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オレンジの中の音
しおりを挟む「あははっ! なにこれっ!」
その日、事務所の扉を開いた朔良を待っていたのは、櫂の笑い声だった。
「それホント頑張ったんよぉさくちゃん!」
笑い声に続き聞こえてくるKANの甲高い声。
「なに? どうしたの?」
ドサッと荷物を床に置き朔良は楽しそうにはしゃぐふたりの背後に立った。そこには、先日撮影したばかりの素材がPC上に並べられていて、それをKANが編集しているようだった。
「おぉ、朔良お疲れぇ~」
「なに見てんの?」
「お前この3Pやべぇんやけどー」
「あぁ……改めて見られるとなんかヤダな……」
「いいじゃんなぁ! ラスト素で笑ったわー」
くるくると椅子を回しながら、櫂は笑った。
特に用事がなくても、最近は事務所に来ることが多くなった。
「最近どうした? 暇なん?」
「大学近いし、櫂から事務所いるって連絡来たから」
「仲良しやなぁ~」
「俺は現実逃避」
「いつも逃避しとるな」
「なにから逃避してんの……」
そんなことを話しながらKANはパソコンに向かう。
カタカタと動画を切り貼りし、つなぎ合わせ、そしてモザイクを丁寧にかけていく。
「邪魔せんとってやぁ編集終わらして今日は家で寝るでなぁー」
「えぇ! KANちゃん帰っちゃうの?」
「なんでや! ココ家ちゃうで帰るわ!」
「家賃もったいないからココ住めばいいのにー」
作業を邪魔する櫂を追い払うようにKANは、編集作業部屋から2人を追い出した。
「あーーマジあーゆうキャラ羨ましいわ~」
「いや難しかったから!」
「あ、そいや見た?手紙とかめっちゃ来とった」
「え、どれ?」
部屋の片隅に積まれた段ボール。
そこには綺麗に包装された箱や手紙が大量に入っており、イベントの日に見た光景と同じだった。
「え、これココに届いたの?」
「そーらしい」
「すーげぇーーー」
朔良は1通の手紙を徐に手に取った。
『朔良くんへ』
と書かれた綺麗な文字。
中を開けるとそこには、ビッシリと朔良への想いが書かれていた。ダイニングテーブルに座り、それを読む。
『櫂くんとの絡みを見て好きになりました』
『絡みの時の表情がエロすぎます』
『腕の筋肉のラインが好きです』
『バックの時の背骨が綺麗で見惚れます』
思わず苦笑いしてしまうような、自分ではわからない彼女たちの言う魅力とやらが朔良の心を悪戯にくすぐる。
「なににやけとんの?」
「いや……なんか、照れるなこれ……」
髪を掻きながら、朔良は笑った。
「よくんなとこ見てんなぁーってのとかさ、いろいろあるよなぁ」
「つーかなにこれ、服とかプレゼント?」
「らしいよぉーすげぇよなぁ……」
包装を開けるとそこには洒落たシャツ、パンツ、アクセサリーなど様々なモノが溢れ出てくる。
「なぁ朔良ぁ」
「んー?」
手紙に目を通す朔良を、櫂がじーっと見つめる。
「髪型、変えねぇの?」
「あー……前も言ってたよなぁ……」
「こだわり?」
「いや……逆。こだわりがなさすぎてコレ」
「じゃぁさ……切っていい?」
「は?」
「切りたい」
櫂は自分の鞄をガサゴソ漁りながら、ニヤリと笑った。
朔良は一瞬頬を強張らせ、出会ってから今日までの櫂とのやりとりを脳内に浮かべた。
浮かべたそこに、大した情報はなかった。
つまり、櫂の、何も知らなかった。
「櫂……美容師なの?」
「ん? 違う」
「え? 違うの?」
「うん、でも昔から人の髪よく切ってて。好きなんだよね」
鞄の中から散髪用のハサミを取り出し、チョキチョキと動かしてみせる。続いてビニール製のケープを取り出し、バサリと朔良にかけた。
