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突然の同居 1
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ラルフが今日から一か月、バベッチ家に住むらしい。
クリスからの委任状を持ってやって来たラルフを前に、オーレリアは固まってしまった。
家族を失ってからオーレリアも茫然自失の体だったので、確かに伯爵家の政務は滞っている。執事のケネスが代行できるところは仕切ってくれたようだが、当主もしくはそれに準ずる人間の決裁が必要な書類は執務室に積まれたままだ。
オーレリアには当主権限が与えられていないから、バベッチ家の当主もしくはそれに準ずる人間とは認められない。書類は積み上がる一方で、サンプソン家に決裁権限を委任された代行者を頼もうと思っていたところだったから、ラルフが来てくれたのはありがたい。けれど。
(……一緒に住むんだ……)
権限を与えられた代行者がその邸に住むことは珍しくないけれど、ラルフと一緒に住むと言うのは緊張する。ラルフから求婚される前だったら何も思わなかったかもしれないけれど、あの日から妙に意識してしまって、距離が近づいただけでドキドキするのだ。
執事のケネスが、ラルフを連れて二階の客室へ上がった。ラルフが使っている客室は決まっている。ラルフは何度もバベッチ家に泊ったことがあって、いつも東側の客室を使っているのだ。……ちなみに、オーレリアの部屋の二つ隣である。
部屋に荷物をおいて、ラルフがケネスとともに階下に戻ってきた。玄関ホールに立ち尽くしていたオーレリアはハッとして、彼をダイニングに通す。昼をすぎたばかりだったから、たぶんラルフは昼食を食べずにサンプソン家から移動してきたに違いないと思ったのだ。
ケネスも心得たもので、料理長に頼んでラルフに軽食を用意させる。
「助かる。腹が減ってたんだ」
ラルフが笑って、出されたサンドイッチを頬張った。
何となく、テーブルを挟んで彼の前の椅子に座ったオーレリアは、ラルフが美味しそうにサンドイッチを食べるのを見つめながら訊ねる。
「うちは助かるけど、ラルフはクリス様の護衛として働きはじめたばかりでしょ? よかったの?」
「ん? ああ。もちろん。オーレリアと結婚したら俺の仕事になることだし」
「け……!」
「あ、もちろん、オーレリアが承諾してくれればの話だぞ?」
オーレリアがボッと赤くなると、ラルフは楽しそうに笑った。
ラルフが結婚なんて言うから否が応でも意識してしまって、オーレリアは小さく俯く。
オーレリアが照れてもじもじしている間に、サンドイッチをぺろりと平らげたラルフは、さっそく仕事をすると言って立ち上がった。
「あ、じゃあ執務室の鍵を渡すね。鍵は今、わたしが持ってるの」
重要書類がある執務室の管理は厳重だ。特に当主がいないのだから気をつけなければならなくて、鍵はオーレリアが責任を持って管理することにしていた。
鍵はオーレリアの自室の金庫の中に収めているので、ラルフと一緒に二階に上がる。部屋に入ると、ラルフがふと思い出したように、「なあ、あのウサギは?」と訊いてきた。
「うさぎ?」
「ほら、お前が子供のころ大切にしてた、白いウサギのぬいぐるみ」
言われて、オーレリアはすぐに合点がいった。オーレリアが小さいころに、どこに行くのでも一緒だった白いウサギのぬいぐるみ。オーレリアは金庫から執務室の鍵を出してラルフに手渡した後で、続き部屋の寝室へ向かった。ベッドの枕元に置いてあったウサギを持って部屋に戻る。
「これでしょ?」
「そうそう、それ。なあ、ちょっとそれ、昔みたいに抱きしめて見てくれない?」
「いいけど……」
ラルフはいったい何がしたいのだろうか。不思議に思いつつも、オーレリアがぎゅっとウサギのぬいぐるみを抱きしめると、ラルフは満足したように笑った。
「ああ、いいな。やっぱオーレリアはそういうふわふわしたのが似合うよな」
「ええっと……もしかしなくても、子ども扱いしてる?」
「してないしてない」
ラルフはくしゃりとオーレリアの髪を撫でる。
「お前は昔っから可愛いなってこと」
「へ⁉」
「じゃ、俺、仕事してくるから」
ラルフがひらひらと手を振って部屋から出ていくと、オーレリアは抱きしめていたウサギのぬいぐるみに顔をうずめる。
「……もう、なんなの?」
結婚の話にしろ今にしろ、ラルフはどうして平然とオーレリアが照れるようなことを言うのだろうか。
