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【3】翌日配送ならぬ、即刻配送の神zon

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 ダンダレイスの片手に乗ったまま、玉座の間を出た。長い回廊を抜けて、黄金の手すりの階段が左右に別れる、広い踊り場の壁に肖像画が四つかかげられていた。

 一人は金髪碧眼にいかにも伝説の鎧といった装備と聖剣をかがけ、赤いマントを翻した戦士。髪の色といい瞳の色といいその顔立ちも、あのザ王子様といったレジナルドにそっくりだ。「初代勇者イエンスだ」とダンダレイスの低い声が響く。
 もう一人は仮面におおわれてその顔は見えない。玉座に座った王の姿だ。

「二代目勇者のテイオだ。魔王との戦いで彼は顔に酷い火傷を負い、生涯を仮面を被り過ごした」

 そして、さらに一人はダンダレイスと同じ縮れた赤毛だが、その髪は短く精悍な顔立ちの青年だ。

「三代目の勇者アルツオだ。私の先祖でもある」

 そう言われて、なるほどそのモップ……もとい髪は遺伝か……と思う。

 そして、最後は羽根帽子にマントに腰に細身のレイピアと、三銃士の世界から抜け出てきたような姿の男性だ。青紫がかった銀髪を後ろになでつけて、切れ長の濃紺の瞳の眼光も鋭い。髪と同じ色のよく手入れされた髭が顔半分を覆う。雰囲気は物静かな紳士であるが、その鋭さと腰の剣からも戦う者だとわかる。

「魔法剣士ユキノジョウ卿だ。歴代の勇者とともに戦った伝説の剣士だ」

 ダンダレイスの言葉に、なるほどこれが過労死……もとい勇者の冒険に三度付き合って疲れて転生した男かと思う。
 その知識と経験をアルファードは受け継いだわけだが。

────やっぱりこのちんまいチンチラの身体で、どうやって生かせというんだ! 

 盛大に心の中でクレームを入れたのだった。

 王宮の車寄せにやってきた馬車は、深い藍色の光沢に輝く銀装飾の落ち着いたものだった。同時に少し離れた場所で白地に金の装飾と目にまぶしく豪奢な馬車に、勇者となった王子レジナルドと、それにエスコートされた聖女ヒマリが乗り込むのが見えた。
 白馬が引くレジナルド達の馬車の後ろから、アルファードとダンダレスの乗り込んだ栗毛の馬が引く馬車が続く。
 二つとも王宮の門を出て、白い馬車は東に、自分達の馬車は西へと別れた。「どこに行くのか?」とアルフォードが訊ねれば「私の家だ」と返事がきた。

「王子なのに王宮の外に住んでいるのか? あっちの王子様も」
「レジナルドも私も王の“孫娘”二人が産んだ子供だ。母はそれぞれの公爵家に嫁いでいる」

 それならば二人の母親の段階で、すでに王の外孫ということになるし、公爵家に嫁いだということは王族ではないということになる。もっとも、この国では王族の定義はもっと広範囲かもしれないが。
 しかし、ダンダレスはそれ以上語ることはなく、アルファードもまた、王宮の外の風景に気をとられた。その街並みは中世というより、近世のヨーロッパという感じだ。石畳の広い道の両わきに三階から五階建ての石造りの建物が並ぶ。

 夕暮れ時、薄暗くなってきたと思ったら、街路に一斉にオレンジ色の灯りがついたのに目を見張る。
 広い石畳の道にはレールが敷かれており、四角い乗り物がその上を行く。路面電車だ。
 さらによくみれば、道路には馬車も行き交っているが、馬のない馬車のみの車も走っていた。あれは昔の写真で見た、いわゆる初期のクラッシックカーという奴だ。

