宝石の加工屋さん

仁蕾

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 「ふんふふーん……たらったー……」
 男の柔らかな声で紡がれるのは、ぐずる赤子をあやす為の子守歌だ。
 遠い昔に母が、父が、自身の為に歌ってくれていた歌。自分が誰かのために歌っていた歌。今では歌詞も曖昧で、旋律だけが頭に、耳の奥に焼き付いて離れない今では滅んだ村の歌。
 歌の合間に音を奏でるのは、純銀で造られた男の仕事道具。ナイフや小さなハンマーなど、いくつか並ぶ道具の持ち手には同じ花紋が刻まれている。小さく刻まれた花は、雛罌粟ひなげし
 さく、さく、と小気味良く音を立てながら純銀のナイフが素材を切り、とんとんとんと優しい力でハンマーを操る。ある程度薄く伸ばしたら、のし棒で更に伸ばす。
 指先で折っては重ね、歪んだ箇所を馴染ませる作業を何度も繰り返し、小さく息を吐き出した。
「出来た…」
 満足げに呟いた男の手元には、きらりきらりと輝く小さな花束。その煌めきは生花では有り得ない。凛と咲くその花は、鉱石『タンザナイト』で造られたもの。
 我が子を見るような、慈愛の眼差しで花束を見つめる男の名は、キーク・ユ・ウェル。特殊な道具で宝石や宝珠を容易く加工する事が出来る『宝石加工職人』を生業とする青年だ。
 何度造り直した事か。
 しばらくの間、満足の行く出来に仕上がったタンザナイトの花束を眺めていたキークは、それを半円のケースにそっと納めて蓋をした。もちろん、そのケースも鉱石で出来ており、水晶を叩いて伸ばして作り上げた観賞用ケースだ。
 戸を開いて工房を出たキークは、月明かりだけが照らす部屋を抜けて外に出る。
「ようこそお越しくださいました」
 振り仰いだ先には、美しい紫檀の鱗を煌かせた勇壮な存在。天龍族だ。
『おお、キーク殿。我が来訪に気付かれておりましたか』
「鳥や獣が静かでしたから」
 キークは手にしていた小さな花束を天龍へと差し出した。
「こちらがご注文頂いた品になります。お納めください」
 花束を目にした天龍は、瑠璃色の双眸を輝かせて宝石の花束に顔を寄せた。
『これは何と美しい!キーク殿、素晴らしい!』
 有難い有難いとその双眸からはらはらと歓喜の涙を零す。
 最初の頃は大袈裟だなと苦笑していたが、天龍族は感情が豊かな種族でもある。喜ぶときは大いに喜び、悲しむときは深く悲しむ。慣れた今となっては、注文にそえたかどうかのバロメーターにしているのは秘密だ。
 鋭い牙に掛けられた布袋に花束をそっと入れ込んだ。
『我が妻も喜びましょう』
「それならば、私も嬉しい。細君によろしくお伝えください」
 目の前の天龍の細君は巫女だ。龍には極小の花束でも、人であれば丁度良いサイズである。
 天龍は何度も礼を述べ、空へと舞い上がった。
 その姿が見えなくなった頃、「さて…」と息を吐き出す。視線を落とせば、草の上に散った青い宝石の数々。先ほどの天龍の涙である。これが今回の報酬だ。
 一粒摘み上げて、天に掲げる。
「うん、綺麗だ…」
 余計な感情の無い、純粋な喜びに満ちた涙が成した宝石は月明かりを反射して美しかった。

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