68 / 126
第四章 白魔導師の日々
嫉妬 **
ギルと馬屋で別れてから数日後のこと。フロルは今日もエスペランサの世話をせっせとしていた。
ギル様が色々、王宮の中で根回しをして、聖剣の騎士としての認定を外してもらえるように取りはからっているのをライルを通して、フロルも知っていた。
彼が信じて待ってていてくれと言ってくれたのなら、じっと待つしかないだろう。
フロルは、溜息を一つついて、馬の世話に精を出す。ギル様がまた騎馬騎士隊に戻ってくるかもしれないのだ。その時まで、エスペランサのコンディションを整えておいてやらなくては、と思う。
そんなフロルの耳に、馬屋の扉が開く音が聞こえた。
(ギル様かもしれない!)
フロルは目をキラキラさせながら、開いた扉を見れば、そこに立っていたのは、ギル様ではなく、レルマ子爵令嬢、いや、女神様が立っていた。
ギル様も一緒かと思って、フロルは一瞬、期待のこもった目で彼の姿を探した。そんなフロルの気持ちをリアは察したようだ。
「お前に一言釘を刺しておこうと思って」
リアは、馬屋の入り口から一歩足を踏みいれ、フロルの前で仁王立ちになった。リアの口元は意地悪そうに曲がっていた。
「・・・なんのことですか?」
リアに注意をされるような筋合いはない。そんなフロルにリアは厳しい顔を向けた。
「リード様のことよ。よく分かっていると思うけれど?」
その瞬間、フロルは思わず、エスペランサにかけるブラシに力を入れてしまった。
エスペランサが驚いたようにぴくりと動く。
「ああ、ごめんね。エスペランサ。痛かった?」
フロルのイライラを察したのか、エスペランサがそっとフロルに頬を寄せる。気にするなと言わんばかりのエスペランサは相変わらず可愛い。
「馬にかこつけて、リード様と接触しようなんて身の程しらずね」
リアが嫌味を込めて感心したように言う。それがフロルの神経を逆なでする。
「・・・・仰る意味がわからないんですけど」
「よくもまあ、ぬけぬけと・・・。獣の面倒見ていた娘が、白魔道師になんてなるから思い上がるんだわ」
「今、仕事中なので、邪魔しないでくださいます? 私忙しいので」
(・・・もういい加減に帰ってくれないかな)
ここはフロルの仕事場だ。そこでぺちゃくちゃお喋りされると仕事の邪魔だ。そして、今のフロルはとーっても苛ついているのだ。
相手が女神とか言うけど、構うもんか。フロルがじろりとリアを睨み付け、嫌味の一つでも言ってやろうとした時だった。
「ここで何をしている?」
二人の背後から響いた声。それはまさしく、ギル様の声だった。
「リード様」
フロルに見せたしかめっ面とはほど遠く、リアは潤んだ目で甘えたような声を出す。
態度を豹変させて、しなをつくり、ギル様に流し目をするリアがとーっても煩わしいし、うっとしい。
堪忍袋の緒がぶちぶちとちぎれそうだったので、フロルがリアに鋭い目を向けると、確信犯なのだろう。ギルにわざと腕を絡ませながら、フロルを蔑むように見据えた。
「あの、レルマ殿」
ギルは困惑した顔を彼女に向けた。
「その・・・申し訳ありませんが、手をどけていただけませんか?」
ギルもは礼儀正しくそれを遮ったが、ちらりとフロルを気まずそうに見た。その顔にフロルはなんだかいたたまれないような気がした。
「あら、私としたことが。つい。失礼しました。リード様」
リアの大きく空いた胸元から柔らかな膨らみが見える。それもわざと見せているのに違いない。ギル様は真っ赤になって、リアを押しやる。
その横で、フロルの怒りはさらに膨らむ。嫉妬と言う感情だろうか。
「・・・あら。子供の前でしたわね。私ったらはしたないことを。ねえ、リード様、よかったらこの後、少し相談に乗ってくださる?」
思わせぶりな視線をギルに向けながら、リアは勝ち誇ったような視線をフロルに向ける。ギルに気づかれないようなわざとらしい仕草が、さらに鼻につく。
