「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第五章:薄明の中で

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 「では、引き続き、どうぞよろしくお願い
致します」

 僕は弥凪の上司であるチーム主任に、深々
と頭を下げた。
 今日は、弥凪の就職先に企業訪問に来ている
のだ。少しの間、弥凪の仕事ぶりを覗いた
あと、別室で何か困ったことや、間に入って
フォローして欲しいことがないかを、定着
支援の一環として伺っていた。

 「こちらこそ、今後ともよろしくお願いし
ます。いや、市原さんは本当によくやって
くれてますよ。デフォルメからソフトリアル
なタッチまで幅広く任せられるし、彼女の絵
は子供が親しみやすいタッチだから、制作が
スムーズに進むんです。よい人材を発掘でき
たと、上も喜んでいますよ」

 僕を見上げながら、満足そうに彼女が頷く。
 彼女は、未経験者の自分に仕事の基本的な
流れから、幼児教育の現状まで、懇切丁寧に
教えてくれるから助かるのだと、弥凪から
聞いていたが……実際に話してみて、彼女の
人となりがわかったので、僕はこの職場に
弥凪を導くことが出来て良かったと、あらた
めて思えた。

 「それにしても、羽柴さんが手話を話せる
のには驚きました。支援員の方で手話を習得
されている方って、少ないですよね?」

 僕と肩を並べて歩きながら、彼女が尊敬の
眼差しを向ける。ついさっき、ほんの二言三言
だけれど、僕は弥凪と手話で話をしたのだ。
 そのやり取りを間近で見た彼女は、感心した
ように頷いていた。

 「はい、多くはないと思います。でも、僕も
勉強を始めてまだ半年ちょっとなので、そんな
には……普通、手話を習得するまでには2年も
3年もかかるらしいですから、まだまだ学ぶ
ことだらけです」

 「でも、手話を勉強しようと思うだけ、偉い
と思いますよ。現場で必要性を感じていても、
なかなか忙しい時間を割いてまで勉強しよう
とは思えないでしょうから。教材は、テキスト
やビデオですか?」

 幼児教材の作り手だけあって、手話教材にも
関心があるらしい。僕は、ホワイトボードの前
で熱心に指導してくれる二人の顔を思い浮かべ
ながら、誇らしげに言った。

 「いえ、僕には専任講師がいるので、
教材は特に」

 そのひと言を聞き、彼女は何かを察したよう
に、目を細めたのだった。









 彼女と手を繋ぎ、いつもと同じ公園を散歩
する僕の視界は、広かった。

 どこまでも続く青い空に、白い雲。
 そよ風を受け、さらさらと葉を揺らす木々
は、人々の憩いの空間を鮮やかに彩っている。

 「あの子たち、楽しそうだね」

 隣を歩く弥凪から、明るい声が聞こえる。
 その声に目をやれば、芝生の真ん中で子供
たちが青いボールを追いかけて走り回っていた。
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