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紫雲の章
16
しおりを挟む望がヴェルジネと入れ替わりに龍馬のもとに戻ってきてすぐ、二人はその場にしゃがみ込み、指先で地面に何かを書き込みながら「あーでもない、こうでもない」と議論を始めた。
《…お前ら、何してんだ?》
緊迫した場面にも関わらず、相変わらずの空気を醸し出す二人に、ククルカンが呆れた声で話し掛ければにやりと口角を持ち上げた。
「何って…あのおばさんをとっちめる計画?」
「どうやって懲らしめようかと思って」
二人のあくどい表情に、ククルカンはその顔を盛大に顰めた。ヒガディアルは呆れているような空気を纏いながら、苦笑を滲ませている。
《ほう?妾を懲らしめる、とな。実に愉快な事を申す者どもよ》
「そらどうも」
カーリーの言葉に微笑んだ龍馬の左腕の袖が弾け飛んだ。
現れた白い焔。それは人の形を模る。
「アザゼル様、弥兎様」
白い炎の花弁を纏って現れたのは、アザゼルと弥兎の二人。途端、愉快気に笑っていたカーリーの表情が不愉快に歪んだ。
《何と、まあ…忌々しき者どもが現れたものじゃ…》
《そりゃ、どうも》
舌を出し、ひらりと手を振り龍馬と同じ言葉を吐く。
《…さすが、親子だな》
ククルカンは盛大に呆れ返る。
《気に食わん》
カーリーが指を横に凪げば、風が刃となって襲い掛かる。
《喧しいわ、クソババア》
弥兎が嘲笑交じりの笑みで言い放てば、風の刃が弾かれ砕け散った。笑顔で平然と吐き捨てた弥兎に、龍馬の頬が引き攣る。そして、カーリーの表情も強張った。
「うわー…」
秀麗な見た目を裏切るその口振りに望に似たものを感じるが、その望ですら僅かに引いている。
《地の宝玉が無くちゃ、自我すら保つ事が出来ない子だったかな?パールヴァティー》
弥兎の周りが陽炎のように揺らめく。彼は自身の炎を持たない。相手が放ったものを纏い、倍以上の威力にて跳ね返すからだ。それは、炎だけに限らず、全ての属性に言える事である。
《俺に攻撃したって、無意味な事も忘れているのかな?》
にやりと口角を吊り上げ、両手に砕け散った筈の風が集まり出す。
「ちょ、弥兎様、何か趣旨変わってない?」
弥兎は止めに入った龍馬を振り返り、ニッコリと微笑んで見せると、風の塊を躊躇いなくカーリーへ放り投げた。
軽い動作で投げたはずの風の飛礫は、恐ろしい速度で宙を駆ける。
《ふん、小賢しい》
カーリーが左手を翳し、風の壁でそれを防いだ。
しかし。
「小賢しいのはどっちだよ」
―ザンッ
カーリーの首が跳ね上がった。しかし、その唇がニヤリと持ち上がる。離れた首と胴体が、靄になり霧散した。
《威勢の良い童じゃ》
女の指が背後から望の頬を撫でた。肌が粟立ち、舌打ちと共に赤華扇で凪げば、薄気味悪い笑い声を残して再び霧散する。
《意味無き事》
楽しそうな声が、頭上から響く。
その様を眺めながら、ククルカンはがりがりと頭を掻いた。
《さて…どうしたものか…》
「どうしたもこうしたも…お前の妻であろう?」
冷え切ったヒガディアルの声に、ククルカンは肩を落とす。
《…め、面目ない》
情けないククルカンの声に、龍馬が笑いを堪えるように口元を押さえた。
ヒガディアルは仕方ないと息を吐き出すと、一度目を閉じ、精神を研ぎ澄ます。揺らめく気が炎へと変化し、ヒガディアルの周りを乱舞する。
「 ほのか 火霞」
呼び掛けに答えるように炎の華が舞い、龍馬に降り注ぐ。
手のひら大の火球が渦を巻きながらゆっくりと降りてくる。龍馬が反射的に両手を差し出せば、炎が形を変え、尾の大きな小さな赤狐と成る。真紅の双眸が、キョトンと龍馬を見上げている。
「先日、フェニーチェが連れて来た。精霊樹の根元に生まれていたらしい」
赤狐はコンと一声上げると、炎の帯となって弥兎へと飛翔する。
《うん、いい子だ》
弥兎はそれだけ呟くと、緩やかな動作でカーリーを指し示す。示された導に従い、見えない道筋を辿り、蛇が獲物に襲い掛かるような勢いで炎の帯がカーリーの腕に巻き付いた。
《ふん、このような炎なぞ…》
振り払おうと、腕を持ち上げようとした。が、腕がピクリとも動かない。アザゼルが追い討ちを掛けるかのように、炎の帯に白の焔を纏わせ強化する。
《龍馬》
アザゼルが龍馬の後ろに立つ。
《あの者の額には、宝玉が隠されている。それを砕けば、僅かながらも奴の力を削げる。地の宝玉の気配が近付いている故、時間稼ぎにはなろう》
穏やかな低い声で耳打ちされ、どこか照れ臭くも感じる。
望と目配せをし、頷き合う。
「それじゃ」
「いっちょ派手に」
「やっちゃいましょか!」
龍馬は鳴響詩吹を、望は赤華扇を構えて飛び出した。
同時にカーリーの目が光る。現れた数多の風の刃が、大地から現れた水晶の剣山が二人を襲う。風の刃は体を捻り得物で砕きながら避け、水晶の側面を強く蹴り加速しながら宙を舞う。二人の得物が振り上げられ、体重の乗った一撃がカーリーを襲った。
《甘いわ!》
更に目の輝きが増し、二人の攻撃を壁が阻み、激しく火花が飛び散る。
―バチンッ!
