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【9】
しおりを挟む「卒業パーティの前、エクターと会っていたな」
「見ていたのか?」
高等法院からの帰りの馬車。並んで座るアルクガードの言葉に、ソルフォードがそのエメラルドの瞳を軽く見開く。
「なんて返事をしたのだ?」
エクターの告白をという意味だ。それにソルフォードは「今、君とこうしてここにいる」とアルクガードの手を握りしめた。
たしかにアルクガードと昨夜結ばれ、たった今、婚姻届を出してきたのだ。当然断ったのだろうが、曖昧なごまかし方は許さないと、アルクガードが上目づかいに暗朱の瞳でぎろりとにらみつければ、彼はしかたないな……とばかりに肩をすくめる。
「あちらがはっきり言わなかったんだ。“礼儀”として当然、やんわりと遠巻きに断ったさ。彼は泣いていたけどね」
エクターのやり口は知っている。あの良い子の仮面を被った魔性は、自分に好意を持つ相手から動くように誘いの態度は見せるが、はっきりと自分の不利になるような言葉は口にしない。
あのときはまだエクターはアルクガードの婚約者だったのだ。他の男への愛情を口にすれば不義と糾弾されても仕方ない。そんなヘマをあれがするわけがない。
「お前もエクターに好意を持っているものだと思っていた」
一部のものはエクターの“あざとさ”に嫌悪を示していたが、そんなものは本当に一握りだ。大半の者達、とくに雄華の強い男ほどあれに惹かれているようだった。外見は美しく愛らしい。善良で健気でみんなのために頑張ろうとする平民出の神子を守ってやりたいと、彼らは思うだろう。
たとえ演技だろうと、それは雄華達からみれば完璧だったのだから。
「心外だな? 俺の最愛は、あの廃庭園で出会ったただ一人なのに」
握りしめた片手を持ち上げられて、その指先にソルフォードの端正な唇が触れる。
幼き頃のあの誓いを思い出した今となっては、彼の愛情を疑う気持ちなどない。彼は自分を“迎えに来て”くれたのだ。それで十分だ。
「そして、エクターもアクスもアルミスもポルトーも、俺の後輩だ。先輩として“余裕があれば”導くさ」
「お前はそういう男だったな。お前の“片手間”の親切であっても、人はお前を勝手に慕う。まったく憎らしい人徳だ」
エクターとは違う意味で、ソルフォードもまた、誰にでも愛される大公殿下だ。もっとも、これはエクターのような演技ではなく、彼の持つ本質だ。太陽があまねく人々を照らすように。
それを自分は誰にでも愛されると、ならばこの太陽の特別でもあると、誤解して調子に乗ったエクターが道化か。
「そして、実に狡猾だな」
遠回しなエクターの告白に、ソルフォードはやんほりとはぐらかした。これだけでは、あの存外に図々しい魔性は勝手に夢見るだろう。あのときは自分にはアルクガードという婚約者がいた。だからソルフォード様はご遠慮されたのだろう……と。
だがそれは、彼の目の前で婚姻届を出すことで粉々に撃ち砕かれた。まして、自分の知らない“正式な”御子の枝をたずさえての宣言だ。
うしろにいた三銃士にしてもそうだ。彼らはアルクガートに、ソルフォードが騙されていると思いこんでいるようだが、しかし、結婚の事実は事実だ。
人の口には戸は立てられない。アルクガードがソルフォードの家で暮らしているとわかれば、人々は様々に噂するだろう。
しかし、当の本人であるエクターに周りの三銃士達は、三か月の守秘義務があるために口は開けない。そのうえですでに婚約破棄の多額の慰謝料の小切手は受け取ってしまっている。
三か月の期間があければ、ただちに二人の婚姻と、すでにそのあいだに御子の蕾が生っていることも、公表される。そうなったあとでは、エクターも三銃士も抗議のしようもないだろう。
なにしろ莫大な金額の慰謝料は受け取っているのだ。この公表に関しては、ソルフォードは三か月先へと延ばさなかった。つまり、ただいまにも高等法院の玄関横の掲示板に張り出されるはずだ。
慰謝料の金額とそれが一括払いであることと、金の出所と、それにアルクガードが大公邸にいることで、これはもう確定だと人々はささやきあうに違いない。
そして、三か月後にエクター達が口を開いたところで今さらだ。いくら、評判のいい平民出の神子様であっても、法外な金額の慰謝料を受け取っておいて、なお文句を言うのか……と人々は顔をしかめるだろう。
あの良い子ちゃんを演じ、人に良く思われたいという固まりのエクターが、あからさまにこちらを非難するような口を開けるわけもない。彼に従う三銃士達もだ。
「本当に人が悪いな」
「綺麗ごとで商売はやってられないさ。客には誠実であっても、競争相手との駆け引きにはときに毒も必要だ」
「それが、お前の母方の家訓か?」
肩を抱き寄せられるまま、アルクガードは男の胸に頭を預けて目を閉じた。
敵にすれば恐ろしいが、味方となればたのもしい。
そして、その男が自分を優しく包みこそすれ、けして牙をむかないことを、アルクガードにはもうわかっていた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
聖フローラ学園。
卒業パーティも終わった校内には、生徒の姿はなくしずまりかえっていた。
その生徒会室には四つの人陰があったが、いずれもさきほどから沈黙したままだ。それを破ったのはエクターのひと言。
「あの枝は偽物です」
「やっぱりそうなのか!」と単純なポルトーが声をあげる。アクスとアルミスはやはりとばかり、顔を見合わせてうなずいている。
幾多の印章を見てきた判事が本物と認めたのだ。そんな偽装が簡単に出来るのか? 裏を取ることも考えずに、彼らはエクターの言葉を頭から信じこんだ。
彼らが愛しいと思う。善良なる神子の言葉を。
「それにあの枝には“呪い”がかかっています。おそらくはそれが大公殿下の御心を惑わせ、あのような……」
エクターはその先を口にしない。いくら相手が“悪”であっても、そうと非難するのは、清らかな神子には相応しくないからだ。
だが、そこから先は彼の信奉者が勝手に“言葉”にしてくれる。
「さすが悪徳の黒薔薇だな! 神聖なる神子の枝をなんだと思っているんだ! 偽物のあげく呪いだと!」
そうポルトーが声をあげる。それにアクスが「真実を明らかにして、殿下の目の覚まさせないと蕾から子が生まれたなら、大変なことになる」とうなる。
それにエクターは「ああ……」と恐怖の声をあげた。まるで未来が見えるかのように宙を見て。
「蕾の中から出てくるのは……なんて恐ろしい」
それだけの言葉で、三人は顔色を変えた。ポルトーが「そんな化け物が生まれるのか!」叫び、アクスも「早めに手を打つべきだな、アルミス」と会話に加わらずに考えこんでいる頭脳派の彼に声をかける。
「まずは枝を奪い、神殿での精密な鑑定にかけるのがよろしいでしょう。枝が偽物とわかれば、あの黒い悪魔の犯罪もすべて明らかになる」
すべての悪はアルクガードにあり、その悪を正すならば、なにをしてもいいのだと相談をする三人を見たエクターが、うつむいたその白い顔の陰でそっとほくそ笑んだ。
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