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第四章 白魔導師の日々
収穫祭への序章~8
── それは、あっと言う間の出来事だった。
一瞬で、あの黒い魔狼たちが、青い光につつまれ消え去ってしまった。そして、魔物の後で竜巻のように舞い上がった黒い瘴気も同時に無くなり、ぽっかりと口を開けた異空間も跡形もなく消えた。
フロルじゃない何かがしたこと、それは、魔物をどこか別の世界に退け、そこと現世をつないでいた道を瞬時に断ち切った。
「にいさま・・・魔物が消えたね」
呆然とした二人の目の前には、いつもの普通の森の光景が広がっていた。リルが起こした風で木の枝が折れている木もあったし、地面には葉っぱが散乱していたけれども、それは至って普通の午後の森の光景にしかすぎない。
はっと、マルコムは我に返り、慌ててフロルへと視線を向ける。
フロルは無表情で異世界への通り道があった所を眺めている。しかし、その目は虚ろで、実際には何も見ていないのに違いない。
「フロル、おい、フロル大丈夫か?!」
フロルの腕を掴み、揺さぶると、彼女もやっと我に返ったみたいだった。
「あ、あれ?」
ぎょっとしたようにフロルが驚く。
「えええっ?魔物が・・・魔狼がいない?」
なんで?と不思議そうな顔をして、小首をかしげている。
「なんでって、お前がやったんだろ?」
フロルは一瞬、絶句して、マルコムを見つめた。次の瞬間、弾けたようにフロルは笑う。
「あはは。そんなこと、私が出来る訳ないじゃないですか! もう冗談ばっかり」
「お前がやったのに決まってるだろ。俺は見たんだからな」
「もう、そんな冗談はほどほどにして、腕を見せて」
どういう理由で魔物がいなくなったかはともかくとして、フロルは周囲に魔物がいなくなったことを確認する。そして、マルコムの腕を掴んだ。
「今、治療しますから、動かないでくださいね」
「治療って、おい、何す・・・・」
フロルがその部分に手を当てると、それはみるみる内に修復され、綺麗な肌色が戻ってきた。マルコムは、そこでやっとフロルが何者かを悟り愕然とした。
「白魔道士・・・フロルは白魔道士なのか?」
フロルの淡い緑の瞳がちらとマルコムの顔を見た。混じりけのない愛想のよい光がそこにはある。
「ええ。そうですよ?」
それがどうかしたの?とでも言いたげなフロルに、マルコムは慌てて口を開く。
「今まで一言も言わなかったじゃないか」
「だってまだ、ライル様の見習いだから」
「ライルって、あの宮廷魔道師長の?」
「そうですよ?マルコム坊ちゃま」
でもね、ライル様ってね、すごい整理ベタなんですよ、とフロルが首を振りながら言う。その魔道具で、今までエライ目に遭ったことが一杯あってね、とため息交じりに言う。
白魔道士は、魔道士の中でも、数が少なく貴重な存在だと聞いている。その白魔道士が、竜を連れて、あの魔物の狼を追い払った。
── もうこれ、完全に規格外じゃないか。
竜を連れた白魔道士。当然、竜と言えば、思いつくことはただ一つ。
「・・・もしかして、竜騎士団にも所属してるのか?」
マルコムの憧れの騎士団だ。その中でも竜騎士団は勇ましく、その武勇伝は色々と聞く。
「ああ、ドレイク様の所の?」
竜騎士団長、アルフォンソ・ドレイク侯爵の勇猛果敢ぶりは、すでに伝説となっている。その伝説の竜騎士団長をドレイク様と知り合いのような口調で言うフロルに、マルコムは絶句した。
「あーっとね、リルが戦闘に適性が全然無いみたいでね。竜騎士団からは外されたんですよー」
カラカラとフロルが笑う。
けどな!