圧し負けた瞬間、二人の体は勢い良く弾き飛ばされた。背後に迫るのは水晶群。咄嗟に精霊力で体を覆い、水晶を砕き散らしながら勢いを殺し、靴底で地面を削りながら止まった。
カーリーは鼻で嗤う。
《妾の両腕を封じただけで、勝てるとでも思うたか?妾は汝らの守護神ぞ。汝らを消すなぞ、造作も無い事じゃ。それでも挑むと言うのかえ?》
カーリーの傲慢な言葉に、龍馬達は舌を出す。
「当たり前でしょ」
「守護神だからって引いてたまるか」
力の差を示して尚、臆する事無く構えを取る子供達に、カーリーは幾度目かの高笑いのあと、怒りを露わに咆哮した。
《ならば、汝らの魂ごと粉々にしてやるわっ!》
カーリーの周りが金色に輝き出し、更に強い光を放った瞬間、彼女の前の空間が歪み、津波が押し寄せてきた。
「はあ!?琥珀っ!」
「クプレオ!」
二頭の竜の咆哮が響いた瞬間、吐き出された炎の渦が津波と衝突する。ほぼ同等の力だったのか、爆発の衝撃波と暴風とともに一瞬のうちに消え去った。
不機嫌そうな龍馬と望。
不愉快そうなカーリー。
無言の睨み合いが続く。
「弥兎様」
《なーに?龍馬》
「あの人の腕を解いて、最高に強い結界張ってくれません?多分、精霊力の戦り合いじゃ、こっちが不利だ」
《…了解、スィーレ。お三人さん、お願い》
弥兎が声を掛ければアザゼルの足元から白い焔が、ヒガディアルの足元から紅蓮の焔が、ククルカンの足元から漆黒の焔が勢い良く高く舞い上がる。
《させるわけが無かろう!》
拘束が無くなったカーリーが、ダアトめがけて飛翔する。
「こっちの台詞だよ!」
龍馬の左腕から黒豹が飛び出し、望が薙いだ炎が白獅子へと変貌する。二頭の獣は、カーリーの首と足に牙を立て、噛み砕く。
その隙を逃すはずもない。
《『融合』》
かしわで拍手と共にダアトの声が柔らかく木霊した。その声に呼応した三種の焔が、絡み合いながら弥兎へと降り注いだ。
「ええ!?」
龍馬の狼狽した声が響く。が、焔の中、弥兎の閉ざされた瞼がゆっくりと開かれる。
《『解放』》
呟いた瞬間、弥兎を中心に焔が広がり、専用稽古場を結界が囲んだ。二代の精霊王と守護神の焔が作り上げた史上最強の結界の完成である。
それを確認する間も無く地面を蹴った。
その瞬間。鼻腔を擽った臭いに、動きが止まる。弾かれたように臭いの出所に目を向ければ。
「ベル…?」
「康平…!」
康平の背中が、華奢なヴェルジネの体を覆い隠している。
その背中の心臓の位置。
鈍い輝きを放つ血を纏った刃。
康平の服が赤を吸い、重なる二人の足元にじわりじわりと広がる血溜まり。それに伴って濃くなって行く鉄錆の嫌な臭い。
康平の背中が傾ぎ地に伏せば、白い肌を真っ赤に染めたヴェルジネが現れる。そのまろい頬を流れる幾筋もの涙。
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