 「この世界には電気があるのか?」と思わずつぶやいた。「電気?」とアルファードに聞かれる。

「灯りや路面電車を動かしている動力のことだ? あの馬無しの車も」

 この世界にもガソリンがあるのか? と思ったが、ダンダレイスは「人造魔石だ」答える。

「人造……魔石?」
「ここ十数年に作られた技術で急速に発展した。それまで貴重な天然物しかなかった魔石を人工的に作り、空気中にある魔素マナを取り込むことで動く」

 街路の灯りも路面電車も帝都の地下にある巨大魔石の施設で稼働しているという。

「馬のない車は小型の魔石を使って動かしているんだ。馬のほうがまだ効率がいいから、貴族やブルジョアの贅沢品だけどな」

 なるほど“産業革命”という言葉がアルファードの頭の中によぎった。こちらには科学のかわりに魔法の技術が発達し、様々に使われているようだ。
 そこでふと思いついた。

「もしかして、水洗トイレもあるのか? すぐお湯が出るシャワーも」
「それは三百年前の勇者の時代に生み出されている」
「三百年前!?」
「当時召喚された聖女がずいぶんと綺麗好きだったと有名でな。水で流れる不浄は水車を組み込んだかなり大がかりなものだったが、聖女のためのみに開発された。
 いまは魔石の力を利用して小型化されて汚水処理施設も作られたから、中流以上のブルジョアの家庭にはどこでもあるな」
「はあ……」

 まあ現代女子高生からすりゃ、中世の貴族のおトイレって奴はいわゆる“おまる”だ。そりゃ耐えられないだろうな……と思う。

「王侯が頻繁に入浴する習慣も、その頃からだと言われている。当時は火の魔石をお湯の中にいれて直接沸かせていたようだが、今は王宮に貴族の邸宅、中流以上のブルジョアの家ならば、その家専用の魔石と循環装置が地下にあるからな。蛇口をひねればお湯は出るし、暖炉も薪を使う必要はない。
 昔に比べて便利になったと年寄り達は言うが、私が生まれたときにはすでにそうだった」

 そういえば、この王子様を歳を聞いていなかったな? とアルファードが聞けば、彼は「ああ、まだ、正式な名乗りもあげてなかったな。失礼」と相変わらず手の平にのせたアルファードに向かい居住まいを正して。

「私の名はダンダレイス・ クライゲラヒー・モーレイ。モーレイ公爵家の当主だ。歳は二十一になる」

 二十一。もっぷ頭でわからなかったが意外と若いなと思う。あの金髪のザ・王子様の名前も聞けば「レジナルド・アンソニー・ハロルド・メイス。歳は私と同じ二十一だ」と教えてくれた。アルファードは「ご丁寧な挨拶痛み入る」と彼の手の平の上で優雅に胸に手を当てた挨拶をし、改めて己の名を名乗る。

「ときにアルファード氏」
「なんですかな? ダンダレイス殿下」
「三世ということは、あちらの世界ではあなたの家はかなりの家門なのだろうか?」
「……はあ、私の世界では身分制度というものは一部の国では残っていますが、私の国では特別な方々を覗いて、すべて平民ということになっております。
 それでも長く続いた家というものはありまして、私の名前もその名残です」

 真っ赤な嘘だ。しかし、まさか飼おうと思っていたチンチラにつける予定の名前でした! というのも、説明がややこしいし、恥ずかしい。
 「そうか、氏の家は由緒正しき家系なのだな」と素直に頷くモップ王子にちょっぴり心が痛んだ。

 馬車は華やかな大通りを抜けて、やがて静かな邸宅が並ぶ一角へとはいった。その一番奥には、ひときわ大きな屋敷があった。黒塗りの鉄柵の大きな門を抜ければ中央に大きな泉のような噴水があり、広大な庭を囲むようにコの字型にこれまた大きな三階建ての建物がある。その規模の大きと窓の数からして、いくつ部屋があるんだ? という感じだ。ここが王宮と言われても、誤解しそうな広さだ。
 建物の正面に馬車が止まり、ダンダレイスの片手にひょいとのせられて、いよいよ屋敷へと。その正面玄関も、それそのものが芸術品みたいな、欄干に獅子やユニコーンなど石の彫刻が並ぶ階段を二階へと昇って中に入る。

「おかえりなさいませ、旦那様」

 出迎えてくれたのは、これぞ執事! という感じのびっしり黒髪を後ろになでつけた男が現れた。

「アルファード氏だ。聖女の異世界召喚に巻き込まれてこのお姿になられた。私の客人としてお世話することを陛下に申し出て了承を戴いた」
「アルファード・フリィデリック・サーペント三世だ。よろしく頼む」
「ようこそ、アルファード様。私のことはスティーブンとお呼びになってください。なんなりとお申し付けくださいませ」

