風のいいおかみさんだ。客あしらいも上手く皿の運び方も手慣れており、メモも取らずに注文を忘れず厨房に伝えている。おかみさんのスキルを鑑定すればきっと『配膳』や『接客』なんてものが出てくるだろう。

 レオンハルトは名残惜しそうにしながらも、ちゃんとドーラに言われた通りに僕を膝から下ろし、左隣の席に座らせた。

「左目が見えねぇから常に気配察知を使ってるんだ。でもずっと使ってると疲れるから、左側の死角に信頼出来る相手がいるとありがてぇ。ま、お前だったら死角から刺されたって文句は言わねぇがな」

 なんだ。それなら死角を攻めればよかったか、などと考える僕はまだ暗殺者稼業から抜け出せていないようだ。レオンハルトは僕の考えていることが分かっているとでも言うようにニヤリと笑うとエールをゴクゴクと一気に飲み干し、上唇についた泡を手の甲で拭った。

「ぷっふあぁ。うっんめえぇ! やっぱ強えぇヤツと戦った後のエールはうめぇなぁ!」

 その姿は完全に大酒飲みのオッサンである。仮にも元勇者パーティーの英雄がこんなんでいいのか? 資料によるとレオンハルトは八十六歳。竜人は長寿で三百年ほど寿命があるから、人間に換算すると三十歳を少し越えたところか。

 レオンハルトの豪快な飲みっぷりを見ていたら喉が渇いてきたので、僕もテーブルのジュースを手に取ってひと口飲む。林檎の甘みがぎゅっと凝縮された中にさわやかな酸味が入っていて、後味がすっきりした美味しいジュースだ。

「レオンハルトさん、こちら、一杯お飲みになりませんか?」

 僕たちのいるテーブルのすぐうしろにあるカウンターで一人で飲んでいた男が、大瓶に入ったエールをレオンハルトの空のジョッキに注いだ。レオンハルトはお礼を言ってまた勢いよく酒を飲み出した。数時間前にも睡眠薬入りの酒を飲んだばかりだというのに、竜人はみんなうわばみなんだろうか。

 竜人のレオンハルトは二十八歳の時、勇者パーティーと共に魔王を討伐。ある日突然、魔王討伐の旅の途中だった勇者パーティーの前へと現れて「面白そうだから」という理由で仲間になった。仲間になる前の経歴は不明で、本人も口を閉ざしている。

 竜や竜人について分かっていることは少ない。
 なにせ滅多に人里に下りてこないからだ。普段は人との接触を避けて山奥で生活をしている。成人を迎えるまで父親が作った『巣』に家族で住み、成人になると親元を離れてつがいを探す。つがいが見つかると新しい巣を作りそこで子作りをする。つがいはほとんどが同族の竜だが、稀に人間の場合もある。人里に下りるのは、同じ竜種につがいが見つからなかった者時だけだ。

 だからレオンハルトのように人間の中に溶け込んで暮らしているのはとても珍しいことで、彼は竜人の異端児と言えるだろう。

 竜は持っている魔法属性で身体の色が変わり、現在は六種類の竜族がいる。 
 火の魔法属性を持つ紅竜族、水属性の青竜族、土属性の黄竜族、風属性の白竜族、光属性の金竜族、闇属性の黒竜族だ。ちなみにワイバーンやサラマンダーなどは竜種ではなくトカゲの魔物に分類される。

 と、ジュースを飲みながらぼんやりとそこまで考えたところで、いつの間にか僕の顔を覗き込んでいたレオンハルトと目が合った。

「なんか考えごとかぁ? ぼ~~っとしてっとキスするぞ」
「止めろ」

 もうこれ以上人前でキスされたら困るので、レオンハルトの唇が僕の顔につく前に両手でレオンハルトの頭をぐ~~と遠くへ押しのけた。

「あ、あのっ!」
「あん?」

 押し合いをしていると急に後ろから話しかけられた。声の主はついさっきレオンハルトに酒をご馳走してくれた四十代くらいの男の人だった。

「わっわたくし、在野で竜の生態や文化などを研究しておりますエリオット・バークレーと申します。先ほどつがいについてのお話が出ておりましたが、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか!?」

…………………………………………………………………
【おまけ】
(side.ドーラ・レヴュラ 夜見月亭の名物は肉とレオンさん!)

 あたしゃ『夜見月亭』のおかみ、ドーラだよ。この宿は家族経営で、あたいの旦那が一階の食事処で料理長をしてるんだよ。旦那が作るごはんがとっても美味しいって評判で、たまに貴族様もお忍びで来てるんだよ。

 え? うちの名物?
 そりゃ肉さね! いろんな種類の魔物の、いろんな部位の肉が出せるよ! 肉は冒険者ギルドから売ってもらったり、息子が森で獲ってきたりするの。でも一番助かってるのはレオンさんがうちに泊まるたびに狩ってきてくれる希少な魔物の肉さ! この前なんて危険度の高い魔獣ホーンオックスの肉を持ってきてくれたんだ。

 ホーンオックスっていうのはね、放牧されたり逃げ出した家畜の牛が野生に戻って魔物化した凶暴なヤツさ。角が牛よりも断然長くて、ナワバリに入っちまうと突進して角で攻撃してくる危ない魔獣さ。その肉はとっても上質で、魔力がふんだんに含まれているからすっごく美味しいんだよ!

 あ、でも値段もそれなりにするからね! ツケは効かないよ!

 はいはい、あんたは白雪林檎のジュースね。え? 林檎は赤色じゃないかって? ああ、あんたは落ち人さんかね。異世界じゃ林檎は赤いらしいねぇ。こっちの世界にも赤い林檎はあるよ。でも赤い林檎は迷宮内でしか採れないし、魔力含有量が多いから値段が高額でちょいっと庶民には手が届かない代物さぁ。だからみんなは白い林檎を食べてるのさ。白い林檎の中でも白雪林檎は一番含まれている魔力が多いから、ちょいっとお高めだけど普通はみんなそれを食べてるねぇ。白ければ白いほど魔力が多く含まれていて美味しいんだよ。

 あ、レオンさん。いらっしゃい!
 
 うわぁ、すごい! こりゃ迷宮紅熊メイキュウベニグマじゃないかっ!
 みんな、今日の夕飯は熊肉だよ! 楽しみにしていておくれ!

【補遺】
 迷宮砂狐(メイキュウスナギツネ)は切れ長で乾いた目つきをした、虚無を背負ったような顔をしたキツネの魔物です。チキュウから落ちてきた落ち人さんたちによると、チベットスナギツネみたいな顔というお話です
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