彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode3 転入生  神崎 嵐

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翌朝。傷口の消毒を終え、看護婦から退院の必要書類を受け取って

いると、コンコン、とドアをノックする音がした。きっと、迎えに来た

斗哉の母親だ。そう思いながら振り返ったつばさは、開け放たれた

ドアの前に立つ人物を見て、ぎょっ、っとした。

ベージュのトレンチコートに、いかつい顔をした、如何にも刑事らしい

風貌の男が、警察手帳を片手に立っている。つばさは目を見開いて、

斗哉と顔を見合わせた。



「ちょっとよろしいですか?私、西警察署の門田かどたというものですが」

門田と名乗ったその刑事は、つかつかと病室に足を踏み入れると、

斗哉の側にいた看護婦に会釈した。

「お取込み中、失礼。こちらの2人にお話を伺いたいんですが、

そちらの要件が終わったら、声をかけていただけます?

私、廊下に控えてますので」

廊下を指差しながらそう言った門田刑事に、看護婦がにこやかに

首を振る。

「いえ、そういうことでしたら、もう話は終わったので大丈夫ですよ。

でも、この病室は10時には空けてもらわないと困るので、

長くなるようならラウンジでお願いしますね」

「はぁ、10時ですか。わかりました」

門田刑事が腕時計に目をやって、頷く。そうして、看護婦が

この場を立ち去るのを見届けると、斗哉とつばさに目を向けた。



「いやいや、この度は大変な目に合いましたね。

お2人とも、怪我の具合はどうですか?」

「お陰様で。今日から入浴も可能だと、看護婦さんに言われた

ところです」

笑みを向け、そう答えた斗哉の頭からは包帯が外されている。

傷を保護するテーピングの上から軽くガーゼが貼ってあるだけだ。

むしろ、つばさの方が左手を包帯でぐるぐる巻きにされていて、

治るのに時間がかかりそうに見えた。

「それは良かった。現場の階段を拝見しましたが、結構な高さが

ありましたからね。深刻な事態にならなかったのは、幸いですよ」

門田刑事は、目を細めて何度か頷いた。そして、つばさに

椅子に腰掛けるように促した。斗哉はベッドに腰掛けている。

門田刑事は、2人の前に立ちはだかるようにして立つと、懐から

手帳を取り出して、の眼差しを向けた。

「ではさっそく、その時の状況を詳しく聞かせてもらえますか?」

つばさは、顔を強張らせて斗哉の方を見た。実は、こんなに早く

刑事がやって来るとは思っていなかったので、まだ、今回のことを

どう話すのか相談していなかったのだ。すでに目撃者の話を聴いて

いるだろうから、迂闊うかつに嘘をつくわけにもいかない。

ちら、とつばさの顔を横目で見ると、斗哉は徐に口を開いた。

「2人で階段を下りようとした時、彼女が背中を押されたんです。

俺は咄嗟に受け止めて、下まで一緒に落ちました」

証言に矛盾が生じないよう、事実のみを斗哉が告げる。

門田刑事は、ふむ、と頷いて斗哉に問いかけた。

「では黒沢さん。あなたは、彼女の背中を押した犯人を?」

どきりとして、つばさは固唾を呑んだ。

斗哉は門田刑事の目を見て、小さく頷く。

「はい、見ました。同じ学年の……倉科絵里奈さんです」

「なるほど。では、藤守さん。あなたは押された時、背中に

手の平の感触を感じましたか?こう、間違えてぶつかった、

という感じではなかった?」

両方の手の平をつばさに見せながら、門田刑事が顔を覗く。

つばさは、答えに窮して視線を泳がせた。
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