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48・ガルハルト侯爵の令嬢
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***
その日、ティサリアはいつもより早い時間に朝食を終えると、馬車に乗り込んだ。
これから会う相手のことを思うと、胸が自然と高鳴ってくる。
(本当に久しぶり……!)
馬の軽快な蹄の音を耳に、のどかな田園風景を楽しみながら辿り着いたのは、広大な敷地面積を誇るガルハルト城だった。
厳めしい門の前に毅然と立つ、マルエズ王国竜騎士団の鎧を身につけた人が駆け寄ってくる。
相変わらずの長身だが、今は美しい群青の鎧と揃いの兜を外しているため、その人が目鼻立ちのきりりとした金髪ボブヘアの美女だとわかる。
どこか厳しさを感じさせる顔立ちだが、馬車から降り手を振って近づいて来るティサリアに気づくと、わずかに笑みが浮かんだ。
「ケリス、久しぶり!」
「ティサリア、元気そうだな」
ケリスは抑揚が少なく落ち着いた声色だが、ティサリアにはいつもより明るい口調だとわかって嬉しくなる。
「もちろん私は元気だよ。ケリスは相変わらず青い鎧が似合って素敵だね。はい、これ。約束のもの」
ティサリアは持っていた手かごを渡した。
中には裁縫途中の布が何枚も入っていて、後は最後の仕上げで完成するように作られている。
それは竜騎士の任務と令嬢の社交をこなす多忙なケリスが「裁縫小物を皆で持ち寄るお茶会がある」としょんぼりしていたため、ティサリアが提案したものだった。
「ティサリアは器用だな。裁縫の刺繍が繊細で美しいし、生地選びも品がある。準男爵家の夫人が、早くに亡くした娘とティサリアを見間違えたことが縁で、その方から習ったのだったな」
「うん。夫人ははじめ、あまり元気がなかったんだけれど、本当に裁縫が好きな方で、教えてもらっているうちに少しずつ笑ってくれるようになったんだよ。おかげで私も生地選びとか、ちょっとしたコツや工夫を加える楽しさも知って、オリジナルの作品まで作れるようになったし!」
「そうだな。上位貴族の令嬢たちは裁縫好きを自称する方も多いが、準男爵家の夫人がここまで見事な技を持っていることなど誰も知らないだろうな。もし知っても身分の差を理由にして、教わろうとすら思わないかもしれないが」
ケリスは微笑を浮かべて、ティサリアが準備してくれた生地を見つめる。
「ティサリア、ありがとう。どうも私は細かい作業が苦手なのだが……これを次のお茶会に間に合わせて持参するのが楽しみになったよ」
「本当は私が全部作りたいくらいだったんだけど、大丈夫?」
「もちろん。このきれいな生地を私の血で染めたりはしないよ」
「……無理はしないでね」
訓練よりも裁縫の方が傷だらけになる侯爵令嬢を心配していると、ケリスはなにやら別の袋に気づいて中を確認し、目にしたカラフルなマカロンに感嘆の声を上げた。
それは甘いものをさほど好まないケリスが唯一大喜びする甘い菓子で、休憩中に一息つけたらいいなと考えて、心を込めて作ったものだった。
「ティサリア、本当にいいのか? すごいな、こんなにたくさん……! 全て一人で食べたいのは欲深いだろうか」
頬を赤くして感激しているケリスの様子を見て、ティサリアも持ってきてよかったと胸をなで下ろす。
「ケリスは今日もお仕事があるんでしょう?」
「まだ少しは空いている。久々に会えたというのに、慌ただしくてすまない」
「気にしないで。リンは元気?」
「ああ、早速行こう。ティサリアに会えると聞いて、皆そわそわしているんだ」
その日、ティサリアはいつもより早い時間に朝食を終えると、馬車に乗り込んだ。
これから会う相手のことを思うと、胸が自然と高鳴ってくる。
(本当に久しぶり……!)
馬の軽快な蹄の音を耳に、のどかな田園風景を楽しみながら辿り着いたのは、広大な敷地面積を誇るガルハルト城だった。
厳めしい門の前に毅然と立つ、マルエズ王国竜騎士団の鎧を身につけた人が駆け寄ってくる。
相変わらずの長身だが、今は美しい群青の鎧と揃いの兜を外しているため、その人が目鼻立ちのきりりとした金髪ボブヘアの美女だとわかる。
どこか厳しさを感じさせる顔立ちだが、馬車から降り手を振って近づいて来るティサリアに気づくと、わずかに笑みが浮かんだ。
「ケリス、久しぶり!」
「ティサリア、元気そうだな」
ケリスは抑揚が少なく落ち着いた声色だが、ティサリアにはいつもより明るい口調だとわかって嬉しくなる。
「もちろん私は元気だよ。ケリスは相変わらず青い鎧が似合って素敵だね。はい、これ。約束のもの」
ティサリアは持っていた手かごを渡した。
中には裁縫途中の布が何枚も入っていて、後は最後の仕上げで完成するように作られている。
それは竜騎士の任務と令嬢の社交をこなす多忙なケリスが「裁縫小物を皆で持ち寄るお茶会がある」としょんぼりしていたため、ティサリアが提案したものだった。
「ティサリアは器用だな。裁縫の刺繍が繊細で美しいし、生地選びも品がある。準男爵家の夫人が、早くに亡くした娘とティサリアを見間違えたことが縁で、その方から習ったのだったな」
「うん。夫人ははじめ、あまり元気がなかったんだけれど、本当に裁縫が好きな方で、教えてもらっているうちに少しずつ笑ってくれるようになったんだよ。おかげで私も生地選びとか、ちょっとしたコツや工夫を加える楽しさも知って、オリジナルの作品まで作れるようになったし!」
「そうだな。上位貴族の令嬢たちは裁縫好きを自称する方も多いが、準男爵家の夫人がここまで見事な技を持っていることなど誰も知らないだろうな。もし知っても身分の差を理由にして、教わろうとすら思わないかもしれないが」
ケリスは微笑を浮かべて、ティサリアが準備してくれた生地を見つめる。
「ティサリア、ありがとう。どうも私は細かい作業が苦手なのだが……これを次のお茶会に間に合わせて持参するのが楽しみになったよ」
「本当は私が全部作りたいくらいだったんだけど、大丈夫?」
「もちろん。このきれいな生地を私の血で染めたりはしないよ」
「……無理はしないでね」
訓練よりも裁縫の方が傷だらけになる侯爵令嬢を心配していると、ケリスはなにやら別の袋に気づいて中を確認し、目にしたカラフルなマカロンに感嘆の声を上げた。
それは甘いものをさほど好まないケリスが唯一大喜びする甘い菓子で、休憩中に一息つけたらいいなと考えて、心を込めて作ったものだった。
「ティサリア、本当にいいのか? すごいな、こんなにたくさん……! 全て一人で食べたいのは欲深いだろうか」
頬を赤くして感激しているケリスの様子を見て、ティサリアも持ってきてよかったと胸をなで下ろす。
「ケリスは今日もお仕事があるんでしょう?」
「まだ少しは空いている。久々に会えたというのに、慌ただしくてすまない」
「気にしないで。リンは元気?」
「ああ、早速行こう。ティサリアに会えると聞いて、皆そわそわしているんだ」
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