「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第六章:大安吉日

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 眼鏡の奥の目を細め、ダイニングテーブル
へと促してくれる。僕は頭を上げ、用意して
きた菓子折を差し出すと、促されるまま、弥凪
の隣の席に腰かけた。

 全員がテーブルにつき、食事が始まると、
弥凪の母親が和やかなムードを作ってくれた。

 「羽柴さんはカレーがお好きなんでしょう?
弥凪がカレー味の料理をいくつか作ったんで
すよ。お口に合うかしら?」

 その言葉に豪華な食卓を見れば、カレー風味
のラタトゥイユやクリームパスタ、カレー味の
ポテトサラダが並んでいる。その他にも、握り
寿司の桶盛りや唐揚げ、春巻きなんかもあっ
て、僕はさっそく弥凪お手製ポテトサラダを
口にしながら「とても美味しいです」と、満面
の笑みで頷いた。

 隣に座る弥凪は、時折、母親が交えてくれる
手話と口話とで、この場の会話を理解している
ようだった。母に向け、手話で語りかける弥凪
の薬指には、きらりとダイヤが輝いている。

 その指輪に目を留め、口元を綻ばせている
と、母親がビールのお代わりを注いでくれた。

 「それにしても、素敵なお家ですね。僕は
実家の方もマンション暮らしなので、こんな
広いお宅にお邪魔するのは初めてです」

 僕は身を乗り出してビールを注いでくれた
母親に思ったままを口にすると、なみなみと
注がれたビールを喉に流し込んだ。

 母親がはにかんで、父親と顔を見合わせる。

 「そうですか。この家を建ててからもう
15年になるんですけど、主人は警視庁の
副総監を務めていることもあって、あまり
家にはいないし、最近は娘もデートで家を
空けることが多いから、いつもガランとして
いるんですよ」

 「……っ!?」
 
 僕は飲んでいたビールを思わず吹き出しそう
になり、口元を押さえた。

 いま、すごいワードが聞こえた気が
したが……

 空耳だろうか?えっ、副総監???って、
あの刑事ドラマでよく見る、警察のお偉いさん?

 目を白黒させながら、父親と母親の顔を交互
に見ると、母親は「あら」と、頬に手をあて
て、小首を傾げた。

 「もしかして、弥凪から何も聞いていま
せんか?あそこに家族写真が飾ってあるの
見えますでしょう?弥凪の成人式の時のもの
なんですけど」

 やんわりとそう言って、テレビ横の壁の
辺りを見やった母親に、「すみません。僕は
何も……」と、首を振る。
 視線を辿れば、確かに、そこには、振袖を
着た弥凪を真ん中に挟み、警察服に身を包ん
だ父親と母親が写り込んでいた。

 緊張していたとは言え、まったく気付かな
かった。

 僕は、隣できょとん、としている弥凪の
足を、テーブルの下で突いてやりたい衝動を
堪えながら、斜め前に座っている父親を盗み
見た。
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