彼にはみえない

橘 弥久莉

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episode5 朔風に消える

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「これは俺の勝手な想像なんですけど、聴いてもらえますか?」

そう言って、斗哉が顔を向けたのは加賀見だった。加賀見が頷く。つばさも、

目に泪を滲ませたまま、斗哉の顔を見た。

「もしかしたら、犯人は精神科か心療内科に通院してたんじゃないかと考えて

たんです。手首を切るぐらいだから、うつ状態だったのかも知れない、と。

そうしたら、何となく、病院の帰りにカフェに立ち寄る犯人の姿が頭に浮かんで

……七海さんが働いてたカフェの近くに、そういう病院がないか気になるん

です。それで、差し支えなければ、彼女の働いてたカフェの住所を知りたいん

ですけど」

あくまで、俺の想像ですが、と言って斗哉が携帯を取り出す。住所を検索でき

る地図アプリを起動させると、加賀見が大きく頷いて、斗哉から携帯を受け

取った。加賀見がカフェの住所を入力する。と、その周辺の地図が拡大された。





「あった」

地図を見て最初に声を発したのは嵐だった。病院のマークを指差して、斗哉の

顔を見る。七海の働いていたカフェから約300mの距離に、1軒だけ心療内科が

あった。その場にいる全員に、緊張が走った。確かに、これは何の根拠もない、

想像に過ぎない。でも、なぜか斗哉のが当たっている気がするのだ。

それは加賀見も同じようで、彼は時計を見ると焦るように立ちあがる。どうやら、

いまからこの病院に行ってみるつもりらしい。加賀見は、ガザガサとポケットから

折りたたんだ紙を取り出すと、それを広げた。

「加賀見さん、それ、犯人の似顔絵じゃないですか!?」

つばさはびっくりして似顔絵を指差した。黒住刑事が修正を加えた犯人の似顔絵が、

加賀見の手にある。まさか、こっそり抜き取ったのだろうか?そう勘ぐってしまった

つばさに、加賀見は苦笑いをして首を振った。

「これは、黒住刑事がファックスのところに忘れていったものなんです。返そうと

思ってたんですけど、うっかり忘れてしまって。でも……これがあれば犯人が

その病院の患者かどうか、確認できるかもしれない」

加賀見が思い詰めた顔で言って、似顔絵を見つめる。側にいる七海も、すがる

ような眼差しで加賀見を見上げていた。

「でも、その病院に行くなら、門田刑事に連絡してからじゃないと。安易な

行動はとらないようにって、さっき言われたばかりだし」

つばさは、めずらしく冷静に意見を述べた。自分は門田刑事に釘を刺された

ばかりだ。さすがに、ここで加賀見を止めなければ、信用をなくしてしまう。

けれど、加賀見は首を横に振ると、似顔絵を畳んでポケットにしまった。

「これは何の根拠もない、ただの想像なんです。だから、わざわざ門田刑事に

知らせて、彼らの捜査の邪魔をしたくない。大丈夫。君たちはここで待っていて

もらえれば、僕が一人で確認してきます」

「待ってください。仮に、黒沢の推理が当たってたとしても、守秘義務のある

病院側が簡単に教えてくれるか、わからないじゃないですか?それでも、

いますぐ確かめに行くんですか?」

嵐が腕を組んで加賀見を見上げる。嵐の言っていることはもっともで、何の

権限も持たない自分たちが訪ねて行っても、教えてもらえる保障はない。

だったら、門田刑事に伝えて動いてもらった方が、得策じゃないだろうか?

それでも、加賀見は聞く耳を持たなかった。思い詰めた顔で頷いて、踵を

返そうとする。つばさは思わず立ち上がって加賀見を引き留めようとした、

その時だった。ずっと黙って事の成り行きを見守っていた七海が声をあげた。
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