彼にはみえない

橘 弥久莉

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episodeFinal 永遠のワンスモア

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「お前さ、初めからあいつを諦めるつもりだったんだな……キスひとつで」

「……………」

「お前は、俺からつばさを奪えないことも、俺がお前を赦すことも、全部承知の

うえで、あいつに触れた。そうすることで全員が傷つくことになったとしても、

つばさの中に残したかったんだ。男としての、自分を。ただの友人として、

ずっとあいつの隣にいるのは辛いからな。例えつばさを奪えなくても、

少しでもあいつの心に自分のを残したかった。違うか?」

けして、責めるような口調ではなく、諭すようにそう言った斗哉に、嵐は薄く

口元だけで笑むと、ため息をついた。

「心理カウンセラーかよ。まあ、当たらずとも遠からずってとこだけどな」

涼しい顔をして、嵐が空を見上げる。斗哉はちら、と嵐に目をやった。

そしてやはり、嵐は自分のコンプレックスを見抜いていたのだと、確信する。

どんなに望んでも、自分はつばさと同じ世界を見ることが出来ないという、

負い目。その想いを知ればこそ、嵐はつばさの心にくさびを打ち込んだのだ。



つばさに相応しいのは、自分だと。



そしてその傷痕は、つばさの心を変えることまでは出来なくとも、間違いなく、

つばさの心に何らかの変化をもたらしている。

斗哉は、煽るようにコーヒーを飲むと、すっかり冷たくなった缶を握りしめた。

ペキ、とアルミ缶が軋む。つばさの、あの眼差しを思い出すだけで心がざわざわ

する。嵐の憂いを含んだ眼差しも、だ。隣に座るこの男は、すでに知っているに

違いなかった。つばさの心の内を……

「当たらずとも遠からず、か。外れた部分があるとしたら諦める、ってとこか?」

斗哉は立ち上がると、振り返って嵐を見下ろした。斗哉に日差しが遮られて、

嵐に影が差す。嵐は斗哉を見上げた。

「仮にそうだったとしても……あんたは俺を憎めないんだろうな。きっと」

嵐が口元に笑みを浮かべる。その表情は、どことなく子供をからかっている

ようなそれで、斗哉は何だか毒気を抜かれてしまった。小さく息をついて、

首を振る。

「まったく。お前はタチの悪い男だよ。本当に」

心底、そう思いながら言った斗哉に、嵐がめずらしく肩を揺すって笑った。

「だろうな。でも、お前のそういう割り切れないところ、俺も気に入ってるよ」

嫌味ではなく、本心からそう口にしているらしい嵐に斗哉は一瞬目を見開くと、

嵐と同じ種類の笑みを向けた。






この公園に斗哉が来るのはいつぶりだろう?

つばさは木肌に手を伸ばして、空に広がる黒い枝を見上げた。子供の頃、

自分が座っていた枝の高さは、今の身長なら少し見上げる程度で……

それでも、誇らしげに斗哉に手を伸ばしていたあの頃が懐かしい。




思えば、斗哉ばかりだ。

木に登った思い出も、坂の上の駄菓子屋も、夏の日に見上げた入道雲も。

どのことを思い出しても、いつも自分の隣には斗哉がいて、それは今も

何ら変わらない。なのに………

つばさは、恐ろしさからぶるりと肩を震わせた。

もしかしたら、自分が決めたことで現実になってしまうかもしれない、

という未来。そんな世界で、自分は変わらずに笑って

いられるのだろうか?

「……斗哉」

つばさは、ため息と共に彼の名を呼びながら、木肌に触れていた手を

握りしめた。その時だった。不意に頭の上から声がして、今度は愕きから

肩を震わせた。

「この木……こんなに低かったんだな」

聴き慣れた声に振り返れば、肩が触れそうなほど近くに斗哉が立っている。

いつ来たのだろう?砂を踏む足音すら、聴こえなかった。

つばさは、数日ぶりの斗哉に頬を朱くしながら、うわずった声で言った。

「斗哉っ……あの……」

来てくれてありがとう、と、言いたいだけなのに緊張から渇いてしまった

喉が貼りついて上手く言葉が出ない。もう、10年以上も一緒にいるのに、

斗哉が好きだと気付いてからは、こんなことばかりだ。
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