彼にはみえない

橘 弥久莉

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episodeFinal 永遠のワンスモア

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携帯をブレザーの懐にしまう。もうすぐ、昼休みを迎えようとする屋上に人の

姿はなく、古びたベンチに座るのは自習時間を少し早めに切り上げてきた

自分だけだ。けれどもうすぐ、がここにやってくる。

斗哉はその人物が現れるのを待って、細く息を吐いた。さっき、廊下で

見かけた嵐の顔は、すっきりとしたものだった。チョコを手にした複数の

女子を前に、少々困った表情を見せてはいたものの、すれ違ったつばさに

向けた笑顔は以前のものと同じで、すでに2人の間のわだかまりが

解けたのが、わかる。そうして、遠くから一瞬だけ、自分に向けられた

つばさの眼差しは、どことなく、今までの彼女のものとは違っていた。

あくまで、直感だけれども………

斗哉は、自分の直感が良くあたることを知っている。

だから、ここに来てしまった。

どうにも落ち着かないこの気分を紛らわせたいという思いと、自分とは

違った意味でつばさの良き理解者である嵐から、何か聞き出せるかも

しれないという僅かな期待とで……斗哉はここにいる。さわ、と冷えた風が

吹いて、斗哉は肩を竦めた。屋上は陽が良くあたるとは言え、真冬とも

なれば昼間でも寒い。すでに、半分にまで減ったコーヒーの温もりが恋しくて、

斗哉は両手で缶を握りしめた。その時だった。キィと扉が開く音が聴こえて、

屋上の入り口に目を向けた。予想通り、チョコがぎっしり詰まっているらしい

紙袋と、購買のパンが入っているビニール袋をぶら下げて嵐が立っている。

斗哉は、表情を止めたまま自分を凝視している嵐に、笑いかけた。





「そんな顔するなって。殴ろうとか思ってないから、ここ座れば?」

自分の隣を指差して前を向いてしまった斗哉に、嵐は握っていたドアノブを

放して歩き出した。そうして、いつもより少し狭い指定席に座ると、足元に

紙袋を置いた。その中身に、ちら、と目をやって斗哉は苦笑いする。

自分のロッカーや鞄の中も色とりどりのチョコで溢れているが、

嵐の収穫量もなかなかだ。

「これだけ貰っちゃうと、返して回るのも一苦労だよな」

斗哉は毎年繰り返される自らの苦労を思いながら、嵐を労った。

「別に。名前も知らないヤツがほとんどだから……俺は返して回らないよ」

さも、そのせいで来年から貰えなくなっても構わないといった顔で言って、

嵐は購買のビニールからパンを取り出した。斗哉は、カレーパンにかじりつく

嵐を横目で見ながら、なるほどね、と呟いてコーヒーを口に含んだ。

「で、なに?話って」

あっという間にカレーパンを平らげ、2つ目のカツサンドをビニールから

取り出しながら、嵐が訊いた。斗哉は、ああ、と乾いた返事をする。

その表情から、自分を責めるためにここにいるわけではないと悟ったのか、

嵐は呼吸をひとつして、ベンチに背を預けた。カツサンドにかぶりつく。

その顔を一瞥すると、斗哉は徐に口を開いた。

「お前ってさ、案外可愛いヤツなんだな、と思って」

「……ん゛ぐっ」

唐突に可愛いなどと言われて、嵐は飲み込もうとしていたカツサンドを

喉に詰まらせてしまった。ドンドン、と苦しそうに胸を叩く嵐に、大丈夫か?

と斗哉は白い歯を見せて笑う。嵐は、目に泪を滲ませながら持ってきた

アイスティーで喉に詰まったパンを流し込んだ。無事にパンが喉を通過すると、

顔を顰めて斗哉を向く。

「お前さ、俺をからかいに来たの?」

「いや、そんなつもりはないけど」

くつくつ、と可笑しそうに笑いながら目を細める斗哉に、嵐は眉間のシワを

深くしたままで、食べかけのカツサンドをビニールに戻した。

「食べないのか?」

「話が済んだら食うよ」

不貞腐れた顔でそう言って、足を投げ出す。斗哉は、その横顔を眩しそう

に眺めると、前を向いて穏やかな声で言った。
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