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第一章:幸せの配分

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 「もう、僕の話はいいじゃないですか。
そんなことより、町田さん、自転車要りま
せんか?」

 唐突に、何の脈絡もなく、
「自転車要るか?」と聞かれた彼は、
さっきの僕と同じように、チキンカリー
を食べていた手を止めた。

 「……自転車?どうして」

 「もう乗らないことにしたんです。また、
誰かに怪我させたら大変だし。でも、乗らない
まま放っておくと、ダメになっちゃうと思う
んですよね。カバーかけておいても、劣化し
ちゃうというか」

 僕は、彼の表情が少し硬いものに変わった
ことに気付かぬまま、カレーに浸かっていた
唐揚げを口に入れた。

 「……ごめん。俺、自転車乗れないんだわ」

 「え?」

 予想していなかった彼の返答に、唐揚げを
飲み込み損ねる。

 「乗れないって……自転車に、ですか?」

 「そう」

 「町田さん、車は運転しますよね」

 「するよ」

 「……………」

 口をつけていなかったお冷を飲みながら、
町田さんは息をつく。
 その表情を見て、ようやく、彼の様子が
いつもと違っていることに気付いた。

 「前にさ、弟を事故で亡くしたって言った
じゃない?」

 「……はい」

 「その事故、自転車乗ってる時だったんだ
よね。学校帰りに、車に轢かれちゃってさ。
もし生きてれば、羽柴クンと同い年。で、
生きてれば羽柴クンと同じ大学行ってたかも
知れないくらい、優秀だったのよ、あいつ」

 彼の、こんな寂しそうな声を聞くのは、
初めてだった。
 俯いたままで、ぽつり、ぽつり、とそう語る
彼に、僕はかけるべき言葉が見つからない。
 無理やり飲み込んだ唐揚げが、喉を押し
広げて胸が苦しい。

 「あの時は本当にショックでさ。あいつが
乗ってた自転車が、ぐじゃぐじゃになってる
の見て……それ以来、怖くて乗れないんだわ」

 そう言ってまたため息をつくと、町田さん
は、スプーンを口に運んだ。

 「すみません。僕、余計なこと言っちゃ
って……」

 何も知らなかったとはいえ、こんな風に、
彼が辛くなるようなことを言ってしまった
罪悪感で、顔を見られない。けれど彼は、
暗い空気を払拭するように、ははっ、と
笑って首を振った。

 「いや。俺こそ、いきなり重い話ししちゃっ
て、悪かったね。実は、ずっと羽柴クンにこの
こと打ち明けたい気持ちもあったんだよね。
弟の面影と被るっていうか、弟の分まで幸せに
生きて欲しいな、とか、思ったりしてさ」

 照れ臭そうに笑いながら鼻の下を擦る。
 僕は、ぐっ、と熱いものが喉に込み上げて
きてしまって、少し困った。

 「これ、食べてください」

 突然、町田さんの皿に、唐揚げとカツレツ
を一切れのせる。やっと半分にまで減った
彼のチキンカリーが、ボリューミーになる。
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