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18・執着の正体
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ベルタさんは手元のスプーンを置くと、私とディルを交互に見つめる。
「今のディルの肉体からはほとんど魂が抜け出して、その大部分がレナーテについているのよ」
「えっ!? そんなことがあるんですか!」
私は自分を見回した。
でもあの黒猫の姿はない。
「魂だから、基本的に姿かたちは見えないのよ。私も魂剥離の症例ならいくつか知っているけれど、魂のほとんどが別の相手に癒着するのは珍しいことね。その影響であなたはディルに執着されたり、感情が伝わっていたりしているはずだけど、思い当たることはない?」
そういえば昨夜から、私はディルに手を握られたまま寝たり、起きたときもだっこされていた。
それに私がカイのことを思い出していたら「俺ではない誰かのことを考えている」と言われたり……。
「思い当たることだらけです」
「やっぱりね」
「もしかして私が猫に変身できるようになったのも、その影響ですか?」
「そうでしょうね。ずいぶん根深く、ディルの魂には前世の想いが残っているようだから」
私が前世の生を終えたとき、カイがひたむきに駆け寄ってくるあの姿が浮かんでくる。
「レナーテに寄り添うディルの魂からは、たとえ自分の魂が削れて消える危険があっても、レナーテの元へ行きたいという強い意思が感じ取れるの。レナーテが猫に変身できるようになったタイミングを考えると、前世の記憶を取り戻したことがきっかけで、ディルの前世が引きつけられたのでしょうね」
つまりカイは自分の魂が剥がれる危険まで冒して、私のところにきて甘えたかった?
「だっこして撫でたい……!」
私は自分にぴったりくっついている黒猫の愛らしい姿を想像して悶えていると、私を膝にのせて撫でていたディルの手が止まった。
「あら……レナーテの従僕、本当にかわいい顔をしているわね」
「ベルタさんにもわかりますか!?」
世間一般には絶世の美丈夫に見えるはずだけれど、ディルが前世黒猫だったころの溢れるかわいさが、わかる人にはわかるらしい。
私は膝にのせてくれているディルを誇らしい気持ちで見上げると、なぜか拗ねたような表情をしていた。
「レナは今も、そいつのことばかり考えているな」
やっぱり私の感情が伝わっているらしい。
そいつだなんて、ずいぶん他人行儀な言い方をするけれど。
なぜか急に、機嫌が悪くなっているような……。
「私が考えていたのは、ディルの前世だよ。長身のディルには信じられないかもしれないけれど、私でも抱き上げられるくらいの大きさの、かわいい黒猫だったの」
「でも俺はそいつじゃない。ついでに言うなら、物心ついたころから猫は嫌いだった」
「えっ、猫が嫌い?」
「ああ。なぜか猫を見ると自己嫌悪のような不愉快さに憑りつかれる」
どうしてだろう、前世に影響されているとか?
でもそれならカイは猫だった自分が嫌いで、ディルに生まれ変わった今も影響されているということなのかもしれない。
一日中見ていても飽きないくらいかわいい存在なのに、もしかして前世から今まで、ずっと自分のことを無意識に嫌っているとか?