次から次へと魔物を尻尾で踏みつぶすリルに適性がないなんて、ウソだ。と、マルコムは思う。
「さ、治療終了。じゃあ帰りましょうか!」
フロルが上機嫌でリルの背中によじ登ろうとした時だ。すぐ近くまで、馬の蹄の音が聞こえたと思ったら、木々の間から、エスペランサに乗ったギル兄が到着した。
「ギルにいさま!」
ジョエルが嬉しそうに声をあげた。
「三人とも無事か? 遠くですごい地鳴りがしたから、かなり心配した」
ギルはひらりと馬から降りて、駆け寄ってきた。
「ギル様、あの三人とも無事です。マルコム様が瘴気で負傷したのですけど、治しておきました!」
明るく胸を張るフロルに、ギルは申し訳なさそうな顔をした。
「弟たちが迷惑をかけた。すまない」
「いいんですよ。みんな無事だったんだから」
そして、マルコムはギルの馬に乗り、ジョエルは竜と一緒に帰ることとなった。憧れの竜に乗って、ジョエルの顔はこれ以上ないくらいキラキラしていて、尊敬の混じった瞳でフロルを眺めていた。
屋敷に戻ると、あっと言う間に従者に囲まれ、待機していたお医者さんに診察され、ことの顛末を父や兄に報告して、とめまぐるしくその日が終わった。
父には怒られるし、ギル兄様からもかなり咎められて散々な目にあったが、マルコムは、これも自業自得と納得する。ギル兄様からは、後で、魔物の話をもっと詳しく聞かせてくれと頼まれていた。
そうして、やっと周囲の大人たちから開放されると、弟のジョエルがマルコムの所にやってきた。なんでも、馬屋の竜をもう一度よく見たいらしいが、フロルはギル兄様と話込んでいて、頼むのは無理そうだと言う。
「にいさま、ちょっと見るだけだから!ね?馬屋に連れてって?」
ジョエルにねだられ、マルコムも渋々同意した。まだ竜をじっくり見ていなかったこともあって、憧れの伝説の竜を間近でもうちょっと見たかったのだ。
馬屋の扉を静かに開けると、奥にいた竜が二人を認めた。扉の外から竜を眺めるだけにとどめたが、それでもジョエルには十分楽しいらしい。
「わあー。すごい。やっぱり竜って大きいんだね」
「きゅう?」
何の用?と不思議そうな顔をするリルを、ジョエルは遠巻きに見つめ、羨望のため息をつく。
「あおい竜ってかっこいいね?」
「ああ。そうだな。・・・かっこいいな」
そんな二人の会話を竜は理解したのだろうか。なんだかちょっとだけ胸をはり、尻尾をゆらりと揺らした。
「あれ、二人とも何してるの?」
振り向けば、大きな桶にブール草を詰め込んだフロルが馬屋の入り口に立っていた。その隣は、また桶にブール草を詰め込んだジルがいた。
「フロル、ギル兄様との話は終わったのか?」
「ええ、終わりましたよ。そろそろ、リルのご飯の時間ですからね」
そう話すフロルの後で、馬ていのジルが一歩、ジョエルのほうへ踏み出す。
「ぼっちゃん、そろそろ寒くなって来ましたから、こんな所にいては風を引きます」
「そうだね。ジル」
「フロル様、ジョエル坊ちゃまを連れて一度、母屋に戻ってもいいでしょうか?」
「ああ、いいですよ。リルの世話は私がしておきますから」
「俺、もう少しリルを見ててもいい?」
マルコムが聞けば、フロルは鷹揚に頷く。
そうして、マルコムの前でフロルがリルの前にブール草の桶をおくと、リルは美味しそうにそれを食べ始めた。
「竜って草食なんだな」
「そうですね。私も最初、竜って何食べるのかと思ってたけど」
フロルが一瞬、口を閉じた。二人は黙って、リルがムシャムシャと草を食べるのを眺めていた。
「・・・それで、どうして、私の部屋にイモリだの、カエルだのを入れたのかな?」
腕組みをしたフロルが怒る訳でも、マルコムを見下しながら、憤る訳でもなく淡々と口を開く。
「どうして、俺がやったってバレた?」
「ジルがね、廃れた教会に行ったのは、坊ちゃまが大物を取るためだって言ってたから、ピンと来ました」
マルコムは、その理由を言うべきなのかどうか迷った。
「ちゃんと理由を教えて欲しいんだけど」
フロルが穏やかに言う。マルコムは、覚悟を決めて口を開いた。
「お前が屋敷に来た日の夕方、召使いたちが言ってたんだ。お前がギル兄様の嫁の座を狙ってるって。だから、俺、お前が白魔道士だって知らなかったから、ただの平民だと思ってたから・・・・」
マルコムは、フロルの前で言葉を続けた。
◇
続きます!