ギル様がまた困ったような視線をフロルにちらと向けた。そんなギルに、フロルはどうしたらいいのか、全く分からなくて混乱していた。女同士の恋の当てつけなど、今まで経験したことがなかったからだ。
「あ、あの、わっ、私。これで失礼します!」
空になったブール草の桶をひっつかみ、フロルは一目散に馬屋から走りでた。
「おい、フロル!」
フロルの後を追いかけそうになったギルの腕を、リアはそっと掴んだ。
「・・・探しましたのよ。リード様、この後、神官と打ち合わせがおありでしょう?」
ギルは内心の苛立ちを顔に出したかったものの、今、リアを敵に回せば、フロルに害が及びそうだと、頭の片隅で考えていた。自分のことで、フロルに害が及ぶような目に遭わせてはいけないと、自分にいい聞かせる。
「・・・ああ、そうでしたね。女神様」
そう言って、ギルは自分の腕に絡みつくように添えられたリアの腕をそっとほどいた。
◇
その頃、フロルは、浮かんで来た涙を見られまいと、俯きながら空になった馬の餌の桶を運んでいた。
幾らギル様の気持ちを知っているはいえ、やはり、彼がリアと一緒の所を見るのはつらい。
自分にはどうしようもないことなのだ。滲んできた涙を誰にも見られないように、地面を見ながらどこに行こうかとひたすらに思案する。
瞼をあげれば、もう涙が地面にぽろりと落ちそうだ。
ふと前方を見ると、数人の騎士がこちらに向って歩いていた。泣いている所を見られたら、きっと、どうしたのか、と聞かれるだろう。
その理由がどうしても言いたくなくて、フロルはぷいと地面を見つめた。その騎士たちはどんどんとフロルと距離を詰めてきた。どうにかしないと、泣いていることがバレてしまう。
ふっと竜の厩舎へと目が向いた。
── あそこなら
誰もいない。厩舎に夕方遅く人がいないことをフロルは知っている。
慌てて厩舎の扉をあけて中に駆け込むと、竜たちが一斉にフロルを見た。嬉しそうな顔をする竜に一切目もくれず、フロルはひたすら一番奥にいるリルの所へと一目散に駆け寄った。
「きゅう?」
フロルのいつもと違う様子に、リルはきょとんとした顔をする。
(どうしたの?)
そう言いたげなリルにフロルは黙って抱きついた。最近は、氷竜らしくリルの鱗はますます青く美しくなってきていた。青年になりかけているリルの首をぎゅうっと抱きしめ、フロルは、はらはらと涙をこぼした。
「うぐっ。ひっく・・・うぇぇ・・・」
声を抑えようとするが、漏れるような泣き声が止らない。
(私のギル様なのに)
悲しくてどうしようもなくて涙がでる。
リルは突然泣き出したフロルにびっくりして、そばでオロオロしている。
「き、きゅうぅ???」
フロルの泣き声にびっくりしたのは、リルだけではなかった。他の竜も何事か?!というような顔をして、フロルをじっと見つめる。
フロルがへなへなと藁の上に座りこむと、リルもその隣に座る。冷たい床の感覚がお尻に伝わってくる。
もう夕食の時間なのだが、何か食べたいとも思わない。そんなフロルに隣にいた緑竜のゴルガも頬をよせた。
「ゴルガ・・・・」
リルよりも何十年も長く生きているゴルガは人の喜怒哀楽を多少なりとも理解しているのだろう。
うぇうぇと泣くフロルを横目に、竜たちはオロオロとするばかりだ。竜たちが出来ることは、慰めるようにしてフロルを囲むくらいだった。
その時だ。
「いったあ・・・」
手首に疼くような痛みを感じた。怪我をしている訳でもないのに、手首がじくじくと疼く。
馬屋から飛び出して来た時にどこかにぶつけたんだろうか。
手早く洋服の袖をまくり上げると、疼くように痛む左手の手首を見た。いつからか出来た薄黒い痣が少し大きく広がっていて、それがじくじくと痛むのだ。
涙に塗れた顔でフロルはその痣をじっと見ると、何かの芽のような形をしていた。
「なんだろう・・・これ」
鼻水が垂れて、涙に塗れて、悲しくてなげやりな気持ちでその痣を見つめる。以前と比べて、それは少し大きくなっていた。
そんなものどうでもいい・・・
なげやりな気持ちで床の上にすわり膝を抱えて涙にくれた。
