偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる

中村まり

文字の大きさ
55 / 105
最終章 

舞踏会の出来事

しおりを挟む
壮麗な女王陛下の閣議室にこの国の重鎮と言うべき人物がずらりと顔を揃えていた。マクナム伯爵位の継承問題で事態はようやく進展を見せ、皆が晴れ晴れとした気持ちで部屋に訪れるはずの人物を待ち構えていた。

今日、初めて、マクナム将軍の後継者がこの部屋を訪れるのだ。国の中枢を担う人物しか入れないこの閉鎖的な場所に、女王を除けば女性が入室するのは初めてのことだ。

「ジュリア・フォルティスです。女王陛下の命により参りました」

澄んだ声の主が扉をあければ、そこには王太子エリゼル殿下、今の将軍閣下、そして、評議員の代表を務める人々。皆一様に豪華な衣装を纏い、特権階級に所属する人物だと一目でわかる。

どの人物もジュリアから見れば、雲の上の人ばかりだ。その中には当然、ガルバーニ公爵も含まれる。二人の婚約はまだ公のものではないので、人前では一応の節度をお互い保っていたが。

「フォルティス、よう参ったな」

息をのみ覚悟を決めた様子で女王の前に片膝を突くジュリアに、女王は威厳のある口調で語りかけた

「ジュリア・フォルティス、そなたに、リチャード・マクナム伯爵の爵位ならびにその財産を継承させることが決まった」

「ありがたくお受けさせていただきます」

そんなジュリアに女王は親しげな微笑みを浮かべて言った。

「そなたが、マクナムの娘であることは紛れもない事実。非嫡子ではあるが、そなたがマクナム家を継ぐべきだと、我も思うのじゃ」

「誠にありがたいお言葉です。父が聞いたら、さぞ喜んでくれるかと思います」

静かに頭を垂れて控えるジュリアに、将軍が歩みよった。

「フォルティス・・・いや、マクナム伯爵、立つがよい。我が王国の一翼を担う人材として、我々は喜んで迎え入れよう」

「ありがとうございます」

すっと立ったジュリアに、周囲の重鎮達は拍手を惜しまなかった。

「ジュリア・フォルティス・マクナム伯爵。正式な爵位譲渡は来月になるが、その地位と義務を全うし、生涯、王家に忠誠を尽くすと誓うか?」

「はい。誓います」

そういったジュリアを囲み、男達は彼女の肩を叩いて歓迎した。

王国始まっての女性の伯爵が誕生した瞬間だった。

「・・・本当に、父にそっくりだな。ただ、線が細いがね」

将軍が目を細めてジュリアに笑いかけた。ジュリアは緊張して、将軍に向かい合ったのだが、将軍は、気にするなという風に手を振った。

「もし、困ったことがあったら、私を父と思い、何でも相談されるがよいだろう。本来なら私が君の後見になりたかったのだが、マクナム家と親交の深いガルバーニ家に君の後見を奪われてしまったよ」

将軍が朗らかに笑えば、ジョルジュが横から静かに遮った。

「・・・それは、ガルバーニ家の当然の権利だと思いますが」

「はは。一本とられたな。誠にその通りだ。ガルバーニ以外にマクナムの後見人としてふさわしい男はいないだろうさ」

「お褒めの言葉をありがとうございます。将軍」

「このまま、公爵に嫁にもらってしまえ」

将軍が冗談とも本気ともつかない言葉を言い出す。

「・・・そうですね。将軍閣下のお許しが出れば、今すぐにでもさらって行きたいと存じますが」

「はは、たまには面白いことを言うね。ガルバーニ卿。君は冗談が言えない男だと思っていたが」

それが本気であることを将軍は知らず、軽口を叩いていた。ジュリアは、二人の関係を見破られているようでドキドキしてしまったのだが、将軍は思いのほか、上機嫌だ。

将軍の髪には白髪がぽつりぽつりと混じり初めていた。年が幾つかは分からなかったが、きっと父が生きていれば、この人と同じくらいの年なのだろうと思った。これで、ジュリアは晴れて貴族の一員として認められたのだ。

将軍はまるで自分の娘を見るような目でジュリアを見守っていた。ジュリアが見返せば大丈夫だというように頷いてくれた。

「それで、皆にもう一つ発表がある」

王太子エリゼルが皆の前で、厳かに口を開いた。

「本日より、ジュリア・フォルティス・マクナム伯爵は、騎士団の仕事の傍ら、私直属の枢機院の一員として迎え入れることとした」

周囲には、大きなざわめきが起きた。王族が主導する権威のある委員の一員に選ばれたのだ。この委員会に入れることは非常な名誉となり、将来的には国の立法などを手がけることになる。一騎士から選ばれるというのは、何十年もの出世のステップを一気にすっとばして上り詰めるに等しい。

「静かに。彼女はクレスト伯爵領で素晴らしい手腕を発揮した」

重厚な円卓を囲む年齢のいった男達に拍手で迎え入れられ、ジュリアの功績を称える男たちを前に、ジュリアは、静かに立ち上がった。

「ご評価いただきましてありがとうございます」

他になんと言えばいいのか、ジュリアにはそれ例外の言葉を思いつくことが出来なかった。まさか、枢機院の一員に入るとは思ってもみなかったのだ。歓迎ムード一色の中で、到底、辞退させていただきます、とは言えない状況に陥ってしまった。マクナム伯爵位を継承する代りに、とても重い責任につくことにもなる。

ジュリアは内心ため息をついた。王族の仕事であれば、簡単に辞める訳にはいかない。それに・・・これから殿下と顔をつきあわせる機会も格段に増えることだろう。

上品な衣装を纏った白髭の年をとった温厚そうな男性が柔やかに笑顔を浮かべてジュリアに近寄ってきた。その男の目尻には、今までの経験の深さを示す深い皺が刻まれている。その男も感極まった様子でジュリアの肩を親しげに叩いた。

「マクナム様が見たら、さぞかし感激されるであろう。父から受けついだ責務を十分に果たされるがよろしい」

「女性がこの職務に就くことは前代未聞だが、貴女なら間違いなく我々の期待に応えるだろう」

この老人が女王の意見番である元老院の一人であったことをジュリアが思い出したのは、それより随分後のことだったが。



その夜、宮廷の豪華絢爛な舞踏会が催され、カトリーヌ王女ももとより、ジュリアも列席していた。ジュリアの伯爵継承のパーティーは数日先であったが、ジュリアはすでに歴とした伯爵家の一員となることが知れ渡っていた。

「王女様、本日は一段とお美しゅうございますわ」

カトリーヌ王女に貴族達がずらっと群がり、一言、ご挨拶をと列を成す。舞踏会はまだ始まったばかりだ。

そんな舞踏会で一人、気合いの入っている男がいた。

「今日こそ、我が愛しの姫君とのロマンチックな出会いを果たすのだ」

カール・ルセーヌ侯爵が準備万端で舞踏会に挑もうとしていた。鏡の前で念入りに今日の装いをチェックする。ブラウンの髪、服装すべて完璧だ。

「侯爵様、やっと念願が果たせる時がやってまいりましたね」

従僕が励ますように言えば、侯爵もまた任せておけと言う風に自信満々だ。

「わたしたちは、これからロマンチックな出会いを果たし、お互いに離れられない存在となるのだ」

侯爵は、マクナム伯爵を見つけ一歩を踏み出した。



短くてすみません。続きは近日中にすぐにアップしますのでお楽しみに!
しおりを挟む
感想 901

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。