【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~

志麻友紀

文字の大きさ
9 / 12

【9】

しおりを挟む
   


「卒業パーティの前、エクターと会っていたな」
「見ていたのか?」

 高等法院からの帰りの馬車。並んで座るアルクガードの言葉に、ソルフォードがそのエメラルドの瞳を軽く見開く。

「なんて返事をしたのだ?」

 エクターの告白をという意味だ。それにソルフォードは「今、君とこうしてここにいる」とアルクガードの手を握りしめた。
 たしかにアルクガードと昨夜結ばれ、たった今、婚姻届を出してきたのだ。当然断ったのだろうが、曖昧なごまかし方は許さないと、アルクガードが上目づかいに暗朱の瞳でぎろりとにらみつければ、彼はしかたないな……とばかりに肩をすくめる。

「あちらがはっきり言わなかったんだ。“礼儀”として当然、やんわりと遠巻きに断ったさ。彼は泣いていたけどね」

 エクターのやり口は知っている。あの良い子の仮面を被った魔性は、自分に好意を持つ相手から動くように誘いの態度は見せるが、はっきりと自分の不利になるような言葉は口にしない。
 あのときはまだエクターはアルクガードの婚約者だったのだ。他の男への愛情を口にすれば不義と糾弾されても仕方ない。そんなヘマをあれがするわけがない。

「お前もエクターに好意を持っているものだと思っていた」

 一部のものはエクターの“あざとさ”に嫌悪を示していたが、そんなものは本当に一握りだ。大半の者達、とくに雄華の強い男ほどあれに惹かれているようだった。外見は美しく愛らしい。善良で健気でみんなのために頑張ろうとする平民出の神子を守ってやりたいと、彼らは思うだろう。
 たとえ演技だろうと、それは雄華達からみれば完璧だったのだから。

「心外だな? 俺の最愛は、あの廃庭園で出会ったただ一人なのに」

 握りしめた片手を持ち上げられて、その指先にソルフォードの端正な唇が触れる。
 幼き頃のあの誓いを思い出した今となっては、彼の愛情を疑う気持ちなどない。彼は自分を“迎えに来て”くれたのだ。それで十分だ。

「そして、エクターもアクスもアルミスもポルトーも、俺の後輩だ。先輩として“余裕があれば”導くさ」
「お前はそういう男だったな。お前の“片手間”の親切であっても、人はお前を勝手に慕う。まったく憎らしい人徳だ」

 エクターとは違う意味で、ソルフォードもまた、誰にでも愛される大公殿下だ。もっとも、これはエクターのような演技ではなく、彼の持つ本質だ。太陽があまねく人々を照らすように。
 それを自分は誰にでも愛されると、ならばこの太陽の特別でもあると、誤解して調子に乗ったエクターが道化か。

「そして、実に狡猾だな」

 遠回しなエクターの告白に、ソルフォードはやんほりとはぐらかした。これだけでは、あの存外に図々しい魔性は勝手に夢見るだろう。あのときは自分にはアルクガードという婚約者がいた。だからソルフォード様はご遠慮されたのだろう……と。
 だがそれは、彼の目の前で婚姻届を出すことで粉々に撃ち砕かれた。まして、自分の知らない“正式な”御子の枝をたずさえての宣言だ。
 うしろにいた三銃士にしてもそうだ。彼らはアルクガートに、ソルフォードが騙されていると思いこんでいるようだが、しかし、結婚の事実は事実だ。
 人の口には戸は立てられない。アルクガードがソルフォードの家で暮らしているとわかれば、人々は様々に噂するだろう。

 しかし、当の本人であるエクターに周りの三銃士達は、三か月の守秘義務があるために口は開けない。そのうえですでに婚約破棄の多額の慰謝料の小切手は受け取ってしまっている。
 三か月の期間があければ、ただちに二人の婚姻と、すでにそのあいだに御子の蕾が生っていることも、公表される。そうなったあとでは、エクターも三銃士も抗議のしようもないだろう。
 なにしろ莫大な金額の慰謝料は受け取っているのだ。この公表に関しては、ソルフォードは三か月先へと延ばさなかった。つまり、ただいまにも高等法院の玄関横の掲示板に張り出されるはずだ。
 慰謝料の金額とそれが一括払いであることと、金の出所と、それにアルクガードが大公邸にいることで、これはもう確定だと人々はささやきあうに違いない。