ギル様は、自分こそが女神の生まれ変わりではないかと言う。けれども、それが本当かどうなのか、フロルにだって確証はない。アンヌも一度は、女神として認定された挙句、全く奇跡がおこせなかったし、大神殿でのレベナント騒動の責任をとらされる形で更迭されたではないか。
自分が女神の生まれ変わりだという確証は今の所、フロルには何一つない。
そりゃ、突然、大人に成長したり、毛玉が見えたりするけど、それはともかくとして、白魔導師として働いているのだから多少の魔力はあっても当然だ。
けれども、まだウィルは治療中だ。もし、変に自分が女神だと名乗り出た後、奇跡が起こせなかったり、女神ではないと判断された場合に、王宮を追い出されるかもしれないし、もし、そうなったら、ウィルの治療も打ち切られるかもしれない。
もし、自分が女神の生まれ変わりだと確証があればいいんだけど、今の自分にはそんなものは何一つない。それに、変に名乗り出て、神殿に引き取られるのも嫌だった。あのバルジール大神官が自分に傅く姿を想像すると、鳥肌とか立ちそうだ。
けれども、ギルとアンヌが同じ神殿にいるのも悩ましいが、どうしていいのか、さっぱりわからなかた。
フロルは床の上で、リルを片手にして、涙にくれていると、竜舎の扉が静かに開く音が聞こえた。この時間、竜舎に来るものはいないはずだ。フロルは慌てて涙と鼻水を拭い、誰だろうと、竜舎の訪問者を見つめた。
「ドレイク様・・・・」
竜騎士団長アルフォンソ・ドレイク侯爵。
彼も仕事あがりなのだろうか。竜騎士の制服をぴっちりと着込み、膝まである長靴を履いていた。立った今、遠乗りから戻ってきたようだった。きっと、グレイを連れて空を飛んだのだろう。グレイはドレイクの後に立っていて、大人しく手綱を握られていた。
「フロル・・・」
思いがけない珍客を見つけて、ドレイクはカツカツと音を立てて、フロルの傍へと近寄った。竜舎の一番奥にいるリルの傍で床に座り込み、竜たちがフロルを囲んでいるのを見て、意外な顔をした。
「どうした? 泣いてたのか?」
フロルの目の縁が涙で赤く滲んでいるのを認めて、ドレイクは驚いたようにフロルを見つめた。
ギル様が色々、王宮の中で根回しをして、聖剣の騎士としての認定を外してもらえるように取りはからっているのをライルを通して、フロルも知っていた。
彼が信じて待ってていてくれと言ってくれたのなら、じっと待つしかないだろう。
フロルは、溜息を一つついて、馬の世話に精を出す。ギル様がまた騎馬騎士隊に戻ってくるかもしれないのだ。その時まで、エスペランサのコンディションを整えておいてやらなくては、と思う。
そんなフロルの耳に、馬屋の扉が開く音が聞こえた。
(ギル様かもしれない!)
フロルは目をキラキラさせながら、開いた扉を見れば、そこに立っていたのは、ギル様ではなく、レルマ子爵令嬢、いや、女神様が立っていた。
ギル様も一緒かと思って、フロルは一瞬、期待のこもった目で彼の姿を探した。そんなフロルの気持ちをリアは察したようだ。
「お前に一言釘を刺しておこうと思って」
リアは、馬屋の入り口から一歩足を踏みいれ、フロルの前で仁王立ちになった。リアの口元は意地悪そうに曲がっていた。
「・・・なんのことですか?」
リアに注意をされるような筋合いはない。そんなフロルにリアは厳しい顔を向けた。
「リード様のことよ。よく分かっていると思うけれど?」
その瞬間、フロルは思わず、エスペランサにかけるブラシに力を入れてしまった。
エスペランサが驚いたようにぴくりと動く。
「ああ、ごめんね。エスペランサ。痛かった?」
フロルのイライラを察したのか、エスペランサがそっとフロルに頬を寄せる。気にするなと言わんばかりのエスペランサは相変わらず可愛い。
「馬にかこつけて、リード様と接触しようなんて身の程しらずね」
リアが嫌味を込めて感心したように言う。それがフロルの神経を逆なでする。
「・・・・仰る意味がわからないんですけど」
「よくもまあ、ぬけぬけと・・・。獣の面倒見ていた娘が、白魔道師になんてなるから思い上がるんだわ」
