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焼印
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震える唇も怯える舌も、何もかも飲み込まれた。
命令に反して逃げ惑う舌を捕らえられ、狭い口の中を探すように丹念になぞられる。
その舌の小さな動きにさえ、朽木の体は跳ね上がり、涙がぽろぽろとこぼれる。実のところそれが全て篝の自尊心をおおいにくすぐり、朽木の無防備な甘く白い裸体が彼の下に有ることも、青い性をひととき満たした。
枯木の荒れた薄い唇を唾で湿らせながら、ゆっくりと唇を離す。
甘い。
こぼれた涙も甘い。
瞼と長い睫毛に残った雫も甘い。
怯えてこわばる頬も、肌も、ぱさつく髪から漂う香りも何もかも篝の脳髄を蕩かすように甘美だった。
「お前、いつ蜜の子になったんだ…」
問いかけながら答えを待たずに、薄い唇を奪った。そしておそらく何も知らない無垢な身体の一番敏感な部分に手を伸ばし、悪戯をする。
あぁ、悪戯ではないと思い返した。
これは心をこめた愛撫だ。はやるあまり順番を少し間違えてしまったが、香をかぎ、口を吸い、舌を絡め、蜜を採る。合えば二つの餅をよくこねて、花芽を摘む。二つの花芽が固くなり、一つの花芽が密でぬるめば指貫をして、最後に男の印を収めて封をする。それが気に入れば気をやってよく馴染めば魂結びをする。そうすればもう、篝が息絶えるまでそれが永遠に消える事がない。
手順を聞いた時には反吐が出る思いがしたが…。他人の身体を舐めるなど、気狂いではないかと思ったけれど…。一度これを識ってしまったら、そうせずにはいられなくなるのだと己が肉体が真っ先に悟った。
金剛は蜜の子を手に入れるために海を渡ったと言った。他の誰かは会うまでに気が狂うような夜と昼を一人で繰り返したと言った。里を出て蜜の子に会えぬまま彷徨う者も多く、外の世界で諦めて命を終わったモノもいたと誰かが言った。どれも全て大袈裟な戯言だった。
探すまでもなく蜜の子など、住まう里の足元に転がっていた。あまりの無造作加減に逆に自分が夢でも見ているのではないかと思った。
聞かされたあの話の数々は、里の子を少しでも増やそうとする先達が自分や、まだ伴侶を得ていない若いあやかしの尻に火をつけようとしたに違いなかった。
それにしても。篝は身体の下に敷いた朽木を見つめる。先達は自らの蜜の子を何と言ったか。側にあるだけで磨き上げた銀の如く夜空に輝く星より眩いと。目が合えば空より青く、海よりも深い愛に包まれるようだと。出会った瞬間に目も心も奪われ、微笑み一つのために山をも斬ろう、海をも断とうという心持ちになったと、その容姿の麗しさをを立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花よとまぁそんな具合の事を言っていなかっただろうか?
脳髄を蕩かす香り以外は何一つ当てはまらぬ。
睫毛こそ長いが寂しげな地味な顔だ。髪は厩の敷藁よりもぱさつき、手足の肌は荒れてざらざらで着ているものはもっと酷かったから燃やしてしまった。後でやわらかい絹の服で包もう、肌には油と軟膏を擦り込もう、隠れていた肌は白くやわらかく食むと甘い。甘い。甘い。
髪は柘植の飾櫛で梳いてやろう、この小さい唇には紅をさそうか…。
篝は朽木の薄い唇をゆっくりと親指でなぞった。こうして指で触れたくなるような、唇でついばみたくなるようなきれいな形と優しい色をしている。
紅などいらない。
紅などなくても耳朶は赤く染まり、胸の尖りも篝の目を奪うほど赤く色付いている。
俺が染めた。
胸が高鳴り、自然と息も荒く乱れる。
「見えるか、朽木。ここはもう…」
いっこうに濡れる気配を見せぬ花と花芯の粒を篝がいじりすぎたので、そこが身体の中で一番赤い。
何の赤に例えることも酷く卑猥に思えて、篝は一人頬を染めた。
否定しても可愛くてならぬ。無理に進めた行為を留まろうとしても欲しくてならぬ。
ほしい、ほしい、ほしい!!
こんな誰が通りかかるかわからぬ場所でいきなり引き倒し、しかも草と木立のなかで。
盛りのついた獣のように飛びかかり。
朽木はすすり泣いている。
篝の身体の下で弱々しくすすり泣いている。
「おい、笑え、いつまで泣いている」
そんな人の気を引く香りを芬々と纏わせて、こんな舐め回したくなるような惑わす赤を身体に隠しているくせに。
俺一人が獣のように欲しがっておかしいだろう!?