「なんか、わたしだけドキドキしてバカみたいじゃない……」
クリスからの委任状を持ってやって来たラルフを前に、オーレリアは固まってしまった。
家族を失ってからオーレリアも茫然自失の体だったので、確かに伯爵家の政務は滞っている。執事のケネスが代行できるところは仕切ってくれたようだが、当主もしくはそれに準ずる人間の決裁が必要な書類は執務室に積まれたままだ。
オーレリアには当主権限が与えられていないから、バベッチ家の当主もしくはそれに準ずる人間とは認められない。書類は積み上がる一方で、サンプソン家に決裁権限を委任された代行者を頼もうと思っていたところだったから、ラルフが来てくれたのはありがたい。けれど。
(……一緒に住むんだ……)
権限を与えられた代行者がその邸に住むことは珍しくないけれど、ラルフと一緒に住むと言うのは緊張する。ラルフから求婚される前だったら何も思わなかったかもしれないけれど、あの日から妙に意識してしまって、距離が近づいただけでドキドキするのだ。
執事のケネスが、ラルフを連れて二階の客室へ上がった。ラルフが使っている客室は決まっている。ラルフは何度もバベッチ家に泊ったことがあって、いつも東側の客室を使っているのだ。……ちなみに、オーレリアの部屋の二つ隣である。
部屋に荷物をおいて、ラルフがケネスとともに階下に戻ってきた。玄関ホールに立ち尽くしていたオーレリアはハッとして、彼をダイニングに通す。昼をすぎたばかりだったから、たぶんラルフは昼食を食べずにサンプソン家から移動してきたに違いないと思ったのだ。
ケネスも心得たもので、料理長に頼んでラルフに軽食を用意させる。
「助かる。腹が減ってたんだ」
ラルフが笑って、出されたサンドイッチを頬張った。
何となく、テーブルを挟んで彼の前の椅子に座ったオーレリアは、ラルフが美味しそうにサンドイッチを食べるのを見つめながら訊ねる。
「うちは助かるけど、ラルフはクリス様の護衛として働きはじめたばかりでしょ? よかったの?」
「ん? ああ。もちろん。オーレリアと結婚したら俺の仕事になることだし」
「け……!」
「あ、もちろん、オーレリアが承諾してくれればの話だぞ?」
オーレリアがボッと赤くなると、ラルフは楽しそうに笑った。
ラルフが結婚なんて言うから否が応でも意識してしまって、オーレリアは小さく俯く。
オーレリアが照れてもじもじしている間に、サンドイッチをぺろりと平らげたラルフは、さっそく仕事をすると言って立ち上がった。
「あ、じゃあ執務室の鍵を渡すね。鍵は今、わたしが持ってるの」
重要書類がある執務室の管理は厳重だ。特に当主がいないのだから気をつけなければならなくて、鍵はオーレリアが責任を持って管理することにしていた。
鍵はオーレリアの自室の金庫の中に収めているので、ラルフと一緒に二階に上がる。部屋に入ると、ラルフがふと思い出したように、「なあ、あのウサギは?」と訊いてきた。
「うさぎ?」
「ほら、お前が子供のころ大切にしてた、白いウサギのぬいぐるみ」
言われて、オーレリアはすぐに合点がいった。オーレリアが小さいころに、どこに行くのでも一緒だった白いウサギのぬいぐるみ。オーレリアは金庫から執務室の鍵を出してラルフに手渡した後で、続き部屋の寝室へ向かった。ベッドの枕元に置いてあったウサギを持って部屋に戻る。
「これでしょ?」
「そうそう、それ。なあ、ちょっとそれ、昔みたいに抱きしめて見てくれない?」
「いいけど……」
ラルフはいったい何がしたいのだろうか。不思議に思いつつも、オーレリアがぎゅっとウサギのぬいぐるみを抱きしめると、ラルフは満足したように笑った。
「ああ、いいな。やっぱオーレリアはそういうふわふわしたのが似合うよな」
「ええっと……もしかしなくても、子ども扱いしてる?」
「してないしてない」
ラルフはくしゃりとオーレリアの髪を撫でる。
「お前は昔っから可愛いなってこと」
「へ⁉」
「じゃ、俺、仕事してくるから」
ラルフがひらひらと手を振って部屋から出ていくと、オーレリアは抱きしめていたウサギのぬいぐるみに顔をうずめる。
「……もう、なんなの?」
結婚の話にしろ今にしろ、ラルフはどうして平然とオーレリアが照れるようなことを言うのだろうか。
「なんか、わたしだけドキドキしてバカみたいじゃない……」
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