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長い物語の終わりはハッピーエンドで

第6話 うさんくさい伯爵様【2】

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「まさか、異世界から聖女を召喚したのは、そのため?」

 なかば直感で思わず口から出たが、それにヴィルタークは「そうだ」とあっさり認めた。
 対して「あ~あ」と声をあげたのはムスケルだ。

「あっさり認めちゃって、こういうのは相手がうんうん悩むのが面白いのに」
「うさんくさいだけでなく、人も悪いですね」

 むうっと史朗がにらみつければ「シロ君はどうしてそう思った?」と訊かれた。
 きっと自分がカンでなんて言えば、散々からかった末に、その理由を説明してくれるだろうけれど。
 しかし、賢者の直感を舐めてもらっては困る。そのへラリとした顔をギャフンと言わせてやると、史朗は口を開いた。

「三大聖女の逸話のうち、二人もの聖女が王を指名し、そのものが王になった。これで十分じゃないですか」

 そう竜の聖女は英雄王を、緋色の聖女は兄王子を玉座につけた。多神教のこの国では、女神アウレリアへの信仰だけでなく、聖女そのものへの信仰も深い。
 その聖女の神託だ。妾腹だろうと親族や本人に問題があろうと、王となることを阻めるものはいない。相手は人間ではなく神様なのだから。

「うん、君のようにカンの良い子は大好きだよ」

 どこかできいたようなセリフをムスケルは顎に手をあててニヤニヤしながらいった。ギャフンと言うどころか、さらに面白げな顔で。

 史朗は内心でしまった!と思った。
 しゃべりすぎた。

 前世“賢者”がなんという迂闊さだと言われそうだが、これは自分の特性だ。欠点ではなく“特性”である。

 ああ、うっかりだ。うっかりである。ついでに精神年齢も若い。

 そう、今の年齢でもある十九のときに史朗は賢者となった。そして、その身体は成長を止め、また精神年齢も止まったと言える。
 それから、気が遠くなるほど長いあいだ活動したが、長く生きることは年老いることではない。年老いるという経験もまた、知恵を得る一つなのだ。それは深慮と言う。
 若さは無謀で怖いもの知らずだが、それだからこそ革新がある。お前さんがときにうらやましい……と言ったのは、あれは白い髭の賢者ガンタルフだった。

「お前も一緒に謝れ」
「え?」

 さて、どうやってごまかそうと史朗が考えていると脇でヴィルタークの声がした。

「すまん!」

  「あ、いてっ!」という声が重なったのは、大きな手が、その隣の親友?悪友?の白い頭をひっつかんで、頭を下げる自分と同時に強引に同じようにしたからだ。ゴンと鈍い音がして、ムスケルがテーブルにひたいをぶつけた。

「いきなりなんだ、ヴィルターク!」
「シロウのことはお前も謝るべきだろう?」
「ヴィルタークさんにはもう謝ってもらったからいいですけど、ムスケルさんには言ってもらってないですね」
「本当になにげにひどいな、シロ君は」

 自分の赤くなった額に指をあてながら、ムスケルは短く呪文を唱えた。指先がひかり、たちまちその額の赤味が消える。治癒魔法だ。
 この世界の住人は簡単な魔法なら誰でも使えるようだが、その短い呪文で見えた、魔力の質の良さに史朗は軽く目を見開いた。
 叡智の冠は相手の魔法能力を視ることが出来る。宰相補佐官だったというこの男は魔法でも並ではなさそうだ。

「確かに、今回のことは私の読みの甘さだ。すまない」

 ぺこりとムスケルは頭を下げる。謝ってもらったが、なにか気になることを言った。

「読みの甘さってなんですか?」
「異世界からの召喚術だ。私の試算では、あれの成功率は極めて低かった」

 それは史朗も思ったことだ。成功する確率なんて、それこそゼロが無数に並んだ果ての小数点以下だろう。
 だから、女神の神託を合わせて、その干渉を疑ったのだが。

「お前がそう言うから、俺も聖竜騎士団員も光の力を提供したんだ。このへっぽこ魔術師め」

 へっぽこ……とヴィルタークらしくもない、口の悪さに史朗は思わず吹き出す。それにムスケルは「失礼な!」と口をへの字に曲げて。

「王立大学魔法科首席の私を捕まえてか?」
「次席があのゲッケだな。まったく、魔法科は変人揃いと有名だ」

 ゲッケ?カエルの名前か?と史朗が首を傾げると「今の宮廷魔術師長だ」とヴィルタークが付け加えてくれた。

「あ、あの赤いローブの自己顕示欲の強そうな魔術師!」

 思わず史朗が声をあげれば、今度はヴィルタークが吹き出し、ムスケルも「うんうん、あれは虚栄心の固まりだ。それを一目で見抜く君はすごい」と腹を抱えてケラケラ笑った。
 しかし、そうなるとさらなる疑問がわく。

