彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode3 転入生  神崎 嵐

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「うわ、さむっ!!!」

薄暗い廊下を抜けて、病院の広いロビーを出ると、つばさは

おもいっきり首を竦めた。12月半ばの、しかも真夜中だ。

寒くないわけがない。嵐は立ち止まって、つばさを向いた。

「ここでいいよ。寒いだろ?早く戻れって」

「ううん。大丈夫。正門まで行くよ」

そう言って、肩を竦めながら先を行くつばさに、

嵐がため息をついた。

「いいのか?彼氏一人にして、他の男にくっついて来たりして」

コートのポケットに手を突っ込んで、つばさの横に並ぶ。

嵐の言葉に、つばさは思わず首を振った。

「かっ、彼氏じゃないよ!、ただの幼馴染っ」

「へぇ……

頬を赤くしながら、そう言い訳するつばさを、嵐がちらりと

横目で伺う。そうして、ならいいけどさ、と小さく呟いた。

そんな嵐の呟きなど聴こえなかった様子で、つばさは、懐から

護符を取り出すと嵐に見せた。真っ二つに割れたそれは、

つばさの身代わりになってくれたのだと、教えてくれている。

「ありがとう、これ。凄く役に立ったよ。これがなかったら、

本当に斗哉を連れて逝かれちゃうところだった」

つばさは、あの時の光景を思い出して、思わず身震いした。



実は、この護符のお礼も伝えたくて、嵐を送ると言ったのだ。

自分は、ただ叫ぶだけで、怨霊を前に何もできなかった。

この護符をつばさに渡してくれたのも、

霊視ですべてを解き明かしてくれたのも、

恵ちゃんをこの世の呪縛から解放してくれたのも、ぜんぶ嵐だ。

自分は、何も役に立っていない。そのことが少し情けなくて、

つばさは下を向いた。


「役に立ったみたいで良かった。でも、この護符が強い力を

発揮したのは、持ち主のつばさに霊力があったからなんだ。

普通の人間だったら、あそこまでの怨霊を払うことはできないよ。

俺は、つばさなら、この護符の力を活かせると思って渡したんだ」

割れた護符を受け取った嵐が、新しいものを懐から出して、

つばさに渡す。やんわりと、嵐の温もりが伝わるそれは、

優しい木の匂いもして、つばさは頬を緩めた。

「そっか。じゃあ、私も少しは役に立てたってことかな。私ね、

嵐みたいに霊視とか、除霊とか、そんな凄いことはできないけど、

それでも、もっと、この能力を役に立てたいなって、思っちゃった。

残された人と、残して逝った人の橋渡し役くらいしかできないけど」

つばさは笑って嵐を見上げた。嵐が目を細める。

「俺だって、最初からこんなことが出来たわけじゃないよ。未だに

できない事だって沢山あるし、怖い時だってある。でも、一番大事なのは、

霊力があっても、なくても、助けてやりたいとか、祈ってあげたいって

いう気持ちなんだ。その気持ちがあるつばさなら、きっといい

霊能力者になれる。俺は、そう信じてるよ」

病院の正門について立ち止まると、ぽん、と嵐の手が、つばさの頭に

のせられた。つばさの心臓がどきりと、跳ねる。嵐の白い息が、つばさの

前髪にかかりそうなほど、近かった。

「う、うん。ありがとう」

つばさは、冷たかったはずの頬を熱くしながら、頷いた。

嵐に褒められたことに、どきどきしてるのか、自分を見つめる

嵐の眼差しが、近すぎることにどきどきしているのか、わからない。

「怪我、大したことなくて良かったな。救急車で運ばれたって、

聞いて心配してたんだ。しばらくは、色々落ち着かないだろうけど、

何か困ったことがあったら、いつでも相談にのるからさ」

そう言って、嵐はまたポケットに手を突っ込む。つばさは、笑って

頷いた。大きな手の温もりが去って、つばさの頭がひんやりと

冷たい風に撫でられる。じゃあお休み、と身をひるがえした嵐の

背中を見送りながら、つばさは、少しの間、胸の鼓動が収まるのを

待っていた。
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