よくわからない。
でも私はディルのお腹のあたりに額を預けた。
「嫌いでも不愉快でも平気だよ。そんなことどうでもいいくらい、私があなたを大好きでいるからね」
「? 急にどうしてそうなった。だいたい従僕として、主に無駄なエネルギーを使わせるわけにはいかないだろう」
「従僕だから私の望むままにしてもいいと、ディルが言ったのよ」
「それは……」
見上げるとディルは黒猫のときのように、難しい顔をして黙っていた。
彼はどうすればいいかわからないとき、昔からこんな表情をする。
目が合うと、ディルは動揺した様子で私から顔をそらした。
どうしたんだろう、頬が少し赤いような……。
前世から人を警戒していたし、その名残りなのかもしれない。
あのときは怖い人たちに会って、痛い思いもしていた。
だけどずっと、あの子猫を自分だけで守ろうとしていたよね。
そういうところは心配だったけれど、嫌いになる理由になんてならないよ。
私は再び、額をディルにすり寄せた。
白猫のままだと、抱きしめるには腕が短かすぎるんだよね。
背後にいるベルタさんの方から、食器を置く音が鳴った。
「あら、生まれて初めて胸焼けしてきたわ……おかしいわね。アイスを食べ過ぎたつもりもないのだけれど」
「今のディルの肉体からはほとんど魂が抜け出して、その大部分がレナーテについているのよ」
「えっ!? そんなことがあるんですか!」
私は自分を見回した。
でもあの黒猫の姿はない。
「魂だから、基本的に姿かたちは見えないのよ。私も魂剥離の症例ならいくつか知っているけれど、魂のほとんどが別の相手に癒着するのは珍しいことね。その影響であなたはディルに執着されたり、感情が伝わっていたりしているはずだけど、思い当たることはない?」
そういえば昨夜から、私はディルに手を握られたまま寝たり、起きたときもだっこされていた。
それに私がカイのことを思い出していたら「俺ではない誰かのことを考えている」と言われたり……。
「思い当たることだらけです」
「やっぱりね」
「もしかして私が猫に変身できるようになったのも、その影響ですか?」
「そうでしょうね。ずいぶん根深く、ディルの魂には前世の想いが残っているようだから」
私が前世の生を終えたとき、カイがひたむきに駆け寄ってくるあの姿が浮かんでくる。
「レナーテに寄り添うディルの魂からは、たとえ自分の魂が削れて消える危険があっても、レナーテの元へ行きたいという強い意思が感じ取れるの。レナーテが猫に変身できるようになったタイミングを考えると、前世の記憶を取り戻したことがきっかけで、ディルの前世が引きつけられたのでしょうね」
つまりカイは自分の魂が剥がれる危険まで冒して、私のところにきて甘えたかった?
「だっこして撫でたい……!」
私は自分にぴったりくっついている黒猫の愛らしい姿を想像して悶えていると、私を膝にのせて撫でていたディルの手が止まった。
「あら……レナーテの従僕、本当にかわいい顔をしているわね」
「ベルタさんにもわかりますか!?」
世間一般には絶世の美丈夫に見えるはずだけれど、ディルが前世黒猫だったころの溢れるかわいさが、わかる人にはわかるらしい。
私は膝にのせてくれているディルを誇らしい気持ちで見上げると、なぜか拗ねたような表情をしていた。
「レナは今も、そいつのことばかり考えているな」
やっぱり私の感情が伝わっているらしい。
そいつだなんて、ずいぶん他人行儀な言い方をするけれど。
なぜか急に、機嫌が悪くなっているような……。
「私が考えていたのは、ディルの前世だよ。長身のディルには信じられないかもしれないけれど、私でも抱き上げられるくらいの大きさの、かわいい黒猫だったの」
「でも俺はそいつじゃない。ついでに言うなら、物心ついたころから猫は嫌いだった」
「えっ、猫が嫌い?」
「ああ。なぜか猫を見ると自己嫌悪のような不愉快さに憑りつかれる」
どうしてだろう、前世に影響されているとか?
でもそれならカイは猫だった自分が嫌いで、ディルに生まれ変わった今も影響されているということなのかもしれない。
一日中見ていても飽きないくらいかわいい存在なのに、もしかして前世から今まで、ずっと自分のことを無意識に嫌っているとか?
よくわからない。
でも私はディルのお腹のあたりに額を預けた。
「嫌いでも不愉快でも平気だよ。そんなことどうでもいいくらい、私があなたを大好きでいるからね」
「? 急にどうしてそうなった。だいたい従僕として、主に無駄なエネルギーを使わせるわけにはいかないだろう」
「従僕だから私の望むままにしてもいいと、ディルが言ったのよ」
「それは……」
見上げるとディルは黒猫のときのように、難しい顔をして黙っていた。
彼はどうすればいいかわからないとき、昔からこんな表情をする。
目が合うと、ディルは動揺した様子で私から顔をそらした。
どうしたんだろう、頬が少し赤いような……。
前世から人を警戒していたし、その名残りなのかもしれない。
あのときは怖い人たちに会って、痛い思いもしていた。
だけどずっと、あの子猫を自分だけで守ろうとしていたよね。
そういうところは心配だったけれど、嫌いになる理由になんてならないよ。
私は再び、額をディルにすり寄せた。
白猫のままだと、抱きしめるには腕が短かすぎるんだよね。
背後にいるベルタさんの方から、食器を置く音が鳴った。
「あら、生まれて初めて胸焼けしてきたわ……おかしいわね。アイスを食べ過ぎたつもりもないのだけれど」
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