彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode5 朔風に消える

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黒住刑事がそう言うと、門田刑事も立ち上がって2人は慌ただしく部屋を出て

行った。



ぱたりとドアが閉まった瞬間に、つばさは、ふぅ、と息を吐く。張り詰め

ていた緊張の糸が解けて、少し呼吸が楽になった。そのつばさの肩に斗哉が

ぽんと手をのせる。ずっと黙って見ていたが、心配していたのだろう。大丈夫か?

と、小声で聞いてきたので、つばさはやんわりと微笑んだ。そのつばさの前に、

七海がひょっこり顔を出す。ふふ、と意味深な笑みを浮かべている。

「ねぇ。もしかしてこの人、彼氏さん?」

「えっ?……あ、はい。まあ……」

唐突にそんなことを聞かれたつばさは、もじもじしながら視線を泳がせた。

隣にいる嵐が、ふい、と顔を逸らした気がしたが、次の瞬間には七海の黄色い

声が耳に飛び込んできて、そちらに気を取られる。

「やっぱり、そうなんだ!ふうん。どっちも凄くカッコいいけど、

こっちの彼がそうなのかな?って、思ってたの。あなたの顔ちらちら

覗いてたから、ピンときちゃった」

くるくる、と斗哉の周囲を回りながら、楽しそうに観察する。その表情は、

拍子抜けするほど明るくて、悲惨な事件の被害者には到底見えない。

本当なら、もっと怒りと悲しみで打ちひしがれていてもおかしくない筈なのに。

七海は、よほど強い女性なのだろうか?

もし、自分が彼女のような目にあったら……そんなことを考えて、

背筋がひやりとした時だった。部屋のドアが開いて、門田刑事が顔を出した。

「車の手配ができました。すぐに出発しましょう」

つばさたちは、緊張した面持ちで頷くと、部屋を出て車に乗り込んだ。






事件現場に向かう車内は、誰もが口を噤んでいて重苦しい空気だった。

窓の外に目をやれば、休日の昼下がりとあって、街中を楽しそうに歩く人たちが

ちらほらと目に留まる。この風景の中を、七海と加賀見も、同じように笑って

歩いていたのかもしれない。そんなことを考えれば、バックミラーに映り込んで

いる七海の顔を、つばさは覗き見ることができなかった。不意に、窓の外を

じっと見つめていた嵐が、身を乗り出して運転席に声をかけた。

ハンドルを握っているのは黒住刑事だ。

「この辺で停められますか?」

「どうしたんです?いきなり」

黒住刑事が怪訝な顔をして、ちら、とバックミラー越しに嵐を見る。

「……いま、七海さんが駅の改札を出て歩いてる姿が見えたんです。ここから、

現場まで近いんじゃないですか?俺はここから歩きます」

窓の外に目をやってそう言った嵐に、黒住刑事が慌ててウインカーを出して

車を脇に寄せた。そうして、門田刑事と頷き合うと、後部座席を振り返った。

「神崎さんの言う通り、ここは伊佐山さんがいつも使ってた駅です。

ここから、自宅へ向かう途中の雑木林が、これから向かう事件現場なんです」

つばさたちが渡された資料には、この駅の名も住所も記されていなかった。

もちろん、加賀見や七海の口から訊いた訳でもない。それでも、嵐はこの駅だと

言い当てたことになる。嵐の目には、生前の七海の姿が見えているのだ。

車内にいる霊体の七海ではなく、事件当日の、これから七海の姿が、

見えている。嵐はドアロックを解除して車のドアを開けた。つばさは、

車を降りようとする嵐の背中に、慌てて声をかけた。

「嵐っ、私も行っていい!?」

振り返って嵐が頷くと、つばさは、ひょいと車を飛び降りた。斗哉もその後に続く。

加賀見はおろおろした様子で、嵐と黒住刑事とを交互に見た。

「加賀見さんはそのまま、黒住刑事たちと現場に向かってください。七海さんも」

加賀見の隣にいる七海に目を向けると、嵐は車のドアを勢いよく閉めた。

黒住刑事が車を発進させる。行こう、と足早に歩き始めた嵐の背中を、つばさは

斗哉と2人で追いかけていった。
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