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第五十四話 事前準備をしましょう。

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 いや、まだだ!
 諦めるな俺! どこかに突破口があるはず!

 ピコリーン!(ひらめいた音)

 そうだ!
 この大神殿には、黒い目の神官なら何人もいる! キセラだけじゃない!
 俺がみんなを集めて、治癒術を教えるってのはどうだ? みんなコツが分からないだけで、『あらやだ奥様、習ってみたら意外と簡単ザマス』な展開が待ってるかも!

 だいたい俺以外に、本当に黒髪っていないのか?
 いるんじゃね? 拘束されんのが面倒でバックレてるだけじゃね?
 もっと組織改革して、待遇いいよって話になったら、案外ぞろぞろ出てきたりして。

 よし! 近いうちに【黒神子養成講座】の生徒を大々的に募集しよう。『あなたも未来の黒神子に! ただいま教材費無料キャンペーン中! お気軽にどうぞ!』みたいな感じでどうだ!
 為せば成る。為さねばならぬ何事も!

 希望の光がみえたせいか、俺のやる気ロウソクに火が付いた。

「今日はこれから何をするの?」
「昼食後、大晩餐会のための衣装合わせです」

 フッ(ロウソク消えた)

「どんな仕上がりなのか、僕すっごく楽しみで、夕べはほとんど眠れませんでした。ふわぁ~、早くカルス様の晴れ姿が見たいですぅ」

 恍惚とした表情でラファエルが呟いた。またオネエ化している。
 ……違う。そうじゃない。
 俺の求めてる仕事は、そんなんじゃない。

「あ……明日の予定は?」
「晩餐会のお衣装に合わせて、髪型や髪飾りを決めるそうです。午後は踊りの練習ですね」
「お、踊りぃ?」
「舞踏会もありますので」
「なんで俺まで踊るんだ! 王子の婚約者だった頃ならまだしも、黒神子が晩餐会やら踊りやらって意味わからん! 聖職者だろ? 質素倹約が基本じゃないのか!」
「?? 我が女神は【豊穣】と【再生】に加え、【葡萄酒】と【舞踏】を司る神としても知られております。祭事の際には、王族や聖職者は率先して御馳走やお酒をたしなみ、女神さまを楽しませるために舞を奉納します。信徒である国民たちも、それにならっておりますが……」

 だからこの前、未成年なのに酒が飲み放題だったのか! 
 ただの祭り好きな酔いどれ女神じゃねえか!

「いや俺、いままで【再生】一本やりの黒神子だったから、そういうのに慣れてなくて……」
「――そんなっ! カルス様はご自分の喜びを犠牲にしてまで、民に尽くされていたのですね! なんとご立派な!」

 三つ子がプルプルと、感動に打ち震えている。
 囲い込まれて社畜みてえに働きづめだった【私】も、見る角度変えたらそうなるのか。

「ではカルス様は、舞踏会での踊りは未経験なのですか?」
「多少はその……、王子の婚約者だったから習ったけど、実際に踊ったことは無いなあ」
「つまり、この催しで初めてのお披露目なのですね! ああ! それは気合をもってのぞまないと! 講師の皆様にもお伝えしておきますっ!」

 や、やばい。
 なにその握りこぶし。血管浮き出てるよ?
 どうしてかな? さっきから足の震えが止まらんのだが。

「……お…、お手柔らかに、お願いしま~す」


 それから一週間……。
 俺はちっとも、お手柔らかにしてもらえなかった。

 田舎暮らしで、二年もブランクがあったんだよ?
 テーブルマナーも社交ダンスも、裏の畑に埋めてきましたが何か?
 そんな呆れた目で見ないで。ほぼ初めてなの! 優しくして!

 ねえ聞いていい?
 なんで朝からずっと、女性の踊りばっかり練習させられてんの? 
 そろそろ男性側の方も……、は? いらない? なんで?
 目をそらさないで、誰か答えてください。


 そして現在……。
 俺は宮殿奥でめいっぱい着飾られた後、これから地獄の本番を迎えようとしている。

 大晩餐会から出席する予定だったが、舞踏会からの途中参加に急遽変更された。断じて、俺のテーブルマナーの覚えが悪かったせいではない。
 身体が弱い黒神子を気遣っての、王宮サイドからの配慮だそうだ。

 そういや【私】時代は、よく熱で倒れたり、吐いたりもしてたっけ。
 【私】は自分で自分を治せないから、一度寝込むと結構しんどかったんだよなあ。
 婚約者だった第一王子も、公務の合間をぬって、たまに見舞いに来てくれた。王宮ではまだその印象が強いのかもしれない。だったら好都合だ。

 晩餐会でくそじじい(王様)とフルコースだなんて、想像するだけで寒気がしてたんだ。
 もしや、エイデン王子の配慮だろうか?


「なんて麗しい……、まさしく神の御使いですね」
「本当に……、はああ、いつまでも眺めていたいです」
「どんな美姫であろうと、カルス様のお美しさには敵いません」

 三つ子が次々と、俺の装いを眺めては誉めそやしている。
 もう充分に満足したか? 気が済んだか?

「じゃあいい加減、三人とも大神殿へと戻ろうか。誰かに送らせるから」
「「「そんなあぁ~! カルス様あぁ~!」」」
「残念でした。お子ちゃまは舞踏会へは行けないの。もう帰って寝なさい」

 俺に呼ばれた聖騎士たちが、子猫のように三つ子を抱えあげ退場していった。それと入れ替わるようにして、オスカーが控えの間へと入ってくる。

 座ってる俺を目にした途端、彼は大きく息を呑んだ。
 ポーカーフェイスを崩すなんて、珍しいこともあるもんだ。

「カルス様、お見事です。着るもの次第で、こうも変わるとは……」

 それ、褒めてねえからな!
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