 このチンチラ姿に向かい、動揺も見せずに正しく礼をする彼は、執事としてなかなか優秀なようだ。

 さて、チンチラの足で歩くには気が遠くなるような長いギャラリー抜ける。もちろんダンダレイスの手の平の上に立ったままだ。赤く塗られた壁には歴代の当主やその夫人や家族だろう肖像画が無数に飾られていた。
 天井にはこの世界の創世神話だろう話が描かれていた。初めに二柱の神があり世界を作ったが、やがて二つの神は争うようになり、勝利した神が光を放って、闇となった邪神を世界の彼方へと押し込んだ。光の神は人間を創ったが、闇の神は邪悪な魔物を創ったと。

 それを見上げていたら、のけぞりすぎてコロンとダンダレイスの大きな手の平の上で転がった。

「危ない」
「お、すまん、ありがと」

 あわてて、もう片方の手が添えられるのに礼をいう。支えてくれた拍子にチンチラの深い毛並みに、剣を握って固くなった指が半分以上潜り込む。

「もふもふだ……」

 ダンダレイスはなぜか感動したようにつぶやいた。



 そして、ようやくおちついた。居間サルーン。こちらも蔓草模様の薄緑の壁に重厚な木材の腰板、大きな暖炉に、壁際には高そうな茶器が飾られたカップボード、猫足の椅子にソファーとどこの五つ星ホテルのラウンジだという内装だったが、茶と菓子が出されれば落ち着くものだ。

「食べれるのか?」

 行儀は悪いが低いテーブルに直接ちょこんと座り、クッキーを両手にもったアルファードに、ダンダレイスが心配げに話しかける。

「元は人間だからな。基本的に何でも食べられるぞ」

 アルファードはこたえて、さくさくとクッキーをかじった。うん、このクッキーはバターの風味がきいて格別にうまい。やはり、こんなお屋敷で出されるクッキーは違うのか? 
 クッキーの甘さが口に広がると、今度はお茶が飲みたくなるが、しかし、茶碗の中に直接、顔を突っ込むのは、人としてなんかいやだ。
 じっ……と見ていると、銀のスプーンがおりてきて、琥珀色の液体をすくった。ふうふうとしたあとにダンダレイスが、アルファードの口許にもってきてくれる。

「ありがとう」

 ちんまり両手でティスプーンを支えてこくこくと呑む。またクッキーをかじり、お茶が欲しいと、てしてし大きな手を叩けば、またスプーンで飲ませてくれた。
 そして、クッキー一枚で大満足したところで、寝る場所はどうしようということになった。
 「空いているお部屋をご用意いたしますが」というスティーブンにアルファードは「ここでいい」と答える。

「ここは居間にございます。寝台のご用意も出来ませんが」
「人間の寝台なんて、この小さい身体じゃ大きすぎるし、うっかり布団でもめくられて、転げ落ちたら。大変だ。だから、俺専用のを“配送”してもらう」

 「配送?」とダンダレイスが首をかしげる。実のところアルファードにもわからないが、あちらの神様はたしかにゲージも回し車も“配送”すると言っていた。

────いや、俺は今夜の寝床が欲しいんだが。

 そう思った同時に、なにやら目の前に透明な画面が現れた。あまりにも見覚えがある通販の画面だが、その画面の上には。

 神zon。

 のロゴがあった。こんなデザインまで作るとは、神様、暇なのか? しかも、チンチラのあなたへのおすすめとずらりと商品が並んでいる。
 とりあえず、でっかいゲージとふわふわハンモックの寝床と、回し車の画像をタッチした。
 すると、空中からいきなりゲージが現れた。それもハンモックの寝床と回し車がしっかりセットされた形で。

 翌日配送ならぬ、即刻配送とはさすが、神zon。

 アルファードはちんまいお手々で扉を開き、いそいそとゲージの中に入る。ぴょんぴょん踏み台の踊り場を跳んで、ゲージの天井に吊されたふわふわハンモックの中へと潜り込んだ。ゆらりとゆれる揺れも心地よい。

 うん、ふわふわ快適。
 今夜の寝床は確保された。










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