一瞬で、あの黒い魔狼たちが、青い光につつまれ消え去ってしまった。そして、魔物の後で竜巻のように舞い上がった黒い瘴気も同時に無くなり、ぽっかりと口を開けた異空間も跡形もなく消えた。
フロルじゃない何かがしたこと、それは、魔物をどこか別の世界に退け、そこと現世をつないでいた道を瞬時に断ち切った。
「にいさま・・・魔物が消えたね」
呆然とした二人の目の前には、いつもの普通の森の光景が広がっていた。リルが起こした風で木の枝が折れている木もあったし、地面には葉っぱが散乱していたけれども、それは至って普通の午後の森の光景にしかすぎない。
はっと、マルコムは我に返り、慌ててフロルへと視線を向ける。
フロルは無表情で異世界への通り道があった所を眺めている。しかし、その目は虚ろで、実際には何も見ていないのに違いない。
「フロル、おい、フロル大丈夫か?!」
フロルの腕を掴み、揺さぶると、彼女もやっと我に返ったみたいだった。
「あ、あれ?」
ぎょっとしたようにフロルが驚く。
「えええっ?魔物が・・・魔狼がいない?」
なんで?と不思議そうな顔をして、小首をかしげている。
「なんでって、お前がやったんだろ?」
フロルは一瞬、絶句して、マルコムを見つめた。次の瞬間、弾けたようにフロルは笑う。
「あはは。そんなこと、私が出来る訳ないじゃないですか! もう冗談ばっかり」
「お前がやったのに決まってるだろ。俺は見たんだからな」
「もう、そんな冗談はほどほどにして、腕を見せて」
どういう理由で魔物がいなくなったかはともかくとして、フロルは周囲に魔物がいなくなったことを確認する。そして、マルコムの腕を掴んだ。
「今、治療しますから、動かないでくださいね」
「治療って、おい、何す・・・・」
フロルがその部分に手を当てると、それはみるみる内に修復され、綺麗な肌色が戻ってきた。マルコムは、そこでやっとフロルが何者かを悟り愕然とした。
「白魔道士・・・フロルは白魔道士なのか?」
フロルの淡い緑の瞳がちらとマルコムの顔を見た。混じりけのない愛想のよい光がそこにはある。
「ええ。そうですよ?」
それがどうかしたの?とでも言いたげなフロルに、マルコムは慌てて口を開く。
「今まで一言も言わなかったじゃないか」
「だってまだ、ライル様の見習いだから」
「ライルって、あの宮廷魔道師長の?」
「そうですよ?マルコム坊ちゃま」
でもね、ライル様ってね、すごい整理ベタなんですよ、とフロルが首を振りながら言う。その魔道具で、今までエライ目に遭ったことが一杯あってね、とため息交じりに言う。
白魔道士は、魔道士の中でも、数が少なく貴重な存在だと聞いている。その白魔道士が、竜を連れて、あの魔物の狼を追い払った。
── もうこれ、完全に規格外じゃないか。
竜を連れた白魔道士。当然、竜と言えば、思いつくことはただ一つ。
「・・・もしかして、竜騎士団にも所属してるのか?」
マルコムの憧れの騎士団だ。その中でも竜騎士団は勇ましく、その武勇伝は色々と聞く。
「ああ、ドレイク様の所の?」
竜騎士団長、アルフォンソ・ドレイク侯爵の勇猛果敢ぶりは、すでに伝説となっている。その伝説の竜騎士団長をドレイク様と知り合いのような口調で言うフロルに、マルコムは絶句した。
「あーっとね、リルが戦闘に適性が全然無いみたいでね。竜騎士団からは外されたんですよー」
カラカラとフロルが笑う。
けどな!