「今、仕事中なので、邪魔しないでくださいます? 私忙しいので」
(・・・もういい加減に帰ってくれないかな)
ここはフロルの仕事場だ。そこでぺちゃくちゃお喋りされると仕事の邪魔だ。そして、今のフロルはとーっても苛ついているのだ。
相手が女神とか言うけど、構うもんか。フロルがじろりとリアを睨み付け、嫌味の一つでも言ってやろうとした時だった。
「ここで何をしている?」
二人の背後から響いた声。それはまさしく、ギル様の声だった。
「リード様」
フロルに見せたしかめっ面とはほど遠く、リアは潤んだ目で甘えたような声を出す。
態度を豹変させて、しなをつくり、ギル様に流し目をするリアがとーっても煩わしいし、うっとしい。
堪忍袋の緒がぶちぶちとちぎれそうだったので、フロルがリアに鋭い目を向けると、確信犯なのだろう。ギルにわざと腕を絡ませながら、フロルを蔑むように見据えた。
「あの、レルマ殿」
ギルは困惑した顔を彼女に向けた。
「その・・・申し訳ありませんが、手をどけていただけませんか?」
ギルもは礼儀正しくそれを遮ったが、ちらりとフロルを気まずそうに見た。その顔にフロルはなんだかいたたまれないような気がした。
「あら、私としたことが。つい。失礼しました。リード様」
リアの大きく空いた胸元から柔らかな膨らみが見える。それもわざと見せているのに違いない。ギル様は真っ赤になって、リアを押しやる。
その横で、フロルの怒りはさらに膨らむ。嫉妬と言う感情だろうか。
「・・・あら。子供の前でしたわね。私ったらはしたないことを。ねえ、リード様、よかったらこの後、少し相談に乗ってくださる?」
思わせぶりな視線をギルに向けながら、リアは勝ち誇ったような視線をフロルに向ける。ギルに気づかれないようなわざとらしい仕草が、さらに鼻につく。
ギル様がまた困ったような視線をフロルにちらと向けた。そんなギルに、フロルはどうしたらいいのか、全く分からなくて混乱していた。女同士の恋の当てつけなど、今まで経験したことがなかったからだ。
「あ、あの、わっ、私。これで失礼します!」
空になったブール草の桶をひっつかみ、フロルは一目散に馬屋から走りでた。
「おい、フロル!」
フロルの後を追いかけそうになったギルの腕を、リアはそっと掴んだ。
「・・・探しましたのよ。リード様、この後、神官と打ち合わせがおありでしょう?」
ギルは内心の苛立ちを顔に出したかったものの、今、リアを敵に回せば、フロルに害が及びそうだと、頭の片隅で考えていた。自分のことで、フロルに害が及ぶような目に遭わせてはいけないと、自分にいい聞かせる。
「・・・ああ、そうでしたね。女神様」
そう言って、ギルは自分の腕に絡みつくように添えられたリアの腕をそっとほどいた。
◇
その頃、フロルは、浮かんで来た涙を見られまいと、俯きながら空になった馬の餌の桶を運んでいた。
幾らギル様の気持ちを知っているはいえ、やはり、彼がリアと一緒の所を見るのはつらい。
自分にはどうしようもないことなのだ。滲んできた涙を誰にも見られないように、地面を見ながらどこに行こうかとひたすらに思案する。
瞼をあげれば、もう涙が地面にぽろりと落ちそうだ。
ふと前方を見ると、数人の騎士がこちらに向って歩いていた。泣いている所を見られたら、きっと、どうしたのか、と聞かれるだろう。
その理由がどうしても言いたくなくて、フロルはぷいと地面を見つめた。その騎士たちはどんどんとフロルと距離を詰めてきた。どうにかしないと、泣いていることがバレてしまう。
ふっと竜の厩舎へと目が向いた。
── あそこなら
誰もいない。厩舎に夕方遅く人がいないことをフロルは知っている。
慌てて厩舎の扉をあけて中に駆け込むと、竜たちが一斉にフロルを見た。嬉しそうな顔をする竜に一切目もくれず、フロルはひたすら一番奥にいるリルの所へと一目散に駆け寄った。
「きゅう?」
フロルのいつもと違う様子に、リルはきょとんとした顔をする。
(どうしたの?)