 そして、三か月後にエクター達が口を開いたところで今さらだ。いくら、評判のいい平民出の神子様であっても、法外な金額の慰謝料を受け取っておいて、なお文句を言うのか……と人々は顔をしかめるだろう。
 あの良い子ちゃんを演じ、人に良く思われたいという固まりのエクターが、あからさまにこちらを非難するような口を開けるわけもない。彼に従う三銃士達もだ。

「本当に人が悪いな」
「綺麗ごとで商売はやってられないさ。客には誠実であっても、競争相手との駆け引きにはときに毒も必要だ」
「それが、お前の母方の家訓か?」

 肩を抱き寄せられるまま、アルクガードは男の胸に頭を預けて目を閉じた。
 敵にすれば恐ろしいが、味方となればたのもしい。
 そして、その男が自分を優しく包みこそすれ、けして牙をむかないことを、アルクガードにはもうわかっていた。





   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇





 聖フローラ学園。
 卒業パーティも終わった校内には、生徒の姿はなくしずまりかえっていた。
 その生徒会室には四つの人陰があったが、いずれもさきほどから沈黙したままだ。それを破ったのはエクターのひと言。

「あの枝は偽物です」

 「やっぱりそうなのか!」と単純なポルトーが声をあげる。アクスとアルミスはやはりとばかり、顔を見合わせてうなずいている。
 幾多の印章を見てきた判事が本物と認めたのだ。そんな偽装が簡単に出来るのか? 裏を取ることも考えずに、彼らはエクターの言葉を頭から信じこんだ。
 彼らが愛しいと思う。善良なる神子の言葉を。

「それにあの枝には“呪い”がかかっています。おそらくはそれが大公殿下の御心を惑わせ、あのような……」

 エクターはその先を口にしない。いくら相手が“悪”であっても、そうと非難するのは、清らかな神子には相応しくないからだ。
 だが、そこから先は彼の信奉者が勝手に“言葉”にしてくれる。

「さすが悪徳の黒薔薇だな! 神聖なる神子の枝をなんだと思っているんだ! 偽物のあげく呪いだと!」

 そうポルトーが声をあげる。それにアクスが「真実を明らかにして、殿下の目の覚まさせないと蕾から子が生まれたなら、大変なことになる」とうなる。
 それにエクターは「ああ……」と恐怖の声をあげた。まるで未来が見えるかのように宙を見て。

「蕾の中から出てくるのは……なんて恐ろしい」

 それだけの言葉で、三人は顔色を変えた。ポルトーが「そんな化け物が生まれるのか!」叫び、アクスも「早めに手を打つべきだな、アルミス」と会話に加わらずに考えこんでいる頭脳派の彼に声をかける。

「まずは枝を奪い、神殿での精密な鑑定にかけるのがよろしいでしょう。枝が偽物とわかれば、あの黒い悪魔の犯罪もすべて明らかになる」

 すべての悪はアルクガードにあり、その悪を正すならば、なにをしてもいいのだと相談をする三人を見たエクターが、うつむいたその白い顔の陰でそっとほくそ笑んだ。




しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」 と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。 「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。 ※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

婚約破棄された悪役令息は隣国の王子に持ち帰りされる

kouta
BL
婚約破棄された直後に前世の記憶を思い出したノア。 かつて遊んだことがある乙女ゲームの世界に転生したと察した彼は「あ、そういえば俺この後逆上して主人公に斬りかかった挙句にボコされて処刑されるんだったわ」と自分の運命を思い出す。 そしてメンタルがアラフォーとなった彼には最早婚約者は顔が良いだけの二股クズにしか見えず、あっさりと婚約破棄を快諾する。 「まぁ言うてこの年で婚約破棄されたとなると独身確定か……いっそのこと出家して、転生者らしくギルドなんか登録しちゃって俺TUEEE!でもやってみっか!」とポジティブに自分の身の振り方を考えていたノアだったが、それまでまるで接点のなかったキラキライケメンがグイグイ攻めてきて……「あれ? もしかして俺口説かれてます?」 おまけに婚約破棄したはずの二股男もなんかやたらと絡んでくるんですが……俺の冒険者ライフはいつ始まるんですか??(※始まりません)

【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

処理中です...