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長い物語の終わりはハッピーエンドで

第14話 森の主(ぬし)【2】

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 森から屋敷に戻って、あの真夜中のお茶会?と同じ、侯爵邸の邸宅の居間にて。

 夜番の男性使用人は、ヴィルタークとムスケルの前に、琥珀色の酒が入ったグラスを、そして史朗の前には温めたミルクが入ったカップを置いた。
 「おや十九歳は大人ではないのかい?」と少しからかうような口調のムスケルに「僕の世界では飲酒は二十歳からなんです」とあのときもこんな返事したな~と思いだす。

「十代で飲酒をすると、三十の誕生日を迎えたその日に、すべての髪の毛が無くなるという後遺症が……」

 そこまで言ったとたん、ムスケルがその白い頭を押さえた。彼は二十九である。いつ、三十路に突入するのかは知らないが。

「うそです」
「わ、わかっている。こちらの世界では飲酒とハゲとの因果関係は確立されていないからな!」

 珍しく焦っている。もしかしたら、その白い頭髪は結構あやういのか?と思ったが、触れずにおいておいた。髪の話題は微妙なものだ。

「それで話してもらおうか?」

 しかし、ムスケルを髪の話題でつついたのは、やぶ蛇だったと気付いた。今度こそ、言い逃れはさせないぞとばかり、その細い、見てるんだか見てないんだが、いや、見ているんだけど、糸のように細い目だ。
 横に座るヴィルタークを見たのは無意識だ。この異世界での史朗の保護者で、彼に頼りきりだったから、別にまた先延ばしにするつもりはなかったけれど。
 そのヴィルタークがうながすように無言でうなずく。問い詰めるような、それでなく、どんな事情があっても、俺はお前の味方だぞという、優しい眼差し。

「僕、前世は賢者だったんだ」
「それ、このあいだ言っていた、中二病とやらと同じ病か?」
「賢者病なんて、あるわけないだろう!」

 いや、そんな言葉恥ずかしすぎる。





 史朗は異世界召喚された瞬間、前世の記憶を思い出したことを語った。
 いや、よく考えるとそれどんなイタイ設定のお話?なのだが、思い出したのは本当だ。

「賢者というのは、あちらの世界にはいるのか?」

 ヴィルタークの質問はもっともだ。それにムスケルが「いや、史朗の来た世界には、そもそも魔法がないと聞いているぞ」と返す。

「そう、これはさらに異世界の前世の賢者の記憶だ」

 と、自分で語って恥ずかしくなってきた。両手で顔を覆うと「シロウ」とヴィルタークの気遣うような声。ああ、前世で辛い記憶があったのか?と心配されて、いるのかもしれない。そんなんじゃない。たんに、自分の言葉に身もだえしたくなっているだけだ。

「やはり賢者病」
「そんな病は前世の世界にもなかった!」

 ムスケルに当分このネタでからかわれそうである。

「それで、その前世の世界ってのは、どんな世界だったんだ?」
「それは語りたくない。いや、語る必要もないことだ」

 賢者らしく語ってみせたが「ほう」なんて、うさん臭い伯爵様の細目の奥が、キラリと光って見えた。いや、その目さえ見えないけど。

「ともかく、あの強引な召喚に巻き込まれた瞬間、前世がよみがえり、僕は元の世界に帰還するための術式を展開した」

 いささか強引な話題転換だったが、それにムスケルは身を乗り出した。「こっちの世界では大がかりな儀式だったっていうのに、とっさに帰還の術式展開ね」と身を乗り出して興味持ったようだ。

「断っておくがそうひょいひょい跳べる簡単なものではない。魔力の大半は使うしな。
 だが、僕一人であのノリコも回収して、帰還出来たはずなんだ」

 ヴィルタークはあごに手をあてて、なにか考えこんでいる。なんだろう?と気になったけれど。これはあとで「元の世界に帰還することが出来るのか 
?」と言われて「すべての魔法紋章が揃ったら可能だけど」と返したら、やっぱり無言でじっと顔を見られてしまったけど、史朗は首をかしげるのみだった。

「それがどうして出来なかったんだ?呪文でも噛んだ?」

 「いちいち混ぜっ返さないでくれる?」と史朗は、ムスケルにいつのまにか敬語がなくなっていたな……と思う。まあ、ヴィルタークはヴィルなんて呼ぶように言われて、すっかり対等な口調であるし、この伯爵様だって同様というか。どうにも年長として、尊敬の心が残念ながらわかない。
 というか、この人も魔術師だったな。それもあのゲッケが次席で、これが首席とギロリとにらみつけて。

