「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉

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第六章:大安吉日

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 もしや、障がい云々の話以前に、僕たちは
身分違いの恋なのだろうか?そんな不安から
つい、怯えたような目を向けてしまった僕に、
父親はまた眼鏡の奥の目を細める。

 「そう身構えず、楽にしてください。わたし
は警視監という堅苦しい職業ですが、家に
帰り、制服を脱げば、一人の父親ですから。
それに、わたしたちは、羽柴さんなら安心して
娘を任せられると思っているんです。真面目
にお仕事をされているようだし、弥凪のため
に手話も覚えてくれていると妻から聞いてい
ます。いい人に巡り会えて良かったと、話し
ているんですよ」

 穏やかにそう言って弥凪を見やる二人は、
僕に障がいがある、という事実を知らない。
 一瞬、このまま“僕のこと”を告げず、やり
過ごしてしまおうかという思いが脳裏を過った
が、すぐに思いなおした。いま、ここで隠し事
をしてしまえば、それこそ、ご両親の信頼を
失ってしまうだろう。
 だったら、ここで正直に打ち明けた方が
いい。いつか、視力を失っても二人で生きて
いける。ハナミズキの下で僕たちはそう、
誓い合ったのだ。

 僕は窺うように弥凪を見ると、ごくりと
唾を飲み、真っすぐ前を向いた。

 「おっしゃる通り、弥凪さんと話せるように
手話を学んでいます。でも、僕が勉強している
のは手話だけではないんです」

 躊躇いがちに、けれど、真剣な面持ちでそう
切り出した僕に、二人は僅かに表情を硬くした。
 母親が僕を覗き込み、問いかける。

 「まあ、他にもなにか?」

 「……はい。弥凪さんと二人で、点字の勉強
を。僕は、将来目が見えなくなるかも知れない
病気を持っておりまして、それで、“もしもの
時”のためにと」

 瞬時に、二人の顔色が変わった。特に、父親
の方はあからさまだった。眉間に深い皺を刻ん
でいる。弥凪はその様子から僕が何を話した
のか、察したのだろう。立ち上がり、キッチン
の台からホワイトボードを持ってくると、
それにカツカツと文字を綴り、二人に見せた。

 (純の病気はすごく進行が遅いから、心配し
なくても大丈夫。もし、いつか見えなくなった
としても、困らないように、いまから点字や
白い杖の練習もしてる。だから、何も心配しな
いで)

 ホワイトボードを胸の前にかざし、弥凪が
切実な目で訴える。

 「白い杖……って、それは完全に視力がなく
なってしまう病気なのかしら?差し支えなけれ
ば、病名を伺っても?」

 どんどん眉間の皺を深くしてゆく父親を横目
で見ながら、母親は遠慮がちに訊ねた。

 「はい。網膜色素変性症という病気です。
17歳の時に発症したんですけど。見た目では
わかりませんが、いま、僕の視野は普通の人の
半分もありません」

 「網膜色素……どこかで聞いたことが
あるな」

 包み隠さず、自分の障がいのことを語った
僕に、父親は独り言のように反芻した。
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