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最終章 

最終話~5

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「公爵様、緊急の伝令にございます」

公爵家の執事が息を切らせて慌てて執務室へと駆け込んできた。その様子を見て、珍しいこともあるものだ、と思いながらジョルジュは何事かと執事を見つめた。どんな時でも徹底して冷静な様子しか見せない執事がいつにもなく取り乱しているのを見たことがなかったからだ。

「どうした?何かあったか?」

そんなジョルジュに構わず、執事は口を開いた。

「ジュリア様が、負傷されたそうでございます。伝令が、直接公爵様に詳しいご報告をしたいと緊急の謁見を願いでております」

「なんだと? すぐに通せ」

慌ててジョルジュの執務室にどかどかと入ってきた男は実に酷い有様だった。所々、剣による裂傷があり出血し、髪は乱れている上に泥だらけだ。きっと馬を飛ばし、乱れた身なりを構わずに駆けつけてきたのだろう。疲労困憊した様子を隠そうともしないで、伝令は開口一番からジョルジュが聞きたくないことから報告を始めた。

「ジュリア様が、敵の襲撃中に矢を受け、崖から転落したとのことです」

ジョルジュは一瞬、自分の心臓が止ったような気がした。嫌な予感はやはり本物だったのだ。それでも、この男は自分が一番、知りたいことを伝令は伝えていない。

「それで、ジュリアは無事か? 今、どこにいるのだ?」

「川に流され、そまま姿を見失ってしまったとのことですが、すでに、騎士団の一部のものが探索に当っております」

「彼女を見失ったのはどの辺だ?」

鋭い声で問いただすジョルジュを前に、伝令も出来るだけの情報を伝えようと必死だ。早くジュリアを救出しなくてはならないと彼の胸の直感はそう告げていた。

「バレリア渓谷の峠近くの急流です」

「他のもの達はどうした?騎士団の中にもガルバーニ家のものを数名紛れ込ませておいたはずだ。フランチェスコや、ベネットはどこにいる?」

そう、ガルバーニ公爵家の息のかかった騎士達も少なからず王立騎士団の中に存在する。フランチェスコとベネットはそのうちの二人だ。

「はい、彼らは騎士団より即刻、離脱し、そのまま下流でジュリア様を引き続き探索しております」

「よし。いいか、ここで食事をとったら、すぐにガルバーニ領へと向え。そして、ビクトール・ユーゴに、すぐにガルバーニ領の騎士団をジュリアの探索に出向くように伝えろ。全員、かり出して捜索させろ」

「かしこまりました」

「私もできる限り早く出立し、ジュリアを見失った近くの拠点で、ユーゴと落ち合う」

「了解しました」

男はジョルジュの目を見て力強く頷いた。徹夜で飲まず食わずで馬を飛ばしてきた伝令は、ここで栄養補給をしてトンボ帰りで公爵領へと足を向けるのだ。男の強靱な体力にジョルジュは感謝した。

「マーカス」

ジョルジュは鋭い声で執事を呼んだ。

「すぐに出立の支度を。ジュリアを救出に向うぞ」

「はい。奥様のためでしたら、私で出来ることでしたら喜んで」

ジョルジュはすっくと立ち上がり、手早く出立の準備を始めた。一刻以内には、バレリア渓谷に向けて出立できるはずだ。



その頃、ガルバーニ公爵家の配下で、騎士団の一員でもある男達は、ジュリアの行方を求めて探索していた。ジュリアが流されていった渓流は狭く流れが速いため、川沿いに歩くことが出来ず、切り立った崖を伝いながら一歩一歩慎重に歩みを進めていく。

「おい、あそこ!」

崖に捕まるようにして、歩みを進めているフランチェスコが声をあげれば、ベネットも彼が指をさした場所を見た。川岸に倒れているのは、おそらくジュリア様だろう。二人は彼女を見失わないように木々を抜け崖を伝い、彼女のすぐ近くまで来た時だった。

「しっ。誰かいる」

川岸に倒れているのはジュリア様で間違いなかった。しかし、彼女の周囲を敵国の騎士とおぼしき男達が囲んでいるのが見える。距離が遠く、全てを聞き取ることは難しかったが、その会話の一部も聞こえてきた。

「・・・ だ」

「クレオールの・・裏切り・・・」

木陰から垣間見える彼女は、意識を失っているようだ。肩に矢が刺さったまま微動だにしない。二人は心配そうに彼女の様子を見つめるが、今、姿を現して返り討ちに遭う訳にはいかない。彼女の居場所を公爵に報告しなくてはならないのだ。

それでも、ジュリアが生きていると知り、二人はほっとした色を顔に浮かべ、小声で囁きあった。

「よかった。彼女は・・・まだ生きている」

「ああ」

だが、かなりの負傷を負っている様子だ。彼女を取り囲んでいる男が、 「オーティス様」と呼ばれていることは聞き取れた。その男は高級そうな衣装を纏っているし、かなりの手練れと見える騎士を数人伴っていることから、高位の貴族だと言うことがわかる。おそらく隣国の手の内のものだろう。

「あいつら、ジュリア様をどうするつもりだ?」

「わからん」

二人が息を潜めて見守る中、オーティスと呼ばれた男は、彼女の傍らに跪き、首から下げているネックレスを何やら熱心に調べている様子だった。

「この女を馬に乗せろ。我が城に連れて帰る」

男は力強い口調で騎士達に命令した。言われた通り、男たちはジュリアを馬の鞍に俯せに乗せた。ジュリアはまだ意識を失ったままで、馬からだらりと手足がぶら下がったまま揺れる。彼女の体から水がぽたりとしたたり落ち、肩にはまだ矢が刺さったままだった。今、矢を抜けば、大量に出血するかもしれないが、幸運なことに出血量はそれほどでもないと、ベネットは判断した。

「くそ、あいつらジュリア様を連れて帰るつもりだ」

フランチェスコが吐き捨てるように言い、慌てて剣に手をやった所をベネットがけん制した。

「待て。フランチェスコ。今出て行くのはまずい」

「なんでだ?」

声は小さいが怒りを隠そうともしないフランチェスコにベネットは小声で言った。

「ジュリア様は激しく負傷している。我々が奴らを倒して連れ帰る間に、彼女が息を絶ってしまわないとも限らない。奴らは、きっとこの近くにある拠点へと連れて帰り、彼女の手当をするに違いない」

「なんで近くにあると分かるんだ?」

「犬がいたろ?」

「だから?」

「犬は長距離の遠征には向かない。馬のスピードに追いつけないからな」

「・・・なるほど」

「それにあいつらの着ている服は長距離用の外套ではない。この近くに拠点があるはずだ」

「確かにそうだな」

「今、あいつらと戦っても、俺たち二人じゃ多勢に無勢だ。せいぜい返り討ちに遭うのが関の山だ。だから、まず奴らに彼女を連れて帰らせ、ジュリア様を手当した段階で、援軍を連れて奪回したほうが賢いと言うことだ」

「それは・・・・」

一瞬言葉に詰まったフランチェスコだったが、確かにその言い分にも一理ある。ベネットの言葉に、素早く考えを巡らせ、彼の目を見て力強く頷いた。

「お前の言う通りだ」

「ほら、奴らが出立する。行くぞ」

「ああ。見失わないようにしないとな」

負傷したジュリアを馬の背に乗せている限り、馬を疾走させることは出来ないはずだ。敵は犬を連れていることだし、徒歩でも十分追跡可能だ。

男達は、静かに几帳面なほどに適当な距離をおいて、ジュリアの行く先を追った。
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