「そっちのつぎはぎだらけの無様な召喚の術式のせいだ。あのまま、僕が帰還の魔法を行使したならば、そちらの陣が崩壊して、双方の世界に影響するほどの反発が出るところだった」
「具体的には?」
「強引につなげた世界の魔法陣を中心にして、大爆発が起こった。王都とあちらの世界の都市一つが吹っ飛ぶほどのな」

 いや、正確にはこちらの世界の魔法が不完全だっただけでなく、いきなり前世を思い出した史朗が全力全開で術式を展開してしまったというのがあるが……とも補足すると。

「それ、大爆発の原因は賢者様のあり余る魔力のせいでは?」
「元はそっちが異世界人を拉致しようなんて思ったからだろう?」

 そう返せば「たしかに、こちらが悪かった」とちっとも思ってない風にムスケルは言う。まあ、彼があの無茶な召喚を行ったわけではない。やったのは聖女召喚に様々な思惑を持った人々だ。

「しかし、一度展開した術式を途中で取りやめるのも大事だったんじゃないか?」

 さすが魔法学科首席だったことはあると、史朗は頷く。
「途中でやめたところで、あふれる魔力は止められず、結局爆発は起こっただろうな。
 だから、僕は一旦展開した術式をバラバラにすると同時に、この身にある魔法紋章も手放したんだ。そっちの世界に吸い込まれるままにね」
 史朗の魔力を抱え込んだまま、魔法紋章はこちらの世界に飛び散ったわけだ。

「ただし、あんまり遠くに飛んで行かれても困るから、そこら辺の調整はした。少なくともこの国内には留まるようにね」

 「それで、王都周辺に二つあったわけか」とムスケル。

「残りはこの近くに?」
「いや、それはちょっと遠くにある」

 まあ、なんの偶然かそれもすぐに回収出来そうだと、史朗は心の中でつぶやきながら。

「いや、すぐ近くにもあるかな。ノリコの身体の中にも吸い込まれたんだ。彼女の癒やしの力はそれだよ」

 ついでに彼女にもこの世界の言葉がわかるように、叡智の冠の加護を与えたことを、史朗は話した。

「なるほど、それで異世界人だっていうのに、君達と私達は普通に話が出来ているのか」

 「神官達はそれもアウレリア女神の加護だの祝福だの言ってるらしいが」とムスケル。いやいや、あちらも女神様の権威をなにかと高めたいらしい。

「シロウ、気になっていたのだが、魔法紋章とはなんだ?」

 ヴィルタークの質問は根本的だが、大切なことでもある。「いや~私もそれは訊ねようと思っていた」なんて、うさんくさい伯爵様も言っているが、どうだか。







「この世界じゃなくても、僕が知る普通の魔法ってのは、己の魔力を媒体に世界にある要素を取り入れ、増幅させて魔法を使うよね」

 まあさらに高度になると術式とよばれる、様々な魔法陣が加わるが、これに言及しだすと一晩語っても終わらないので省く。
 要素というのは、世界にある根源的な力のことだ。火・風・土・水の四大元素にくわえて、さらに光と……闇に関しては、これは通常の魔術ならば使う事も触れることもない領域だが。

「賢者は体内にその要素を作り上げる。それが魔法紋章であり、魔力そのものだ」

 だからノリコにはいった紋章の力によって、彼女は呪文も複雑な術式を展開することなく、そもそもそんな知識もないのに、触れるだけで病人を癒すことが出来るのだ。

「湖の雨乞いに関しても祈るだけで、雨はふるだろうね」

 そこらへん心配はしてない。彼女は聖女として立派に役割を果たすだろう。
 ノリコの魔法紋章をすぐ回収しないのは、それもある。この世界では聖女として扱われてる彼女だが、力無くせばただの子供となってしまう。

「つまり、君が魔力なしで、この世界にやってきたのは」
「そう、すべての魔法紋章を手放したせいだよ」

 叡智の冠は手元に残ったが、これは賢者たる資質を持つ者に生来から備わっているものだ。

「よく行く先が、訳がわからない世界とわかって、丸腰で来れたな?」
「二つの世界が吹っ飛ぶよりマシだよ」
「ああ、自分の身体も爆発に巻き込まれてはな」
「いや、僕の身体は転移の術式で守られたはずだ。ノリコまで守りきれたかどうかも不明だったしね」

 そもそもだ。彼女も元の世界にもどって、自分の住んでいた場所がなくなっていたら茫然自失だろう。
 いや、それだけじゃない。あの都市がなくなるということは、ノリコの家族だって……だ。十三の少女が突然天涯孤独になるなど、寝覚めが悪い。
 それだけでなく、あちらとこちらの二つの街のすべての人の未来が一瞬で失われるなど……だ。
 そのとき、史朗とムスケルの会話を聞いていたヴィルタークの手が、自分の手を両手で包み込むようにしたのに「なに?」と訊く。

