彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode4 帰れない道

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「親はドライブで遠出してるから、夜まで帰らないよ。下着だって……

どうせ脱がすんだから何だって構わない。少しでも早く、忘れさせたいんだ。

他の男に触られた感触なんて……1秒も、覚えていて欲しくない」

その言葉を聞いて、つばさは、はっとした。昨夜、門田刑事が送ってくれた

車の中では、斗哉は普通だったのだ。いつもの斗哉で、だから、

安心していた。嵐と躰を温め合ったことなど何も気にしていないのだと、

勝手にそう思い込んでいた。

「だって、あれは……どうしても、仕方なくて……それで」

斗哉から視線を逸らすと、つばさは消え入りそうな声で言った。

何を言っても斗哉が、納得するワケない。そう、わかっていても、

言葉が口を突いて出てしまう。それは斗哉も同じことで、今さら

言ってもどうにもならないことを、口にしてしまう。

「わかってるよ、俺だって。頭では、ああするしかなかったって……

でも、理屈ではわかっていても、納得できないことだってあるだろ?

嫌なんだ、どうしても。どんな気持ちで、嵐がお前に触れていたか

と思うと……」



その言葉を聞いて、つばさは目を見開いた。嵐は自分を守りたくて、

ああしたのだ。どちらが天か地かもわからない水の中で自分を助け、

息をしていない自分に呼吸を与え、凍えないようにと体温をくれた。

その嵐に、下心があったと……そう言うのだろうか?

嫌だ。そんな風に、嵐のことを疑いたくなんか、ない。

つばさは、腕の中から斗哉を睨んだ。

「そんな言いかた、酷いよ、斗哉。嵐は、ただ凍死しないように、って

思って……本当に、凍えそうだったんだから!!服だってずぶ濡れだし、

携帯だって、充電なくて助けを呼べなかったし……いつ助けがくるか

わからなくて……だからっ」

「じゃあ……」

ムキになって嵐を庇うつばさの言葉を、斗哉が遮った。鋭い眼差しで

つばさを睨む。蛇に睨まれた蛙とは、こんな心地だろうか?と思いながら、

つばさは唾を呑んだ。

「何も……なかったんだな?嵐とは」

低い声でそれだけ言って、斗哉がつばさの顔を覗く。つばさは、うん、と

首を縦に振ろうとして………振れなかった。



助けが来る間際。クルーザーの光に照らされる直前。

嵐の伏せられた睫毛を、自分は間近で見たのではなかったか?

キスされる。あの瞬間、そう感じたのに、どうしてか躰が動かなかった。

もし、あのまま、助けがこなかったら………そこまで考えて、はっとする。

斗哉の眉がより一層つり上がって、自分を睨んでいる。不味い。

今から頷いたところで、この数秒のは致命的だった。

「やっぱり、何か……あったんだな」

傷付いた声でそう言った斗哉に、つばさは小さく首を振った。

があったわけではない。けれど、なかったとも言えない。

それでも……何もなかったと、大きく首を振ればよかったのだろうか?

斗哉に、こんな顔をさせるくらいなら。





突然、斗哉の腕がつばさを抱き上げた。薄暗い部屋の中で、ベッドに

投げ出される。

「……ひゃっ!!」

ぎし、と軋む音をさせて、つばさの躰がベッドの上で跳ねた。その躰を

上から抑えるように、斗哉がのしかかる。暗がりの中で服を脱ぎ捨てると、

つばさを見下ろして言った。

「やっぱり……あの時抱いておくべきだった、な」

抑揚のない声だった。確か嵐にも、こんな声で何かを言われた気がする。

思い出せない。なんて、言われたっけ?ふと、そんなことを思っていた

つばさの唇に、斗哉が指で触れる。触れる、というよりもこじ開けられた

という方が正しいかも知れない。すぐに、斗哉の唇が重なって、

その隙間から深く舌が差し込まれた。
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