「首席で卒業して、どうしてあなたは宮廷魔術師にならなかったんですか?」

 それならば、このムスケルこそが宮廷魔術師長になっていたはずだが。

「いや、私は法学部も首席で卒業したんだ」
「あ、それはすごいですね」

 なるほど二学科首席とは、すごい秀才だ。しかし「君、ちっとも実感がこもってないぞ」とムスケルはぼやき。

「魔術研究より、人間を見ていたほうが面白いと思ったんだ、私は」

 にたぁ~と笑う。うん、たしかに政治家らしい、うさんくささだ。

「それでかつての首席も、計算間違いして、召喚が成功してしまったと?」
「いいや、あれは成功するはずがなかった。
 だから、ゲッケの奴が自信満々に魔法陣を描き、神官長以下祈りを捧げ、さらにはそこの聖竜騎士団長以下の聖竜騎士が光の加護まであたえた、召喚魔法がうんともすんともなにも言わなかったら、大変おかしいと思ったんだ」

 たしかにあれだけの大魔法が、それも玉座の間゛で発動しなかったら、おかしいどころか、宮廷魔術師の大恥。いやいや、国の大恥だ。
 先の神託も吹っ飛ぶし、異世界から聖女を召喚しようなんて声は、二度と起こらないだろう。

 そこで、史朗は「ん?」と目を見開く。

 傍らではムスケルが「それでもなんにも出なけりゃ気の毒だと思って、カエルでも仕込んでおいてやろうかと思ったんだが」とひどいんだか優しいんだか、いや、人でなしだろうことを言っている。

「でも、あの軽そうな殿下が唯一の王位継承者なんですよね?」

 「軽そうとは頭のことか?」とムスケルが、なにげに不敬罪で捕まりそうなことを言う。「どこもかしこもじゃないですか?」と返した史朗も史朗だ。

「暫定皇太子が王位につかないなら、誰が王様になるんです?別にあてがあるんですか?」

 唯一の王位継承者だと聞いたが、ムスケルが召喚が成功するどころか大失敗すると思っていたならば、彼はあの軽薄殿下の即位には反対だということだ。
 しかし、ならば誰が王になるというのか?
 「やっぱり……」というムスケルの声に、史朗は彼を見る。その目は笑っておらず、口許はうさんくさい笑みを浮かべたまま。

「君のようなカンの良い子は、とっても大好きだよ」
「僕は好きになってもらいたくありません」

 しまった。また、しゃべり過ぎた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇






「面白い子供だな」
「彼は十九歳だと言っていたぞ」

 まあ子供と表現したくなるのはわからないでもないと、ヴィルタークはグラスを傾ける。彼の脳裏には風呂で前髪をかき上げたときに見た、黒い大きな瞳が浮かんでいた。星空のように輝いて見えた。

 夜の図書室。そこで悪友同士酒をなめるようにして、とりとめもない話を時々する。

 場所が図書室なのは、この悪友が夜、我が家に突然やってくる理由が『本を見せてくれ』だからだ。本当にそれが目的では半分あるらしく、ムスケルは書架台に大判の博物誌をぺらりぺらりとめくりながら、ヴィルタークと同じ酒をちびりとやっている。
 本が目当てなのもあるが、酒も目当てか?と思う。昼間は菓子をねだりにくるなど、自分こそ子供のようだが。
 本を見るムスケルの横顔に、もっと自分達が子供の頃を思い出す。雷が隣に落ちても本を読み続けていると言われていたのは、彼だ。

「史朗はお前に似てる。いや……ちっとも似てないか」
「どっちなんだ?」
「憎たらしいところは似て欲しくない」
「なにが言いたいんだ?」
「本に入りこむとなにもかも聞こえなくなるのは、まあ似ているな」
「そういえば、彼は三大聖女のことを知っていたな」
「アウレリア王国史を一日で読んだ」
「ほうっ、そりゃとんでもないな」

