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出来ない約束
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「少しじっとしていろ」
強い篝に命じられて、朽木に逆らえるわけがない。
人の心をかき乱すような種類の美しい顔がすぐ横にあった。左耳の下辺にひたりと鼻をおしつけられた。すんすんと肌の匂いをかがれ、朽木はますます硬直した。
自分のにおいなど今まで気にしたこともなく、匂う、と言われても何のことだかさっぱり分からない。
山梔子や木犀の木立のような芳香が身から漂うはずもなく、蝋梅のような気品が漂うわけもない。
そもそもどれもみな、岩館から聞いたことがあるだけの他の樹精のあやかしの話だ。
良くて朝露の清々しい気が残っていたか、草いきれが手足に残っていたのだろう。篝の目を見ると怖いから、終わるまで目をつぶっていよう、と朽木は思った。思ったがそれもすぐに難しくなった。
ひちゃり、と濡れた感触に、朽木はひゃぁと声をあげた。今まで自分で聞いたこともないようなおかしな声だった。どっと肌が湿気ばむ感じがした。
篝の濡れた唇が朽木の首筋を滑る。
鎖骨のくぼみまでたどりつくと、ゆっくりと肩先へそして脇へ、最後はやわらかな胸の頂を唇でちゅっと挟まれた。
目を閉じていても怖く、目を開けると開けたことに朽木は後悔した。
「朽木、おまえ…甘いぞ」
髪と同じ赤い瞳は、粘り気のある炎が浮かんでいるようにぎらぎらとして、朽木を射た。
朽木の手を押えていた篝の両手は、今は朽木の丸みの少ない薄い胸を寄せて、左の粒は指で捏ねられ右の粒は篝の唇の中に消える。
篝の唇の中の、舌の動きが分かることに朽木は怯えた。
中へ入ろうとする虫のような動きだ。もとが木であるので樹精のあやかしである朽木は炎も怖いが虫も怖い。
虫は中からも、外からも木を枯らせてしまうからだ。
肌の上に触れる篝の髪はふわふわと朽木の肌をくすぐる。手で払うとすぐに潰れてしまう羽虫の感触に似て朽木は総毛だつ。
恐ろしいものが恐ろしい動きをして、肌の上を滑る。こわい。ただこわい。
もはや襤褸同然となった帯と腰にぶらさがった着物に篝の手が触れた。
ぱっと火花が散ったように見えたが素早く払われ、灰が肌にかかることも肌を焼くこともなかった。
「……朽木、おまえ…颯とはどこまでした」
何故今颯の名が出るのか、朽木には理解できなかった。
颯は乱暴な奴だ。
颯のせいで何度指が折れたかわからぬ。髪もぼうぼうになる。ただ颯の強い風のせいで、朽木に虫がつくこともなかった。
羽虫も毛虫も颯の強い風が払ってくれる。
はやて、今来てくれ。すぐきてくれ。朽木は自分勝手に心から願った。
何時もなら、そっとしておいてくれ、放っておいてくれと思うけれど、今ばかりは来てくれ。あの舌と唇の妖しい動きを、体を這う手を、のしかかる重い身体を強い風で払ってくれ。
はやて、はやく、はやく。
そうでないと。
「良い子でじっとしていろ。…さわられたこともないのか」
颯は来ない。
命じられれば弱い朽木は動くこともできず、恐怖でなお抗うことも出来ずがたがたと震えることしかできない。
「俺がはじめてか」
胎生でもない朽木の腹には人に似せたへそがある。その上を篝の唇が滑り落ちていく。
へそよりも下、両足の間に篝の頭が落ちてゆく。
朽木は人の身体の作りに詳しいわけではない。むしろあまりわからぬ。ただの足の間。養分を吸い、体を支える根ではなく、歩いたり走ったりするための足の間。
なにもない場所に。
「こうやってふれるのも、さわるのも、なめるのも俺がはじめてか」
なにもない場所に、胸にされたより執拗に篝の唇が吸い付く。
ぴちゃぴちゃと音を立てて、篝のみだらな舌の動きで、朽木の知らなかった体の作りが暴かれる。
見えない場所に小さな裂け目と同じく小さな粒がある。まだ洞ではない閉じた境目と胸の尖りに似た小さな粒を舐められて、吸われて、優しく噛まれて、朽木は悲鳴を上げた。
良い子でじっとしていろと言われたが、体は勝手に跳ね上がり、悲鳴を押えることもできない。
言いつけを守らなければぶたれるかもしれない。こわい、こわい、たすけて。
