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【64】邪念体
しおりを挟むその剣は執事に届く前に、横から出た別の剣に受けとめられた。紅く輝く瞳がさらに輝く。
「邪魔者の勇者もどきめが! どこまでも邪魔をするか!」
ダンダレイスに向かい吐き捨てるようにいう。レジナルドの顔をゆがめて敵に笑う様は、ひどく違和感がある。
「なるほど、黒幕にしては“小物”と感じたのは、貴様は魔王アルゴフカレトの邪念の“切れ端”か」
アルファードはつぶやく。
レジナルドが魔王の手にかかったとき、彼の遺体は邪気におかされた。しかし、聖女ヒマリは彼の命が失われたことで呆然とし、アルファードは力を使い果たしてぶっ倒れたために、小さなそれに気付かなかったのだ。
そして、それは王都でレジナルドの身体を乗っ取って動き出した。
魔王の本体が倒された今、ただ人間界を引っかき回し、破壊と混乱と怨嗟をまき散らすためだけに。
「小物だと!」と怒る声にアルファードは「そうだろう?」と髭におおわれたあごに手を当てる。
「お前はせいぜいその姿を利用して、レジナルド殿下に“弱み”があるごく少人数を操ることしか出来なかった」
両親であるキャスリーンにストルアン、そしてレジナルドを守れなかったと悔やむローマンにヒマリだったわけだ。
近衛騎士団やまして、この王宮全体の支配など、こんな小さな邪念では無理だ。
だが、王国の支配ではなく、混乱が目的のこの邪念体の切れ端というべきものには十分だったか。
「くそ……この老いぼれを殺して、人間共が右往左往する様をせいぜい見物してから、この身体ともに魔界へ去るつもりだったのに」
「また魔王でも目指すか?」
しかし、それはシャレにならない。初代勇者イエンスは征服戦争の暴虐の果てに、邪気をその身体にため込んで魔王となったのだ。
そのイエンスに似た金髪碧眼の勇者だった王子が、次の魔王となるなど。
「この身体は惜しいが、仕方ない」
その言葉に邪念が身体を捨てて逃げる気配を感じたダンダレイスが斬りかかる。
「ヒマリ!」
レジナルドの形をしたものに、名を呼ばれて虚ろな表情だった聖女はぴくりと身体を震わせる。そのとたん、ダンダレイスの剣を出現した光の盾が阻む。
「ふふ、この聖女が手の内にある限り、傷つくことはない!」
勝ち誇っているがなんのことはない。光の盾の中に邪念体は閉じこめられているようなものだと、わかっているのか? とアルファードはいささか呆れる。
しかし、このままダンダレイスと剣とヒマリの光の盾との力比べなど何日かかるかわからない。馬鹿魔力のダンダレイスはともかく、操られているヒマリの体力も心配だ。
アルファードはヒマリに近寄った。彼女の前にも拒絶するかのように光の結界が展開するが、こちらは同じ光属性の聖人だ。同じ結界の力で中和して、なかにはいる。
「ヒマリ嬢、戻ってきなさい」
虚ろな彼女の頬に触れる。そして、彼女の心に埋め込まれた邪気を払う。
とたんその目に精気が宿り、そして、自分の顔をのぞき込むアルファードに大きく目を見開く。
「魔法剣士ユキノジョウ?」
「うむ、私はアルファードだ」
「アルファードさんって、ええっ! チンチラさんの!」
さて、どこから説明したやらと思ったところで、「うわああっ!」という絶叫が響く。
光の盾が打ち破られ、ダンダレイスの剣がレジナルドの白いひたいに迫るが、それが紙一重でぴたりと止まった。
そして、その身体から逃げ出すように黒いもやが飛び出す。それを逃すダンダレイスではない。光輝く剣でもやを一刀両断して、消滅させた。
レジナルドの身体がぱたりと倒れる。ヒマリが怖れるように一歩後ずさる。
「わたし……わたし、レジナルドに、わたしのせいで自分が死んだって瞳が紅く光っていて……」
震える声をあげる彼女の肩にアルファードは手を置いた。見上げる彼女にうなずく。
「殿下の身体から悪いものは去った。今なら、私達の力を合わせれば、蘇りも可能かもしれない」
魔王から致命傷を受けた身体だ。しかし、その魔王の邪気が祓われた今ならば、もしかしたら……と思う。
ヒマリも「わたしに聖女の力がまだあるならば」と両手を組んで祈る。アルファードもまた、銀のレイピアを抜き放ち、ひたいに当てて祈った。
二人の身体が光につつまれ、その光は一つとなって、床に倒れるレジナルドに吸い込まれる。
レジナルドの指がぴくりと動いて、彼はゆっくりと起き上がる。「あ……れ?」ときょろきょろと周囲を見る。
ちょうどツイロ達とともに別宮に駆けつけたローマンが、レジナルドの姿を凝視し、次にその瞳が碧であることに気付いて「殿下!」と歓喜の声をあげる。
そして、アルファードの意識はそこでふつりと切れる。
しゅるしゅると縮む身体。大きな手がふわりと包みこんでくれた。
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