「こんなんいつも持ち歩いてんの?」
「んや、朔良の髪切りたいなぁと思っとってさ。今日はそのつもりで来た」
「まじか!」
「そんな切らないよ、ちょっとだけ」
櫂はそう言って、朔良の髪に触った。
大きめの鏡をテーブルに置き、それを見ながらハサミを動かす。
首筋に触れる手が、くすぐったい。
長くて綺麗な指が、首筋、耳元を微かに撫でる。
「誰の髪、切ってたの?」
「ん? 妹」
「へぇ~……兄ちゃんに髪切らすなんて仲いいんだな」
「まぁ、そうだなぁ」
「髪型、どうすんの?」
「カタチ整えるだけ。ずっと気になってて」
櫂はハサミを入れている後頭部の髪を触り、「ほらココのボリューム」と、わしゃりと髪に手を入れた。
その手の中にある髪を確認して、また櫂はハサミを鳴らす。鏡に映る櫂のその顔は、少しだけ口角を上げていて、そしてその瞳は、まっすぐに刃先に向けられていて。
「櫂……楽しそうだなぁ」
「楽しいよ」
「じゃあこれから櫂に切ってもらおっかな」
「まじ!? 全然やる!」
瞳をキラキラ輝かせる。
子供のように。
そんな表情を見て朔良は、頬を緩めた。
真剣な眼差しを自身の後頭部に向ける櫂から、朔良はファンの手紙に視線を落とした。
静かな、平日の午後。
夕陽が部屋に深く差し込み、オレンジに照らされた手紙に朔良は、目を細める。
カサリと、紙を開く音。
シャキシャキと、ハサミの当たる音。
カタカタというキーボードを叩く微かな音。
無音の中に在る、それぞれから生じる音が、心地よく響く。
小さく開いた窓からひんやりとした風が吹き込み、さらりとカーテンが揺れた。
「なんか……小さい頃思い出すなぁ……」
「小さい頃?」
「学校から帰ってさ、俺家に1人だったからこんな感じで静かでさ」
「うん……」
「自分の出した音とかにビックリしてたなぁ……」
「なんだそれ! 可愛いなチビ朔良」
視線は毛先に向けられたまま、櫂は口を開けて笑う。
なぜだろう。
この静かな空間。
オレンジに染まる手紙。
鏡に映る櫂の顔も、オレンジに染まる。
眉間にシワを寄せ、目を細めるその瞳。
それぞれの意識は違うところにあって、それぞれが奏でる音が調和して、その音がカラダに染み込むような。
心地よさが、朔良を包む。
同時に、幼少期をなぜか思い出し、少し胸が、チクリと傷んだ。
1人で過ごす夕刻時。
窓を開けると外から聞こえるのは、周りの家から聞こえる笑い声。
そんな傷みを胸にしまい、今この空間の心地よさに、身を預ける。
「なぁ、どう?」
「できた?」
「ほら、ココ。軽くなっただろ?」
「おーほんとだ。すげぇ」
カタチを整えただけ、という櫂の顔は満足気で、伸びていた髪は軽くふわりと立ち上がっていた。
「おわっ! 静かやと思ったらなにやっとるん!」
「え? 髪切っとった」
「はぁ!? なんで首にかけるのはあるのに床は気にせぇへんのや! 新聞紙とかいろいろあるやろ!」
「あー、掃除機かけりゃいいかなと思って」
「誰がかけるんねんそれは!」
カチャリと扉を開けたKANは床に散らばった黒い髪に驚き声を上げ、櫂はそれには動じず軽く受け流す。
先ほどまでの静けさが嘘のように、あっという間に賑やかになる。
「シャワーあびてくるわー」
朔良はそんなふたりを横目に、浴室へとそそくさと逃げる。
「いや朔良歩くと毛が落ちるねん!」
「大丈夫大丈夫」
叫ぶKANの声を背に聴きながら、朔良はパタンと扉を閉めた。
扉の向こうから聞こえる賑やかな声と、掃除機の音。
賑やかなその音にすら、朔良の心はなぜか抉られるような、はたまた何かに掴まれるような、そんな感覚の中にいた。
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