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第一章:幸せの配分

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 合コン以外で、彼と職場の外で会うのは
初めてだ。連れてこられたカレー屋は、よく
ある本格インドカレーの名店ではなく、
デミグラスソースのような濃厚な味わいが
自慢のカレー専門店だった。お値段は高めな
気がするが、大皿にこんもりと盛られたライス
を覆うように、濃厚なカレールーがたっぷり
とよそられている。
 僕が注文したのはカツレツカリーだけど、
単品で注文したフライドポテトと唐揚げも、
カレーの中を泳いでいる。
 ほぅ、と、ため息が出るほど、幸せな光景
だった。 
 オリジナルカツレツカリーと化したその逸品
を頬張りながら、僕は白々しく、質問に、質問
で返した。

 「くっつくって、何がですか?」

 「だから、難聴コースの市原さん。
いい雰囲気じゃん」

 そんなことわざわざ言わせるな、と言いた
そうに顔を顰める。呼び出された僕は、席に
つくなり、彼女との出会いから再会までを、
委細いさい漏らさずしゃべらされたのだ。
 僕は、ごっくん、と口の中のカツを飲み
込んで、口を尖らせた。

 「そんなの、まだわかりませんよ。
ぜんぜん。彼女は僕のこと、“障がい繋がり
の仲良し”くらいにしか、思ってないかも
知れないし」

 「おっ、自分の気持ちは認めたね。俺の見る
限り、向こうにも気があるように見えるけど、
なんでそんな及び腰なの?」

 「……………」

 その質問に、僕はスプーンを持つ手を止めて
しまった。
 もしかしたら、と、そんな淡い期待がない
わけでもなかった。彼女とはよく目が合うし、
僕が顔を見に行けない日などは、帰りがけに
彼女の方から挨拶をしに来てくれたことだって
ある。
 指文字を覚えたことも、手話を覚えようと
していることも、そうと聞いた彼女は嬉しそ
うに“ありがとう”と、笑ってくれた。
 あの笑顔が社交辞令だというなら、それは
僕の思い込みで、自惚れで、恥ずかしい限りだ
けれど……
 
 もし、勘違いじゃなかったとしても、僕には
そのことを手放しで喜べない理由がある。



-----僕はどこにでもいる、普通の男じゃない。



 いつか、光を失うかもしれない“障がい”を
持っているのだ。そんな僕が、耳が聞こえない
彼女の側にいて、いいのだろうか?
 僕の障がいが、いつか彼女の負担になって
しまったら……
 そう思い至れば、心を彼女でいっぱいに
している自分が滑稽に思えてしまう。せめて、
どちらかが健常者なら、なんて、どうにもなら
ないことを一人で考えてしまう夜もあった。

 僕はじわじわと心に広がる影を振り払うよう
に、首を振った。そうして、かなり強引に話の
矛先を変えた。
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