朽木は慄き、助けてくれる人の名を呼ぼうとした。
強い篝に命じられて、朽木に逆らえるわけがない。
人の心をかき乱すような種類の美しい顔がすぐ横にあった。左耳の下辺にひたりと鼻をおしつけられた。すんすんと肌の匂いをかがれ、朽木はますます硬直した。
自分のにおいなど今まで気にしたこともなく、匂う、と言われても何のことだかさっぱり分からない。
山梔子や木犀の木立のような芳香が身から漂うはずもなく、蝋梅のような気品が漂うわけもない。
そもそもどれもみな、岩館から聞いたことがあるだけの他の樹精のあやかしの話だ。
良くて朝露の清々しい気が残っていたか、草いきれが手足に残っていたのだろう。篝の目を見ると怖いから、終わるまで目をつぶっていよう、と朽木は思った。思ったがそれもすぐに難しくなった。
ひちゃり、と濡れた感触に、朽木はひゃぁと声をあげた。今まで自分で聞いたこともないようなおかしな声だった。どっと肌が湿気ばむ感じがした。
篝の濡れた唇が朽木の首筋を滑る。
鎖骨のくぼみまでたどりつくと、ゆっくりと肩先へそして脇へ、最後はやわらかな胸の頂を唇でちゅっと挟まれた。
目を閉じていても怖く、目を開けると開けたことに朽木は後悔した。
「朽木、おまえ…甘いぞ」
髪と同じ赤い瞳は、粘り気のある炎が浮かんでいるようにぎらぎらとして、朽木を射た。
朽木の手を押えていた篝の両手は、今は朽木の丸みの少ない薄い胸を寄せて、左の粒は指で捏ねられ右の粒は篝の唇の中に消える。
篝の唇の中の、舌の動きが分かることに朽木は怯えた。
中へ入ろうとする虫のような動きだ。もとが木であるので樹精のあやかしである朽木は炎も怖いが虫も怖い。
虫は中からも、外からも木を枯らせてしまうからだ。
肌の上に触れる篝の髪はふわふわと朽木の肌をくすぐる。手で払うとすぐに潰れてしまう羽虫の感触に似て朽木は総毛だつ。
恐ろしいものが恐ろしい動きをして、肌の上を滑る。こわい。ただこわい。
もはや襤褸同然となった帯と腰にぶらさがった着物に篝の手が触れた。
ぱっと火花が散ったように見えたが素早く払われ、灰が肌にかかることも肌を焼くこともなかった。
「……朽木、おまえ…颯とはどこまでした」
何故今颯の名が出るのか、朽木には理解できなかった。
颯は乱暴な奴だ。
颯のせいで何度指が折れたかわからぬ。髪もぼうぼうになる。ただ颯の強い風のせいで、朽木に虫がつくこともなかった。
羽虫も毛虫も颯の強い風が払ってくれる。
はやて、今来てくれ。すぐきてくれ。朽木は自分勝手に心から願った。
何時もなら、そっとしておいてくれ、放っておいてくれと思うけれど、今ばかりは来てくれ。あの舌と唇の妖しい動きを、体を這う手を、のしかかる重い身体を強い風で払ってくれ。
はやて、はやく、はやく。
そうでないと。
「良い子でじっとしていろ。…さわられたこともないのか」
颯は来ない。
命じられれば弱い朽木は動くこともできず、恐怖でなお抗うことも出来ずがたがたと震えることしかできない。
「俺がはじめてか」
胎生でもない朽木の腹には人に似せたへそがある。その上を篝の唇が滑り落ちていく。
へそよりも下、両足の間に篝の頭が落ちてゆく。
朽木は人の身体の作りに詳しいわけではない。むしろあまりわからぬ。ただの足の間。養分を吸い、体を支える根ではなく、歩いたり走ったりするための足の間。
なにもない場所に。
「こうやってふれるのも、さわるのも、なめるのも俺がはじめてか」
なにもない場所に、胸にされたより執拗に篝の唇が吸い付く。
ぴちゃぴちゃと音を立てて、篝のみだらな舌の動きで、朽木の知らなかった体の作りが暴かれる。
見えない場所に小さな裂け目と同じく小さな粒がある。まだ洞ではない閉じた境目と胸の尖りに似た小さな粒を舐められて、吸われて、優しく噛まれて、朽木は悲鳴を上げた。
良い子でじっとしていろと言われたが、体は勝手に跳ね上がり、悲鳴を押えることもできない。
言いつけを守らなければぶたれるかもしれない。こわい、こわい、たすけて。
朽木は慄き、助けてくれる人の名を呼ぼうとした。
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