彼にはみえない

橘 弥久莉

文字の大きさ
172 / 173
episodeFinal 永遠のワンスモア

172

しおりを挟む
「ごめん。私まだ、帰れないや。お婆ちゃんから教わりたいことあるし、

高校はこっちで卒業するよ」

返ってくる答えを予測していたかのように、斗哉はあっさりと頷いた。

つばさは少々拍子抜けして、目をぱちくりする。

「じゃあ、やっぱり……入れ違いに俺が向こうを出ることになるな」

「だね。でも、平気だよね?私たち」

縋るように斗哉を見上げたつばさに、斗哉が少し意地悪な笑みを

浮かべる。つばさは、嫌な予感がして身構えた。

「な、なに?」

「いや、またしばらくお前に会えないから、今夜はしっかり

させてもらわなきゃな、と思って」

ぺろりと舌なめずりをして、いま重なったばかりの唇を斗哉の指が

なぞる。つばさは斗哉が言わんとしていることを悟って、瞬く間に

頬を朱く染めた。恥ずかしいやら、嬉しいやらで……

どんな顔をすればいいかわからない。

「もう!そういうこと、わざわざ言わなくていいからっ」

斗哉の胸に顔を埋めてしまったつばさに、くつくつと斗哉が笑った。

きっと、2人の時間を埋める度に、こんなやり取りが繰り返される

のだろう。そして、そんな未来を想像するだけで寂しさが欠けてゆく。





さわ、と生ぬるい風が2人の髪を揺らした。その風にのって、

どこからか祭りばやしが聴こえてくる。軽快な夏の音色が、おいで、

おいでと2人を呼んでいる。つばさは、斗哉を見上げた。

「ねぇ、お祭り行こう。私、着替えてくるよ」

もう、この屋敷のどこにも朝顔の浴衣はないが、今日、見せられ

なかった浴衣姿は、10年後の斗哉にとっておける。

いまは2人、一緒にいられるだけで十分だ。

「縁側で待ってる」

斗哉がそう言うと、つばさは嬉しそうにスカートを翻して走り出した。



あっという間に遠ざかっていく背中を見つめながら、斗哉はさっき

つばさにそうしたように、薬指に唇をあてた。








------10年後。



「ねぇ、斗哉。この浴衣があるってことは、もしかして……」

入浴を終え、寝室の扉を開けた斗哉を、つばさが満面の笑みで振り

返った。ベッドの上には紺地に朝顔の柄が散りばめられた浴衣が

広げられている。あの日、17歳のつばさが忘れていったものだ。

宝探しゲームのように、紙袋に入れてクローゼットの奥にしまって

おいたのに……案外、見つかるのが早かった。つばさは浴衣を手に

取って、懐かしそうに目を細めている。斗哉は、ガシガシとタオルで

頭を拭きながら頷いた。

「ああ、来たよ。お前が斗萌ともえを産んだ次の日だったかな?

来るってわかってても、昔のお前が目の前に現れたときは驚いたな」

斗哉もベッドに腰掛ける。彼女を庭の灯篭から元の世界に返したのは、

たった数日前なのに……もう、つばさには会えないのだと思うと

何だか切ない気分にもなる。

「だよね。で、私は斗哉が誕生日に選んでくれたスカート履いて帰ったの。

でもあれ、1回しか着てないからほとんど新品だったんだよ?何で他の

服にしなかったの?あっ、それに、どうして奥さんは私だって言ってくれ

なかったのか、それも知りたい!!」

ここぞとばかりに、つばさが疑問を投げかける。斗哉は苦笑いをしながら、

さて、何をどう答えるべきか、少し悩んでから言った。




                                       


                                        
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...