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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど

第11話 聖剣の選択 その二

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 貴賓室に戻り、その居間にてヴァンダリスはくるりと自分の背後にあいかわらずぴったりついてくる男を振り返る。

「なんだ、また不機嫌か?」
「いや……」

 このやきもちやきめ、いちいち俺に近づく男に神経尖らせるなよと思っていれば、かぶとを脱いだ彼は嫉妬というよりは、別の違う感情に囚われているような顔をしていた。
 あまり表情には現さない男なのだが、付き合ううちになんとなく分かるようになった。「どうした?」と訊く。

「ずいぶんと親しげだったと思ってな」
「だから、ここは勇者としての俺が育ったところだって言っただろう?」
「そうだ。私はそのときのお前を知らない。昔のことをお前はあまり語らないからな」
「…………」

 そういえばそうだったとヴァンダリスは軽く目を見開く。

 孤児院の時代のことは聞いても楽しくないだろうと思っていた。盗賊であったネヴィルもことも、金持ちから盗んだ金を貧乏人にばらまいて義賊気取りのうえに、処刑されましたなんて格好も悪い。それにネヴィルという男は、ヴァンダリスの記憶の中だけの存在でもう消えてしまった。
 勇者としてこの騎士団で育ったことは、その盗賊ネヴィルの意識が強いヴァンダリスにとっては、記憶はあっても実感のない夢のような出来事に思えていたのだ。

 だからアスタロークに語ることなんてなにもないと思っていた。

 だが、ここに来て懐かしいとも感じた。素朴で家庭的な食堂の味が変わることはなく、仲間とともに鍛錬した鍛錬場も変わっていなかった。見覚えのある、少し歳を取ったみなの顔ぶれも。
 たしかに勇者としてのヴァンダリスもここにいたのだ。

「わかった。これから少しずつ話すから聞いてくれ」
「ああ」

 とはいえ、いきなり話し出すのもなんか照れるな……とこの砦では口付けも禁止だと自分で言い渡したクセに、ちゅっと軽く触れるだけの口付けをしてやったら、当然のように抱きしめられて合わせを深くされた。

「ふ…ぅ……馬鹿、夜から会議だ!」

 最後には、怒って服に潜り込もうとする不埒な手をたたき落とした。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 密談というのは夜半と決まっているのだろうか? 
 たしかに夜の闇はすべてを隠してくれる。
 話し合いの場は団長の執務室の横の大部屋。ここに団の幹部や部隊長が集まり、様々な会議をするための大きな卓がある。最適な部屋といえた。

 一番最後にヴァンダリスが部屋に招かれた。すでに部屋の中はいっぱいで、卓の一番奥にはバルダーモ枢機卿の姿があり、その横にグラシアン司祭が座る。さらに同じく席に着く部隊長に、その後ろに立っているのは各自二名の副部隊長。

 しかし、そこに団員以外の姿がないことにヴァンダリスは怪訝な顔となった。
 話し合いは五日後とバルダーモは言った。それが早まったのは、法王国の外に行っていた司教が帰還したからだと。
 だが、その司教の姿も、元から名を明かせないと言われていた聖職者達の姿もない。
 ヴァンダリスが「どういうことだ?」と訊ねる前に、バルダーモが口を開いた。

「私は謀略のたぐいは嫌いだ」
「だろうな」

 この勇者候補として公明正大に育てられた。まして聖堂騎士団長にして、枢機卿がだ。
 だから、ここでヴァンダリスに話し合いを装って、なんだかんだと無駄な言葉を連ねるつもりはないということだ。

 そして、ヴァンダリスは理解した。
 話し合いなど元からない。
 自分はここにおびき出されたのだと。

「それからもう一つ。私はあの腐りきった法王と法王国に組みするつもりはみじんもない。ここにいる心ある者達こそが、私の仲間だ」

 その言葉こそ意外だとヴァンダリスは蒼天の瞳を見開く。ならばなぜ自分をここまで呼び寄せたのか? と。

「これこそが私の心の証」

 そう言ってバルダーモが一振りの剣を取り出す。それは。

「聖剣か?」

 たしかにヴァンダリスが国王殺害の疑いをかけられて、ゴース城を逃げ出すときにそれを持ち出す余裕などなかった。その後は、アスタロークからもらった片刃の魔界産の東方剣が彼の相棒だったからだ。
 その聖剣が法王国に返却されていて当たり前ではある。そもそも聖剣は勇者の持ち物ではなく、女神エアンナからいただくもので、法王国の管理なのだ。

「そうだ。今度は私がこの剣に選ばれた」

 バルダーモがすらりと聖剣を引き抜いた。彼がヴァンダリスと共に、勇者となる試験のとき引き抜けなかった剣をだ。あのときからヴァンダリス以外には応えなくなった聖剣を。

「これが私が“次なる”勇者に選ばれた証」
「なにを言いだしているんだ。もう魔王はいない。魔界は魔王を出さないと言っている」

 勇者の存在など無意味だと、ヴァンダリスは続けようとしたが。

「私が倒すのは魔王ではない。腐りきった法王国を勇者みずから法王となることで浄化する。だけでなく、驕り高ぶった王侯達もだ。
 私はこの聖剣と勇者の名において、人界に公平で正しい世界を取りもどす。そのためには魔界との和平もまた時期尚早だ。進み過ぎた魔法技術に贅沢な品は王侯貴族や金持ちだけを太らせ、人々の間に欲望という名の争いを呼ぶだけだ。
 魔界との和平を私は望まない。望むのは魔界との断交だ!」

 そう宣言した枢機卿は、ヴァンダリスに向かい、聖剣の切っ先を真っ直ぐに向けた。





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