細い朽木の両手首を草地に押し付け、篝は何か想いのたけを叫ぼうとした。
その一瞬、篝はそこで生まれて初めて顎に一撃を喰らった。
目が眩むような一撃だった。
朽木はただ、必死に起き上がろうとしただけだった。だからこそ殺気も何もなく、篝は避けそこねた。
篝は火のあやかしである。
一見感情の起伏のない冷静で物静かな構えに見えて、その感情の発露は誰より激しかった。
痛みに対する怒り。
篝はその一瞬自らの本性を怒りで忘れた。
朽木の細い両手首を強く握りしめたまま、朽木が何であるかも忘れたまま。
絶叫が響いた。
命令に反して逃げ惑う舌を捕らえられ、狭い口の中を探すように丹念になぞられる。
その舌の小さな動きにさえ、朽木の体は跳ね上がり、涙がぽろぽろとこぼれる。実のところそれが全て篝の自尊心をおおいにくすぐり、朽木の無防備な甘く白い裸体が彼の下に有ることも、青い性をひととき満たした。
枯木の荒れた薄い唇を唾で湿らせながら、ゆっくりと唇を離す。
甘い。
こぼれた涙も甘い。
瞼と長い睫毛に残った雫も甘い。
怯えてこわばる頬も、肌も、ぱさつく髪から漂う香りも何もかも篝の脳髄を蕩かすように甘美だった。
「お前、いつ蜜の子になったんだ…」
問いかけながら答えを待たずに、薄い唇を奪った。そしておそらく何も知らない無垢な身体の一番敏感な部分に手を伸ばし、悪戯をする。
あぁ、悪戯ではないと思い返した。
これは心をこめた愛撫だ。はやるあまり順番を少し間違えてしまったが、香をかぎ、口を吸い、舌を絡め、蜜を採る。合えば二つの餅をよくこねて、花芽を摘む。二つの花芽が固くなり、一つの花芽が密でぬるめば指貫をして、最後に男の印を収めて封をする。それが気に入れば気をやってよく馴染めば魂結びをする。そうすればもう、篝が息絶えるまでそれが永遠に消える事がない。
手順を聞いた時には反吐が出る思いがしたが…。他人の身体を舐めるなど、気狂いではないかと思ったけれど…。一度これを識ってしまったら、そうせずにはいられなくなるのだと己が肉体が真っ先に悟った。
金剛は蜜の子を手に入れるために海を渡ったと言った。他の誰かは会うまでに気が狂うような夜と昼を一人で繰り返したと言った。里を出て蜜の子に会えぬまま彷徨う者も多く、外の世界で諦めて命を終わったモノもいたと誰かが言った。どれも全て大袈裟な戯言だった。
探すまでもなく蜜の子など、住まう里の足元に転がっていた。あまりの無造作加減に逆に自分が夢でも見ているのではないかと思った。
聞かされたあの話の数々は、里の子を少しでも増やそうとする先達が自分や、まだ伴侶を得ていない若いあやかしの尻に火をつけようとしたに違いなかった。
それにしても。篝は身体の下に敷いた朽木を見つめる。先達は自らの蜜の子を何と言ったか。側にあるだけで磨き上げた銀の如く夜空に輝く星より眩いと。目が合えば空より青く、海よりも深い愛に包まれるようだと。出会った瞬間に目も心も奪われ、微笑み一つのために山をも斬ろう、海をも断とうという心持ちになったと、その容姿の麗しさをを立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花よとまぁそんな具合の事を言っていなかっただろうか?
脳髄を蕩かす香り以外は何一つ当てはまらぬ。
睫毛こそ長いが寂しげな地味な顔だ。髪は厩の敷藁よりもぱさつき、手足の肌は荒れてざらざらで着ているものはもっと酷かったから燃やしてしまった。後でやわらかい絹の服で包もう、肌には油と軟膏を擦り込もう、隠れていた肌は白くやわらかく食むと甘い。甘い。甘い。
髪は柘植の飾櫛で梳いてやろう、この小さい唇には紅をさそうか…。
篝は朽木の薄い唇をゆっくりと親指でなぞった。こうして指で触れたくなるような、唇でついばみたくなるようなきれいな形と優しい色をしている。
紅などいらない。
紅などなくても耳朶は赤く染まり、胸の尖りも篝の目を奪うほど赤く色付いている。
俺が染めた。
胸が高鳴り、自然と息も荒く乱れる。
「見えるか、朽木。ここはもう…」
いっこうに濡れる気配を見せぬ花と花芯の粒を篝がいじりすぎたので、そこが身体の中で一番赤い。
何の赤に例えることも酷く卑猥に思えて、篝は一人頬を染めた。
否定しても可愛くてならぬ。無理に進めた行為を留まろうとしても欲しくてならぬ。
ほしい、ほしい、ほしい!!
こんな誰が通りかかるかわからぬ場所でいきなり引き倒し、しかも草と木立のなかで。
盛りのついた獣のように飛びかかり。
朽木はすすり泣いている。
篝の身体の下で弱々しくすすり泣いている。
「おい、笑え、いつまで泣いている」
そんな人の気を引く香りを芬々と纏わせて、こんな舐め回したくなるような惑わす赤を身体に隠しているくせに。
俺一人が獣のように欲しがっておかしいだろう!?
細い朽木の両手首を草地に押し付け、篝は何か想いのたけを叫ぼうとした。
その一瞬、篝はそこで生まれて初めて顎に一撃を喰らった。
目が眩むような一撃だった。
朽木はただ、必死に起き上がろうとしただけだった。だからこそ殺気も何もなく、篝は避けそこねた。
篝は火のあやかしである。
一見感情の起伏のない冷静で物静かな構えに見えて、その感情の発露は誰より激しかった。
痛みに対する怒り。
篝はその一瞬自らの本性を怒りで忘れた。
朽木の細い両手首を強く握りしめたまま、朽木が何であるかも忘れたまま。
絶叫が響いた。
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