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野心と陰謀と
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「よかったら、踊りませんか?」
王太子ウィルフレドにそう声をかけられたのは、パーティーも終盤にさしかかったときのことだった。
ウィルフレドはファーストダンスを踊ったあと、妃であるミルフィア王太子妃をそっちのけで、国の重鎮であろう人たちと話し込んでいた。時折その重鎮たちに女性を紹介され、ダンスを踊っているのを見ながら、イリアはミルフィアがかわいそうになったものだ。ミルフィアにとっていくら望まない結婚だからと言って――、いや望まない結婚だったからこそ、彼女は大切にされるべきだし、ウィルフレドも彼女を気遣うべきなのだ。
そして、いつも優しく甘やかしてくれるクラヴィスが婚約者である自分は、なんと恵まれているのだろうとしみじみと思った。だからこそ、この身にかえても絶対にクラヴィスを守って見せる。彼のためなら、命すら惜しくない。
もともとウィルフレドにいい印象を持っていないイリアは、気がつかないうちに、じっとりした目で彼を見つめていた。
そして、そんなときだった。急に上座に戻って来たウィルフレドに、ダンスに誘われたのは。
イリアはハッとしてクラヴィスを見た。彼は笑顔を浮かべていたが、心の中で面白くないと思っているのはありありとわかった。しかし招待を受けたとはいえ、外交に来ているのだ。その国の王太子の誘いを無碍にできるはずもなかった。
「いっておいで」
クラヴィスは寛大な婚約者を装った。だが、その目が「早く切り上げて戻ってくるんだよ」と言っているのをイリアは感じ取って、小さく頷いた。
ウィルフレドの手を取ってダンスの輪に加わると、イリアはすぐに、この王太子がダンスが上手だと気がついた。リードは巧みで、相手に不安を抱かせない。
「やはり、お上手ですね。妖精と踊っているようだ」
ウィルフレドにささやかれて、イリアは愛想笑いを浮かべた。以前にもこの王子に妖精に例えられたことを思い出した。
「殿下もとてもお上手ですわ」
「そう言っていただけると嬉しいですよ」
「あら、お世辞ではありませんよ。とても踊りやすいです」
ウィルフレドとのダンスが楽しいか楽しくないかはさておき、踊りやすいのは確かだった。イリアがそう言うと、ウィルフレドが面白そうに目を細めた。
「――クラヴィス殿下より?」
これにはイリアは返事が返せなかった。
するとウィルフレドは笑った。
「意地が悪かったですね。忘れてください」
確かに意地悪だ。けれど、内心はどうであれ、イリアに頷くことは許されない。
「いえ……、どちらも、甲乙つけがたいですわ」
イリアはそう言って、早くこの時間が終わることを切に願った。
王太子ウィルフレドにそう声をかけられたのは、パーティーも終盤にさしかかったときのことだった。
ウィルフレドはファーストダンスを踊ったあと、妃であるミルフィア王太子妃をそっちのけで、国の重鎮であろう人たちと話し込んでいた。時折その重鎮たちに女性を紹介され、ダンスを踊っているのを見ながら、イリアはミルフィアがかわいそうになったものだ。ミルフィアにとっていくら望まない結婚だからと言って――、いや望まない結婚だったからこそ、彼女は大切にされるべきだし、ウィルフレドも彼女を気遣うべきなのだ。
そして、いつも優しく甘やかしてくれるクラヴィスが婚約者である自分は、なんと恵まれているのだろうとしみじみと思った。だからこそ、この身にかえても絶対にクラヴィスを守って見せる。彼のためなら、命すら惜しくない。
もともとウィルフレドにいい印象を持っていないイリアは、気がつかないうちに、じっとりした目で彼を見つめていた。
そして、そんなときだった。急に上座に戻って来たウィルフレドに、ダンスに誘われたのは。
イリアはハッとしてクラヴィスを見た。彼は笑顔を浮かべていたが、心の中で面白くないと思っているのはありありとわかった。しかし招待を受けたとはいえ、外交に来ているのだ。その国の王太子の誘いを無碍にできるはずもなかった。
「いっておいで」
クラヴィスは寛大な婚約者を装った。だが、その目が「早く切り上げて戻ってくるんだよ」と言っているのをイリアは感じ取って、小さく頷いた。
ウィルフレドの手を取ってダンスの輪に加わると、イリアはすぐに、この王太子がダンスが上手だと気がついた。リードは巧みで、相手に不安を抱かせない。
「やはり、お上手ですね。妖精と踊っているようだ」
ウィルフレドにささやかれて、イリアは愛想笑いを浮かべた。以前にもこの王子に妖精に例えられたことを思い出した。
「殿下もとてもお上手ですわ」
「そう言っていただけると嬉しいですよ」
「あら、お世辞ではありませんよ。とても踊りやすいです」
ウィルフレドとのダンスが楽しいか楽しくないかはさておき、踊りやすいのは確かだった。イリアがそう言うと、ウィルフレドが面白そうに目を細めた。
「――クラヴィス殿下より?」
これにはイリアは返事が返せなかった。
するとウィルフレドは笑った。
「意地が悪かったですね。忘れてください」
確かに意地悪だ。けれど、内心はどうであれ、イリアに頷くことは許されない。
「いえ……、どちらも、甲乙つけがたいですわ」
イリアはそう言って、早くこの時間が終わることを切に願った。
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