「ありがとう、史朗。お前の判断が王都とあちらの世界の街に、召喚された少女の命も救った」

 これにはムスケルも「私からも心からの感謝を」と胸に手をあてて略式の礼をされるのに、史朗はその白い頭を見て。

「ヴィルのは嬉しいし照れるけど、ムスケルさんのは、なにか下心があるんじゃないかと思うな」
「なんだ、私に対しての君のその考えは!」

 日頃の言動のせいだと思う。

「しかし、君の魔法紋章とやらが、聖女である少女に渡ったせいで、彼女は奇跡の力を使えるとしたら、それは初めから君だけを召喚したほうが良かったんじゃないか?」
「それはもともとの前提が違うぞ、ムスケル。お前の計算では成功するはずもなかった召喚に偶然、あの少女ノリコが引かれ、さらにはシロウはそこに通り掛かって巻き込まれたんだからな」

 ヴィルタークの言葉にムスケルも「そう、もともとあれが成功したのが不思議なんだ」とうなずく。
 たしかにゲッケが自信満々に計画した召喚の儀式は、ムスケルの計算では万が一にも成功することがないものだった。
 それは史朗の計算でも同じだ。
 あれが成功したのは、奇跡以上の奇跡なのだ。

「万が一にも成功するはずもなかったうえに、前世が賢者様をひっぱるならともかく、まったく力のない少女がそれにひっかかるなんて、いかにもゲッケらしいマヌケさだが」
「もし、その成功が偶然の奇跡でもなんでもなく、必然の奇跡だとしたら?」

 史朗の言葉にヴィルタークもムスケルも彼の顔を見る。

「成功するはずのない儀式。異世界の少女の召喚の場に、僕が通り掛かる確率は、限りなく無しに近い。
 だけど、ここに第三の要素が加わると、それはもう魔術の領域じゃなくなる。
 女神アウレリアの存在だよ」
「君はこれが女神の起こした奇跡だというのか?」

 さすがのムスケルも息を呑み、ヴィルタークは無言であごに手を当てる。
 神というものは存在するというのが、前世賢者であった史朗の認識だ。とはいえ、それは人の考える、自分達を守護し願いを叶えてくれる、そんな安易な存在でもない。
「遥か高次元の存在である彼らの意思など、予測不能だよ。世界の終わりにも手を差し伸べてくれないクセに、こちらから見れば些細な気紛れとしか思えない干渉をすることもある。
 それこそ、女神様の思し召しだ」

「君のその口ぶりだと、一度世界の終わりでも見たようだな」
「…………」

 ムスケルの言葉に史朗は無言で返した。沈黙は肯定と受けとめられるだろうが、しかし、話すことでもない。

「風と土の魔法紋章は回収した。あとは火と水だ」

 光の魔法紋章はノリコの中にあるから、いつでも回収できるし、聖女として彼女が扱われるためにも、最後になる。

「それだが、聖女様の御幸に君も同行を言い渡されているんだろう?そうなると捜索はそのあとが」
「ううん、だからそれに乗っからせてもらうんだ」

 「これも女神様の思し召しかな」と史朗は片目をつぶろうとして、両目をつぶってしまう。それを咳払いでごまかす。ヴィルタークはクスクス笑い、ムスケルが。

「無理して格好つけることは……」
「あえて、口に出して言わない!

 その聖女様の御幸先である、ビンネンメーア湖に火と水の紋章があるんだよ。だから、それを回収する。以上」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「帰るのか?」

 真夜中のお茶会は散会となり、隣の家ではあるがムスケルも泊まることになって、客間に案内されていった。自分の私室の前まで送ってきたヴィルタークを、史朗は振り返る。

「田中さんは早く元の世界に帰さないとね」
「ああ」

 彼がなにを言いたいのかはわかってる。だけど、まだ答えは出てない。

「元の時間に戻せると言っても、こちらで過ごした時間は戻せないから、田中さんのほうが成長してしまっていたら、まずいし、そこらへん、二、三ヶ月なら、まわりもあれ、おかしいな?程度だろうし……」

 つらつら早口で言っていたら、長身を折り曲げて、彼の顔が重なってきた。唇にふれられて、自然、目を閉じてしまう。
 触れるだけでそれは離れた。「おやすみ」と言われて「おやすみ」と返す。そして廊下の向こうに消える長身を見送る。
 同じことは前にもされた。あのときはなんで、キスしたのかわからなかったけど、今はわかる。

 わかるけど。

「わからないよ……」

 今世というべきだろうか。元の世界では自分は半ひきこもりで、当然恋愛経験なんてなかった。
 前世の賢者では自分は恋愛などしてる暇などなかった。十九で賢者となって、成長を止めて、それから……。
 賢者となったってわからないことはある。ましてや、人の気持ちなんて……。





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