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【14】黄金の広間と騒がしいニワトリ達

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「素敵だ……」
「……さっきからそればかりだな。お前」

 王宮へ向かう馬車の中。両手にアルファードを乗せた、ダンダレイスはうっとりと眺めている。彼の姿は初日に見たときの、深緑の軍服の儀典用の服だ。
 あんまり満足げに眺めているので、この男、こういう人形趣味でもあるのか? と思ってしまう。たしかにネズミ人形のドールハウスってなかったか? なんたらファミリーとか。
 そうこうしてるうちに、王宮へと着いた。ダンダレイスの手の平から、その肩の上へとアルファードは移る。ダンダレイスは明らかに残念そうに息をひとつはいた。いや、手の平に乗せたチンチラおじさんをうっとり眺めながら入場したら、お前はすっかり変人扱いされるぞ。

 宴の会場である闘神の間は黄金色に輝いていた。複雑で美しい模様の木目込みの床。幅も奥行きもある長い部屋の片側は大きく窓が取られ、そのあいだの壁は黄金の大樹をもした装飾がほどこされて、枝を伸ばした燭台とクリスタルが光を乱反射する。
 もう片方の壁には歴代の勇者の戦いを描いたフレスコ画が飾られており、額縁もただの木枠ではなく、ドラゴンに翼ある獅子などの幻想の動物や大輪の花々、王冠や宝玉、盾に剣などの立体的な彫刻がほどこされた装飾が、びっしりと壁一面を埋め尽くしている。
 きらめく銀の星々が埋め込まれたクリスタルによって夜空を表現した天井からは、黄金の巨大なシャンデリアがいくつもつり下がっている。まったく、初めて見る者は、その重厚感と豪華さこの国の歴史に圧倒されるだろう広間だった。

 アルファードも、思わず床から壁、天井までマジマジと見てしまったが、すぐに周囲から聞こえる声に我に返った。

「勇者に選ばれなかったハズレの王子がよくもまあ、のこのこと勇者と聖女のお披露目の宴に顔を出せたこと」
「王宮からの招待状とあれば、顔を出さずにはいられまい?」
「それなら隅っこで大人しくなされていればよいものを。まあ、あの大きなお身体と、いつまでたっても草刈りもなされない枯れた赤茶けた頭では、お目立ちになること仕方ないが」

 「草刈りなんて伯爵様ったら」と耳障りに甲高い声が響いて、さらにほほほ……だの、わはは……だの笑い声が続く。お上品に口許を扇で隠しても、声は丸聞こえですぞといいたい。伯爵夫人だが何夫人なのか知らないが。

「だいたい、いくら正装と認められているとはいえ、あのケダモノ部隊を象徴する深緑の服を着て来られるとは」

 ケダモノ部隊とは第三騎兵隊のことか。壮年の貴族男性の顔には明らかに嫌悪が浮かんでいた。しかし、国の正式な軍をここまであからさまに差別していいのか? その団長を務めるのは、“王子”と呼ばれている男子だぞ。
 いや、先の玉座の間でのこれみよがしの声といい、これがダンダレイスの日常なのだと、アルファードはいまさら理解する。

 おそらくは彼の後ろ盾である父である前モーレイ公爵が亡くなっていることと関係があるのだろう。その上で同じく勇者候補であるレジナルドの両親は健在で、母親は王孫である公爵夫人。その父は宰相であるメイス公爵だ。
 さらにいうならダンダレイスの性格もある。彼は周りの言葉など全く気にしていない。別に反論も出来ない気弱ではなく、本気で意にも介していない。これだけ器が大きすぎるのも、ある意味で困りものだ。

 いくらでも侮っても反撃されない相手だと、それが王子だという背徳感と優越感が、貴族達を増長させたのだろうが。

「しかし、あの肩に乗せているネズミはなんだ?」
「ああ、あれが聖女召喚時に勝手に巻き込まれたとかクセに、畏れ多くも国王陛下に国の賠償と保護を求めたとかいう?」
「あのケダモノ兵を率いる殿下とお似合いじゃないか? 勇者に選ばれなかったはみ出し王子に、余計なネズミとは」
「そのネズミになんですか? あんな格好させて。ケダモノでも立派な格好をさせれば、紳士になると?」

 「そりゃいい」とまた笑う彼らの言葉は、さすがに聞き捨てならなかった。自分はダンダレイスほど忍耐強くも聖人君子でもない。

「ダンダレイス殿下、どうやらこの王宮ではずいぶんとたくさんのニワトリが、放し飼いにされているようですな?」

 「ニワトリ?」とダンダレイスが怪訝な顔をする。

「そうだ。コケコケと人語を話すニワトリだ。根も葉もない噂話という雑草をついばんで、絹の服と宝石を身をまとって人間のふりをしている。上品ぶっているが、そのクセ、口から出てくるのはコケコッコーという、朝でもないのにうるさくでたらめな時を告げる鳴き声ばかりだ」

 チンチラの姿のアルファードの口から、成人男性の声が出たことにぎょっとした面々だが、そのニワトリが自分達のことだと理解すると、みるみる顔を赤くする婦人達に「失礼な!」とアルファードに向かい、幾人かの男達が声を荒げて詰め寄ろうとしかけたが。
 “ニワトリ”の意味がわからずに首をかしげていたダンダレイスが、口許を引き締めて周囲をぐるりと見渡した。

 それだけだったが、彼の肩にいるアルファードに寄ろうとしていた貴族達は足が床に縫い付けられたようにぴたりと止まった。





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