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湖には魔物がすんでいる!?

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 スノウが目を覚ましたのは、日が傾き、宵闇が空の大半を覆いはじめたころだった。

 彼女はまだ不安そうな顔をしていたが、それでも幾分か落ち着いたようだった。

 食事を取って、風呂に入ったあと、ベッドの淵に腰かけたヴィクトールは、膝の上にスノウを横抱きに抱えて、まだどこか強張った表情の彼女の顔を覗き込む。

「スノウ、何があったの?」

 頭を撫でながら訊ねると、スノウはきゅっと唇を引き結んだまま、不安そうな目をヴィクトールに向ける。

「何か怖いことがあったんだよね?」

 スノウはこくんと頷くと、ヴィクトールの胸に顔をうずめた。

「あそこに――、町の広場に何かあった?」

「―――……いたの」

「え?」

 スノウは昼間のことを思い出して怖くなったのか、小刻みに震える手で、ヴィクトールのガウンをぎゅっと掴む。

「いたの。……旦那様、いた」

「旦那様?」

 ヴィクトールは首をひねって、――ハッとした。

 スノウが「旦那様」と呼ぶ人間――、ヴィクトールが知っているのは、それは二人。

 スノウの背に鞭のあとを残し、彼女の心に深い傷を負わせた男と、その男に売られて次に仕えた男。次の男はスノウを傷つけるようなことはしなかったと言うが――、スノウが断片的に語った話を聞く限り、給金もなく朝から晩までこき使われていたようだった。

 その「旦那様」だが、二人のうち一人は火事で命を落としている。

 つまり、「生きている」旦那様は、ただ一人――

(……まさか、こんなところにいるなんてね……)

 ヴィクトールの青銀色の瞳が暗く沈む。

 スノウは昔のことを多く語ろうとしないが、ヴィクトールのもとに来てしばらく、夜にうなされていたから、彼女がその「旦那様」にどんな扱いを受けていたのかは優に想像できる。

 ――旦那様、ごめんなさい。ごめんなさい、ぶたないで……。

 毎夜のようにうなされていたスノウがうわ言のようにつぶやいていたのは、暴力をふるう主人に対して許しを請う言葉ばかりだった。

 ヴィクトールは、ぎゅっとスノウを抱きしめる。

「スノウ……、その旦那様はどこにいた?」

 ヴィクトールの声は、自分でも驚くほど低く掠れていたが、震えているスノウはその声色には気がつかなかったようだ。

「広場の、真ん中」

「……真ん中?」

 ヴィクトールがぐっと眉を寄せる。

「――その男は、グレーのベストを着ていた?」

「……うん」

 ヴィクトールはスノウを抱きしめたまま、冷たい目で虚空を睨んだ。

(まさか……、あの男だったなんてね)

 笑っていないヴィクトールの口の端が、ゆっくりと持ち上がる。

 ヴィクトールは、スノウと暮らすようになって――、彼女を愛して、一つ決めたことがあった。

 それは――

(念のためと思って、銃を持ってきていてよかったな)

 ――スノウを傷つけた男を、この手で殺すことだった。
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