上 下
66 / 69
野心と陰謀と

5

しおりを挟む
「よかったら、踊りませんか?」

 王太子ウィルフレドにそう声をかけられたのは、パーティーも終盤にさしかかったときのことだった。

 ウィルフレドはファーストダンスを踊ったあと、妃であるミルフィア王太子妃をそっちのけで、国の重鎮であろう人たちと話し込んでいた。時折その重鎮たちに女性を紹介され、ダンスを踊っているのを見ながら、イリアはミルフィアがかわいそうになったものだ。ミルフィアにとっていくら望まない結婚だからと言って――、いや望まない結婚だったからこそ、彼女は大切にされるべきだし、ウィルフレドも彼女を気遣うべきなのだ。

 そして、いつも優しく甘やかしてくれるクラヴィスが婚約者である自分は、なんと恵まれているのだろうとしみじみと思った。だからこそ、この身にかえても絶対にクラヴィスを守って見せる。彼のためなら、命すら惜しくない。

 もともとウィルフレドにいい印象を持っていないイリアは、気がつかないうちに、じっとりした目で彼を見つめていた。

 そして、そんなときだった。急に上座に戻って来たウィルフレドに、ダンスに誘われたのは。

 イリアはハッとしてクラヴィスを見た。彼は笑顔を浮かべていたが、心の中で面白くないと思っているのはありありとわかった。しかし招待を受けたとはいえ、外交に来ているのだ。その国の王太子の誘いを無碍にできるはずもなかった。

「いっておいで」

 クラヴィスは寛大な婚約者を装った。だが、その目が「早く切り上げて戻ってくるんだよ」と言っているのをイリアは感じ取って、小さく頷いた。

 ウィルフレドの手を取ってダンスの輪に加わると、イリアはすぐに、この王太子がダンスが上手だと気がついた。リードは巧みで、相手に不安を抱かせない。

「やはり、お上手ですね。妖精と踊っているようだ」

 ウィルフレドにささやかれて、イリアは愛想笑いを浮かべた。以前にもこの王子に妖精に例えられたことを思い出した。

「殿下もとてもお上手ですわ」

「そう言っていただけると嬉しいですよ」

「あら、お世辞ではありませんよ。とても踊りやすいです」

 ウィルフレドとのダンスが楽しいか楽しくないかはさておき、踊りやすいのは確かだった。イリアがそう言うと、ウィルフレドが面白そうに目を細めた。

「――クラヴィス殿下より?」

 これにはイリアは返事が返せなかった。

 するとウィルフレドは笑った。

「意地が悪かったですね。忘れてください」

 確かに意地悪だ。けれど、内心はどうであれ、イリアに頷くことは許されない。

「いえ……、どちらも、甲乙つけがたいですわ」

 イリアはそう言って、早くこの時間が終わることを切に願った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

手加減を教えてください!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:248

全て殿下の仰ったことですわ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,076pt お気に入り:2,310

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:1,533pt お気に入り:2,625

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:584

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,855pt お気に入り:2,163

わたしはお払い箱なのですね? でしたら好きにさせていただきます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:34,407pt お気に入り:2,592

【完結】あなたにすべて差し上げます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,640pt お気に入り:5,703

処理中です...