 「私でも三日はかかるぞ」とムスケルはつぶやく。

「すごい集中力だった」

 そのとき口許のサンドイッチを無意識に食べた、子リスのような姿を思い出してヴィルタークは微笑む。

「自分が十九歳の頃を覚えているか?」
「ギングの背に乗っていたな」

 すでにその頃ヴィルタークは聖竜騎士団、副団長であった。通常よりもかなり早い出世だ。二十五の若さで団長というのも。

「私も宰相付きの秘書官として、書類の束を抱えて宮殿の廊下を歩いていた」

 秘書官から補佐官となり、さらに宰相となるのが順当な道だ。そのままなら、ムスケルもまたこの若さで宰相となっていたかもしれないのだ。

「聖女様の世界ではな、子供は成人の年齢まで働くことはないそうだ。
 人によっては成人を少しすぎてまで、大学に通っているという話だ。それもごくごく普通の、貴族でも裕福な商家の出でもなく、誰でもそうなんだと」
「恵まれた世界だな」

 こちらの世界での子供時代は短い。市井の子ならば、それこそ幼い頃から家の手伝いから始めて、十歳ぐらいで職人のところに修行に出ることも当たり前だ。
 貴族の子供ならば、家庭教師に学び、さらにはそのうえの大学をへて、十五歳前後で成人となって、その後、遊学などという余裕を持つ場合もあるが、それでも十代で軍役についたり、官吏となって、国に仕える。

「そして聖女様は深窓の令嬢のようにおっとりとしているが、じぶんはごく普通の家の生まれだとおっしゃっているそうだ。女官の印象では十三歳にしては、ずいぶんとそのお考え方が幼いと」
「情報通だな」
「お前がうといんだ。清廉な聖竜騎士団長殿もいいがな」

 貴族であるなら、宮廷内でのあれこれは把握しておくべきなのだろうが、ヴィルタークはあえて、己は軍人として国の政にはかかわらないという姿勢を貫いている。

「おそらく聖女様とあの少年の来た世界というのは、とても平和で、子供扱いされる期間も長いのだろう。本人は成人していると言っているが、まだまだ、お尻に卵の殻がついているような若造が、この世界に放り投げられた」
「その十九歳が、泣きわめきもせず、この世界にすでに順応し始めて、さらには国の歴史を一日で学び、聖女がなぜこの世界に招かれたのか。大人達の勝手な思惑を言い当てたわけか」
「よくわかってるじゃないか。あの子供は面白いが、異常でもあるぞ。もしかしたらとんでもない天才児の例外なのかもしれないがな」

 「そうじゃないのか?」とヴィルタークはあっさり返した。「お前なぁ」ととうとう書架台から目を離して、こちらを見たムスケルに口を開く。

「シロウは異世界からやってきたんだ。身元は確かだぞ」
「異世界からきて、身元が確かもないが。そうだな。少なくとも、どこかの間者じゃないことは確かか」
「…………」

 この屋敷で夜会が開かれなくなったのはヴィルタークの代からだ。聖竜騎士団長の軍務が忙しいことにかこつけているが、父母の代は双方とも華やかな社交好きで、夜会の他にも昼間はお茶会などで、客の訪問は絶えなかったが。
 今は勝手に訪ねて来る悪友に、聖竜騎士団の団員というところか。
 使用人にしても、新しく雇うときは領地やしっかりした縁故から採用されている。これはヨッヘムが取り仕切っていることだが。

「さて天才児だろうが、なんだろうがシロウはシロウだろう?変わらず見てやればいいだけだ」
「お前のそのどこまでも器のデカ過ぎるのがだな。だいたい、あの子供を保護するのはいいとして、別にこの屋敷に連れ帰る必要はなかっただろう?」

 「知己の町屋か団員の家に預けてもよかったはずだ」と言われてヴィルタークは軽く目を見開く。

「考えたこともなかったな。今後もシロウはこの屋敷におくぞ」
「ほら、お気に入りだ。一緒に風呂に入るぐらい」
「あれは健康診断だ」
「健康診断?」
「ああ、衣食住の他に、なにか希望があるか?と聞いたら、身体を鍛えたいと言った」

 病弱ではないと言っていたが、しかし、気になったので風呂で全身くまなく見たのだ。「くまなく……」とムスケルがつぶやく。

「痩せていたが健康状態には問題はなかった。ああ、しかし、クラーラから食事の量が少ないという報告を受けているからな。本人も努力はすると言っていたらしいが、厨房に言いつけて工夫させよう」
「張り切ってないか?お前」
「ん?預かったのだから、当然だろう」
「当然ね、どこがそんなに気に入ったのか。あの前髪の下を見てみたいものだ」
「とても愛らしかったぞ」
「見たいな」
「……見せたくない」
「なんだそれはすごく気になるぞ」

 「だから見せない」「見せろ」という大人の男のくだらない言い争いの酒盛りは、夜遅くまで続いた。





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