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最終章
最終話~8
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それから数日後のこと。
「いいか、くれぐれも変なことを考えるなよ」
ザビラの要塞都市の中央にある城の一室で、ジュリアは捕らわれの身になっていた。無言のまま監視にちらと目をやったが、看守の態度がぞんざいで、なんだかむかついたので、その存在を完璧に無視してやった。
あたりを見渡せば、窓には鉄格子がはめられているし、手には鎖の手錠が掛けられている。窓の外には、ちらほらと雪が舞い降りているのだが、部屋の中は予想に反して、とても暖かい。
ジュリアに与えられたドレスは高級なものだし、天蓋つきのベッド、床には高級な敷物が敷き詰められている。これは通常の捕虜の扱いでは絶対にない。捕虜であれば、地下牢につながれ、藁の敷物しかない場所で、飢えと凍えに悩まされるのが定石だ。
「お前がエリゼル殿下の花嫁候補だと言われていなければ、この対応はない」
看守は忌々しげにジュリアに向って言う。
隣国内では摩訶不思議な噂が流れているもんだとジュリアは思ったが、それを否定せず、無言で看守をやりすごした。その誤解はそのままにしておいたほうが安全だ。そのおかげで、捕らわれの身とは言え、手厚く介護され、十分な待遇を受けられるからだ。
エリゼル殿下のお妃候補なんて、本当は不本意なのだけれど。
「マクナム様、薬湯をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
侍女から薬草を煎じた薬を受け取り、ジュリアは、熱い薬湯に鼻をよせて匂いを嗅ぐ。
青臭いこの香りには覚えがある。鎮痛、消炎の効果がある薬湯だ。
毒が入っていないことを確認して、ジュリアはそれに口をつけた。苦いが我慢して飲みくだすより他にないだろう。この薬湯も、とても質のよいものだ。その効果はジュリアもよく知っている。
結局、隣国も騎士団の情報は入手できているらしく、自分がマクナム伯爵であることはすぐに判明したようだ。そして、何故か、エリゼル殿下の第一妃候補というあまりありがたくない箔までついているため、王族に準じて、とても丁寧な扱いを受けている。王族、貴族が捕らわれになった場合、国の間で条約が取り交わされており、捕虜の扱いにも細かい規定があるのだ。お互いの王族が万が一、捕虜になった場合、保険としてかけておいた条約なのだ。
ジュリアは恨めしそうに足の怪我を見た。足はまだ言うことを聞いてくれずに、歩くことはままならないが、肩の傷は感染症を起こすことなく、順調に回復してきている。手はまだ少し不便だが、医師は、全快すると保証をつけてくれた。これも全て、捕虜としては破格の待遇のおかげだ。
薬湯を片手に窓の外を眺めれば、自分がいる城の外には何層にも渡って、高い防御壁がそびえ立ち、ここが頑健な要塞であることは否応なくわかる。
ザビラ ─ 騎士であれば誰もが知っている難攻不落の要塞。その内部を一度見てみたいと思ったことがあったが、まさか、自分が捕らわれの身になり、ザビラの内側からそれを見ることになるとは思ってもみなかった。幾重にも厳重に張り巡らされた警備網を、この怪我で、たった一人で敵を破って逃げおおせるとも思えない。この要塞の騎士達は一流の腕を持つ精鋭たちだ。怪我をしていないジュリアが本気で挑んだとしても勝てるかどうかも疑わしい。
─ まさしく手も足も出せないのはこのことか。
今は、自分がエリゼル様の妃候補ということになっているようだから、しばらくは安全だろう。
当然、ジョルジュのことをジュリアは忘れてはいなかった。窓の横に置かれた椅子の上に腰掛ければ、侍女がジュリアの膝に毛布を掛けてくれた。
薬草を飲み干した後のカップを侍女に返し、ジュリアは膝を抱えて座ったまま、冷たい石の壁に背をもたれかけて彼のことをじっと考えた。
ジョルジュは今、どうしているだろうか? 彼のことだから、きっととても心配しているはずだ。せめて、無事を知らせてあげたかったが、今のジュリアにはその願いは叶わぬものだ。
侍女がそんな自分を胡散臭そうに眺めていたが、ジュリアはそんなことは一切気にせず、ただひたすら、彼は今、どうしているのだろうかと、そればかり考えていた。
