彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode4 帰れない道

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「ごめん!!待った?」

斗哉と2人、約束の時間に数分遅れたつばさは、改札の横に

立つ嵐に息を切らして言った。嵐が笑って首を振る。

「いや、俺もいま来たところだから。

それより、早く行こう。もうすぐ電車が来る」

そう言って改札の向こうを指差した嵐は、いつもと少し感じが違った。

その理由は眼鏡だ。

普段は裸眼なのに、今日はセルフフレームの細い眼鏡をかけている。

つばさは、嵐の後に続いて改札を抜けながらそのことを訊ねた。

「ああ、これね。度は入ってないよ。でも、これを掛けてる方が多少

見え方が緩和されて楽なんだ。駅のホームはどうしても成仏できない

魂が多いからさ。だから、普段はなるべく電車は使わないようにしてる」

普通の人には、およそ理解できない内容の話をさらりと口にしながら、

嵐が反対側のホームに目をやる。視線の先をたどれば、線路から

這い上がろうとしているビジネスマンらしき背中がつばさにも見えて……

その周囲に立つ人たちの反応を見れば、あれが自分たちにしか見えて

いないことがわかる。つばさは、つい、と目を逸らすと嵐を見上げた。

「そうなんだ、知らなかった。実は私もそれが理由でバス通学しててね。

そういう効果があるなら、私も眼鏡、買ってみよーかな」

「まあ、眼鏡のあるなしで、すぐに見え方をコントロールできるわけじゃない

けど、トレーニングすれば、つばさも出来るようになるよ」

左右のレンズを支えるブリッジ部分を指で固定しながら、嵐が目を細める。

ただでさえ整った顔立ちが、眼鏡という知的アイテムで、さらに破壊力が増す。

つばさは思わずごくりと唾を呑んだ。

「すぐに使いこなせなくても、ファッション感覚で気軽につけても

いいんじゃないか?俺もコンタクトが辛いときは眼鏡かけるけど、

案外、いい気分転換になってるし」

つばさの隣に立つ斗哉が、顔を覗いて言う。

そうかなぁ?とつばさが首を傾げた時、強い風と共に電車がホームに

入ってきて、会話はそこで途切れた。到着した電車に乗り込むと、

3人は並んで座席に座った。つばさを真ん中にして、斗哉と嵐が両隣に

座っている。休日とあって乗客はさほど多くはないが、遠巻きにちらちらと

女子の視線を感じる。もちろん、熱視線を集めているのは両隣の2人であって、

真ん中にちょこんと座っているつばさは、きっと酷い言われように違いない。

そんな女子の視線をまったく気に留めない様子で、嵐が口を開いた。



「向こうに着いたら、まずは近場の不動産屋をあたった方がいいかもな」

「えっ?でも、別荘の住所はわかってるし、そのまま現地に行った方が

早くない?」

つばさは嵐を向いて訊いた。が、その疑問に答える声は、反対側の斗哉

から聴こえてきた。

「いきなり現地に足を運ぶことも出来るけど、まずは、あの別荘の現状を

調べておいた方がいいってことだよ。11年も経ってるんだ。所有者が

変わってるかもしれないし、建物があのまま残っているとも限らない」

「あっ、なるほど」

感心して頷くつばさに、嵐がそういうこと、と相槌あいづちを打つ。

昨日、異次元に飛ばされた先で見たあの建物は、過去の物なのだ。

そのことをうっかり忘れていた。

「乗り換えまでまだ2時間以上あるし、俺、ちょっと休むわ」

斗哉が欠伸あくびをひとつして、瞼を閉じる。斗哉じゃなくても、温かな日差しが

射し込んでいる車内はポカポカして、眠くなってしまいそうだ。

まもなく、斗哉から寝息が聴こえてきて、つばさの肩に斗哉の頭が

のせられた。
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