そう言いたげなリルにフロルは黙って抱きついた。最近は、氷竜らしくリルの鱗はますます青く美しくなってきていた。青年になりかけているリルの首をぎゅうっと抱きしめ、フロルは、はらはらと涙をこぼした。
「うぐっ。ひっく・・・うぇぇ・・・」
声を抑えようとするが、漏れるような泣き声が止らない。
(私のギル様なのに)
悲しくてどうしようもなくて涙がでる。
リルは突然泣き出したフロルにびっくりして、そばでオロオロしている。
「き、きゅうぅ???」
フロルの泣き声にびっくりしたのは、リルだけではなかった。他の竜も何事か?!というような顔をして、フロルをじっと見つめる。
フロルがへなへなと藁の上に座りこむと、リルもその隣に座る。冷たい床の感覚がお尻に伝わってくる。
もう夕食の時間なのだが、何か食べたいとも思わない。そんなフロルに隣にいた緑竜のゴルガも頬をよせた。
「ゴルガ・・・・」
リルよりも何十年も長く生きているゴルガは人の喜怒哀楽を多少なりとも理解しているのだろう。
うぇうぇと泣くフロルを横目に、竜たちはオロオロとするばかりだ。竜たちが出来ることは、慰めるようにしてフロルを囲むくらいだった。
その時だ。
「いったあ・・・」
手首に疼くような痛みを感じた。怪我をしている訳でもないのに、手首がじくじくと疼く。
馬屋から飛び出して来た時にどこかにぶつけたんだろうか。
手早く洋服の袖をまくり上げると、疼くように痛む左手の手首を見た。いつからか出来た薄黒い痣が少し大きく広がっていて、それがじくじくと痛むのだ。
涙に塗れた顔でフロルはその痣をじっと見ると、何かの芽のような形をしていた。
「なんだろう・・・これ」
鼻水が垂れて、涙に塗れて、悲しくてなげやりな気持ちでその痣を見つめる。以前と比べて、それは少し大きくなっていた。
そんなものどうでもいい・・・
なげやりな気持ちで床の上にすわり膝を抱えて涙にくれた。
ギル様は、自分こそが女神の生まれ変わりではないかと言う。けれども、それが本当かどうなのか、フロルにだって確証はない。アンヌも一度は、女神として認定された挙句、全く奇跡がおこせなかったし、大神殿でのレベナント騒動の責任をとらされる形で更迭されたではないか。
自分が女神の生まれ変わりだという確証は今の所、フロルには何一つない。
そりゃ、突然、大人に成長したり、毛玉が見えたりするけど、それはともかくとして、白魔導師として働いているのだから多少の魔力はあっても当然だ。
けれども、まだウィルは治療中だ。もし、変に自分が女神だと名乗り出た後、奇跡が起こせなかったり、女神ではないと判断された場合に、王宮を追い出されるかもしれないし、もし、そうなったら、ウィルの治療も打ち切られるかもしれない。
もし、自分が女神の生まれ変わりだと確証があればいいんだけど、今の自分にはそんなものは何一つない。それに、変に名乗り出て、神殿に引き取られるのも嫌だった。あのバルジール大神官が自分に傅く姿を想像すると、鳥肌とか立ちそうだ。
けれども、ギルとアンヌが同じ神殿にいるのも悩ましいが、どうしていいのか、さっぱりわからなかた。
フロルは床の上で、リルを片手にして、涙にくれていると、竜舎の扉が静かに開く音が聞こえた。この時間、竜舎に来るものはいないはずだ。フロルは慌てて涙と鼻水を拭い、誰だろうと、竜舎の訪問者を見つめた。
「ドレイク様・・・・」
竜騎士団長アルフォンソ・ドレイク侯爵。
彼も仕事あがりなのだろうか。竜騎士の制服をぴっちりと着込み、膝まである長靴を履いていた。立った今、遠乗りから戻ってきたようだった。きっと、グレイを連れて空を飛んだのだろう。グレイはドレイクの後に立っていて、大人しく手綱を握られていた。
「フロル・・・」
思いがけない珍客を見つけて、ドレイクはカツカツと音を立てて、フロルの傍へと近寄った。竜舎の一番奥にいるリルの傍で床に座り込み、竜たちがフロルを囲んでいるのを見て、意外な顔をした。
「どうした? 泣いてたのか?」
フロルの目の縁が涙で赤く滲んでいるのを認めて、ドレイクは驚いたようにフロルを見つめた。
あなたにおすすめの小説
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
過労死した主婦の私、迷宮の主になりました ~最強バフ飯で、もふもふとイケメンに溺愛されています。主婦業を笑った夫は今さら後悔しても遅い~
他力本願寺
ファンタジー
夫に「主婦業なんて誰でもできる」と軽んじられ、感謝されないまま過労死した真琴。
目覚めると彼女は、異世界の迷宮そのものを司る“迷宮の主”になっていた。
外には出られないけれど、彼女の家庭料理は最強のバフ飯。傷ついた冒険者たちを救ううち、白いもふもふと美形たちに囲まれ、やがて彼女の食堂は“帰る場所”になっていく――一方、真琴を失った元夫は、今さら後悔してももう遅い。