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旦那様は魔王様≪最終話≫

違和感 1

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 奇天烈きてれつな外観の邸の中にしては、意外なほどまともだった。

 アンティーク調の家具に囲まれたリビングに通され、紅茶を飲みながら、にこにこと嬉しそうに微笑んでいる父の顔を見上げる。

「君がここに来るのははじめてだねぇ。噂で聞いたけど、お嫁さんをもらったんだって?」

 連れてきてないの? とわくわくしたまなざしで見つめられて、シヴァはどうしたものかと考える。

 シヴァは、父、ルードヴィッヒが少し苦手だった。

 嫌いなのではない。だが、苦手なのだ。この人は、いつもにこにこしていて、考えていることが読めないのだ。幼少期を思い返しても、怒られた記憶はほとんどないのだが、どうしてか子供のころはこの笑顔に威圧感を感じたものだ。

「沙良は……、連れてきていませんが」

「そうなの。残念。沙良ちゃんって言うんだね」

「ええ……」

 会話が続かない。

 やはりステファに手紙を託すのが最善だったと足元を見下ろせば、シヴァの足元に寝そべったステファはくうくうと幸せそうに眠っていた。

「ステファも君が来て嬉しいみたいだね」

「はあ」

「それで……」

 ルードヴィッヒは膝の上で指を組むと、笑顔のまま小さく首を傾げる。

「何の用だろう?」

 君がわざわざ来たのだから、よほどの用事なのだろう、と訊ねられて、シヴァは黙って持ってきていた本を差し出した。

 ルードヴィッヒは本を受け取ると、目を丸くした。

「古代魔法の本じゃないか。君がこんなものを読むなんて珍しいね。興味ないのに」

「事情がありまして」

「事情って?」

 パラパラと本をめくりながら、ルードヴィッヒが訊ねる。

 ルードヴィッヒは古代魔法に精通しているのだ。どうやらその本も目を通したことがあるらしく、読みながら「そう言えば流星群の日だったねぇ」とつぶやいている。

 シヴァは紅茶を飲み干すと、父親を見上げた。

「セリウスが……、沙良に古代魔法をかけました」

「は?」

 ルードヴィッヒが驚いたように顔をあげた。

「セリウスくんが、なんだって?」

「ですから、沙良に古代魔法を……」

「この本に書かれた魔法かい?」

「……本人は、そうだと」

 ルードヴィッヒは本を閉ざして笑顔を消した。

「その……、沙良ちゃんは、セリウスくんの恨みでも買ったのかな?」

「え?」

「だから……、新婚早々、かわいそうだけど、こんなものを持ち出すほどセリウスくんを怒らせてしまったなんて……」

「ま、待ってください」

 シヴァは慌てて父の言葉を遮った。

「その本、何の魔法が書かれているんですか?」

 星と記憶に関する本ということはわかるが、すべてを読み終えたわけではないシヴァには、父の言わんとすることがわからない。

 ルードヴィッヒはキョトンとして、

「え? だから、沙良ちゃんは記憶を消されて廃人になってしまったんでしょう? この本は古代の処刑法に関する本だよ。星を使って記憶を―――生まれてから現在までのすべての記憶を消す魔法が載ってるんだが……あれ、違うの?」

「違います!」

 そんなに恐ろしい内容が書かれていたのか。

 シヴァは額を抑えてため息を吐く。

「……逆です。沙良はセリウスに気に入られてしまったんです。そして、あの阿呆はよりにもよって、沙良の記憶を操作したんです。過去の記憶を上書きして……。おかげで、俺の嫁になったことを覚えていないどころか、セリウスの嫁になったことになっています」

 沙良の記憶がおかしくなり、近づくだけで怯えられるとシヴァが嘆けば、ルードヴィッヒはパチパチと目を瞬いた。

「なるほど、セリウスくんはこの魔法を応用して使ったのか。さすが僕の息子、賢い―――じゃなくて、つまりシヴァくんは、沙良ちゃんの記憶をもとに戻したいんだね?」

「そうです」

「へえ……」

 ルードヴィッヒはしげしげと息子の顔を見た。

「シヴァくんが、一人の女性の記憶にそれほどこだわるなんて……。なんだか夢を見ているみたいだよ」

「……」

 シヴァは反論できずに口を閉ざした。確かに、父の知るころのシヴァであれば、たかだか女一人の記憶の中から自分とすごした時間が消えようと、怯えられようと、気にも留めなかっただろう。だが、自分でも驚くほど、沙良の中からシヴァとすごした時間が消えたことに衝撃を受けたのだ。怯える顔を見た瞬間絶望したのだ。だから取り戻したいと思った。仕方ないじゃないか。

 ルードヴィッヒは優雅な所作で紅茶を口に運ぶと、にっこりとお得意の笑顔を浮かべた。

「沙良ちゃんが、好きなんだねぇ」

 今度は、驚くのはシヴァの番だった。

「……え?」

「どうして驚くの? 愛してるんでしょう? だから取り戻したい。違う?」

「……それ、は」

 考えたこともなかった。

 沙良のことは大切だ。気に入っているし、そばにいないと落ち着かない。妻に迎えたのは確かだし、沙良を抱きしめていると気分がいい。だが、沙良はまだ子供で――

(好き……、か)

 はっきり言って、この感情が何なのか、よくわからなかった。

 好きか嫌いかと聞かれれば好きだと答えるだろう。だが女性として愛しているのかと聞かれれば即答できない自分がいる。いや、この微妙な距離感を詰めることを、躊躇ためらっている自分がいるのだ。

「……沙良は、俺のものです」

 だから、シヴァが答えられたのは、この言葉だけだ。沙良はシヴァのもの。セリウスにくれてやるつもりは毛頭ないのだ、と。

「そうか。……でも―――」

 ルードヴィッヒがシヴァに本を返しながら、言いにくそうに口を開いたとき。

「ただいまあ、あなたぁー」

 おっとりと間延びした声が聞こえて、波打つ金髪に青い瞳をした、少女のように愛くるしい顔立ちの女性がリビング飛び込んできた。
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