彼が恋しかった。それも、たまらないくらいに彼に会いたかった。
◇
「いいか、くれぐれも変なことを考えるなよ」
ザビラの要塞都市の中央にある城の一室で、ジュリアは捕らわれの身になっていた。無言のまま監視にちらと目をやったが、看守の態度がぞんざいで、なんだかむかついたので、その存在を完璧に無視してやった。
あたりを見渡せば、窓には鉄格子がはめられているし、手には鎖の手錠が掛けられている。窓の外には、ちらほらと雪が舞い降りているのだが、部屋の中は予想に反して、とても暖かい。
ジュリアに与えられたドレスは高級なものだし、天蓋つきのベッド、床には高級な敷物が敷き詰められている。これは通常の捕虜の扱いでは絶対にない。捕虜であれば、地下牢につながれ、藁の敷物しかない場所で、飢えと凍えに悩まされるのが定石だ。
「お前がエリゼル殿下の花嫁候補だと言われていなければ、この対応はない」
看守は忌々しげにジュリアに向って言う。
隣国内では摩訶不思議な噂が流れているもんだとジュリアは思ったが、それを否定せず、無言で看守をやりすごした。その誤解はそのままにしておいたほうが安全だ。そのおかげで、捕らわれの身とは言え、手厚く介護され、十分な待遇を受けられるからだ。
エリゼル殿下のお妃候補なんて、本当は不本意なのだけれど。
「マクナム様、薬湯をお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
侍女から薬草を煎じた薬を受け取り、ジュリアは、熱い薬湯に鼻をよせて匂いを嗅ぐ。
青臭いこの香りには覚えがある。鎮痛、消炎の効果がある薬湯だ。
毒が入っていないことを確認して、ジュリアはそれに口をつけた。苦いが我慢して飲みくだすより他にないだろう。この薬湯も、とても質のよいものだ。その効果はジュリアもよく知っている。
結局、隣国も騎士団の情報は入手できているらしく、自分がマクナム伯爵であることはすぐに判明したようだ。そして、何故か、エリゼル殿下の第一妃候補というあまりありがたくない箔までついているため、王族に準じて、とても丁寧な扱いを受けている。王族、貴族が捕らわれになった場合、国の間で条約が取り交わされており、捕虜の扱いにも細かい規定があるのだ。お互いの王族が万が一、捕虜になった場合、保険としてかけておいた条約なのだ。
ジュリアは恨めしそうに足の怪我を見た。足はまだ言うことを聞いてくれずに、歩くことはままならないが、肩の傷は感染症を起こすことなく、順調に回復してきている。手はまだ少し不便だが、医師は、全快すると保証をつけてくれた。これも全て、捕虜としては破格の待遇のおかげだ。
薬湯を片手に窓の外を眺めれば、自分がいる城の外には何層にも渡って、高い防御壁がそびえ立ち、ここが頑健な要塞であることは否応なくわかる。
ザビラ ─ 騎士であれば誰もが知っている難攻不落の要塞。その内部を一度見てみたいと思ったことがあったが、まさか、自分が捕らわれの身になり、ザビラの内側からそれを見ることになるとは思ってもみなかった。幾重にも厳重に張り巡らされた警備網を、この怪我で、たった一人で敵を破って逃げおおせるとも思えない。この要塞の騎士達は一流の腕を持つ精鋭たちだ。怪我をしていないジュリアが本気で挑んだとしても勝てるかどうかも疑わしい。
─ まさしく手も足も出せないのはこのことか。
今は、自分がエリゼル様の妃候補ということになっているようだから、しばらくは安全だろう。
当然、ジョルジュのことをジュリアは忘れてはいなかった。窓の横に置かれた椅子の上に腰掛ければ、侍女がジュリアの膝に毛布を掛けてくれた。
薬草を飲み干した後のカップを侍女に返し、ジュリアは膝を抱えて座ったまま、冷たい石の壁に背をもたれかけて彼のことをじっと考えた。
ジョルジュは今、どうしているだろうか? 彼のことだから、きっととても心配しているはずだ。せめて、無事を知らせてあげたかったが、今のジュリアにはその願いは叶わぬものだ。
侍女がそんな自分を胡散臭そうに眺めていたが、ジュリアはそんなことは一切気にせず、ただひたすら、彼は今、どうしているのだろうかと、そればかり考えていた。
彼が恋しかった。それも、たまらないくらいに彼に会いたかった。
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