鬼の名語り

小目出鯛太郎

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花と蜜と消えゆく煙

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「いつまで膝をついているつもりだ」

 
 頭上から降り注ぐ様な声に、かがりは顔を上げた。

 今日は初めてづくしかと苦い笑いが腹の底から沸いて出そうだった。蜜を味わうのも、一撃を喰らうのも、大事なものを傷つけるのも、他人に奪われるのも、人前で無様に膝をついているのも。

 見下みくだすことはあっても、その逆は常ならば許す事ができぬたちだ。だが今は身体の芯に鉛を詰めた様に重い。立ち上がりこの場を離れることも億劫だった。


「それにしても火精というものは。気に食わなければ蜜の子まで焼くのか、ああ恐ろしい」

 過分に芝居がかった口調で金剛こんごうは言った。どんな思惑があったのか、篝にはわからぬが嘲笑わらいにわざわざ来たのならば性悪者以外の何者でもない。


「まさか消炭けしずみにされようとはな。そんなに口にあわなかったのか」

 金剛の足が草むらに転がっていた黒い炭の塊をつまらなさそうに踏み潰そうとした。

「よせ」

 それは何処にでもあるような石くれのように、他人が踏み潰してよいモノではなかった。篝は咄嗟に手をかざした。踏まれた篝の手の下でさくりと崩れたのは炭化した朽木の右手の指だった。

 
 篝は金剛の足を叩いて退かせると、崩れた炭の塊を掌にすくいあげた。これではもう、あの細く白い手に還すことはできない。砂より細かくはらはらと黒いものが散る。


 この無遠慮なあやかしの頭領に辛辣な言葉の一つでも返せばいいのに、手の中の黒い塊の上に透明な雫が落ちた。


「篝、お前がそれを持っていてもただ土に還すしかできまい。それを、私に、よこせ」


 篝は自分に差し向けられた金剛の白く厚みのある大きなてのひらを見た。逆巻く妖気が見えた。


「もし、お前が、指の、一つも、よこすなら、お前が、永遠とわに、持てる形で、返してやる」


 いやだ、と思った筈だった。欠片一つ他人に委ねたくないと思った筈だった。


「あの香りを、あの甘さを、ずっと、手の内に、おさめて、おきたい、だろう」



 金剛の言葉は篝の弱い部分を的確に突いた。


「ずっと、そばに、おいて、おきたい、だろう?」





あやつられるように篝の手は震えながらその黒い小さな塊を金剛に差し出す。

「どの指でもとれ」

篝は指をもがれても呻き声一つあげなかった。ただ食い入るように金剛の掌中にある黒い塊と、もがれた己の指を見た。


「我、木に炎を継がんと欲す。合せよ」

低い声で唱えた金剛の掌の上で、黒い塊と指がほろほろと崩れ、妖気の渦に入り混じりうねるようにうごめいていたが、しばらくして熾火おきびの赤を留めたようにころんと丸まった。



 篝の掌に戻されたそれは、とろける香りを漂わせほんのりと温みを持ち、綺麗な丸ではなく探れば小さな粒と裂け目を思い出させるようなうっすらとしたすじがあった。篝はそれをすぐに隠した。


 甘い香りと共にぐるぐると逆巻く妖気の渦に飲まれていた。旋風つむじかぜに巻き上げられる葉のように抗えず、笑い声が木霊こだまする。


 
 蜜のことは花から学べと声がして、やわらかいしとねの落とされた。いつ金剛の術に巻き込まれたのか、最初からそう仕組まれていたのか。

 篝は布団を蹴って立ち上がる。

 払えば花びらが散る。

 花木かぼくが垣根のように立ち塞がる。

 蔓のように絡んでくる腕を払い続ける。

「何の真似だ金剛、花ばかり集めて」
 

 諸手に大輪の花のあやかしを抱えて金剛は身体を波打たせるように笑っていた。

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