次から次へと魔物を尻尾で踏みつぶすリルに適性がないなんて、ウソだ。と、マルコムは思う。
「さ、治療終了。じゃあ帰りましょうか!」
フロルが上機嫌でリルの背中によじ登ろうとした時だ。すぐ近くまで、馬の蹄の音が聞こえたと思ったら、木々の間から、エスペランサに乗ったギル兄が到着した。
「ギルにいさま!」
ジョエルが嬉しそうに声をあげた。
「三人とも無事か? 遠くですごい地鳴りがしたから、かなり心配した」
ギルはひらりと馬から降りて、駆け寄ってきた。
「ギル様、あの三人とも無事です。マルコム様が瘴気で負傷したのですけど、治しておきました!」
明るく胸を張るフロルに、ギルは申し訳なさそうな顔をした。
「弟たちが迷惑をかけた。すまない」
「いいんですよ。みんな無事だったんだから」
そして、マルコムはギルの馬に乗り、ジョエルは竜と一緒に帰ることとなった。憧れの竜に乗って、ジョエルの顔はこれ以上ないくらいキラキラしていて、尊敬の混じった瞳でフロルを眺めていた。
屋敷に戻ると、あっと言う間に従者に囲まれ、待機していたお医者さんに診察され、ことの顛末を父や兄に報告して、とめまぐるしくその日が終わった。
父には怒られるし、ギル兄様からもかなり咎められて散々な目にあったが、マルコムは、これも自業自得と納得する。ギル兄様からは、後で、魔物の話をもっと詳しく聞かせてくれと頼まれていた。
そうして、やっと周囲の大人たちから開放されると、弟のジョエルがマルコムの所にやってきた。なんでも、馬屋の竜をもう一度よく見たいらしいが、フロルはギル兄様と話込んでいて、頼むのは無理そうだと言う。
「にいさま、ちょっと見るだけだから!ね?馬屋に連れてって?」
ジョエルにねだられ、マルコムも渋々同意した。まだ竜をじっくり見ていなかったこともあって、憧れの伝説の竜を間近でもうちょっと見たかったのだ。
馬屋の扉を静かに開けると、奥にいた竜が二人を認めた。扉の外から竜を眺めるだけにとどめたが、それでもジョエルには十分楽しいらしい。
「わあー。すごい。やっぱり竜って大きいんだね」
「きゅう?」
何の用?と不思議そうな顔をするリルを、ジョエルは遠巻きに見つめ、羨望のため息をつく。
「あおい竜ってかっこいいね?」
「ああ。そうだな。・・・かっこいいな」
そんな二人の会話を竜は理解したのだろうか。なんだかちょっとだけ胸をはり、尻尾をゆらりと揺らした。
「あれ、二人とも何してるの?」
振り向けば、大きな桶にブール草を詰め込んだフロルが馬屋の入り口に立っていた。その隣は、また桶にブール草を詰め込んだジルがいた。
「フロル、ギル兄様との話は終わったのか?」
「ええ、終わりましたよ。そろそろ、リルのご飯の時間ですからね」
そう話すフロルの後で、馬ていのジルが一歩、ジョエルのほうへ踏み出す。
「ぼっちゃん、そろそろ寒くなって来ましたから、こんな所にいては風を引きます」
「そうだね。ジル」
「フロル様、ジョエル坊ちゃまを連れて一度、母屋に戻ってもいいでしょうか?」
「ああ、いいですよ。リルの世話は私がしておきますから」
「俺、もう少しリルを見ててもいい?」
マルコムが聞けば、フロルは鷹揚に頷く。
そうして、マルコムの前でフロルがリルの前にブール草の桶をおくと、リルは美味しそうにそれを食べ始めた。
「竜って草食なんだな」
「そうですね。私も最初、竜って何食べるのかと思ってたけど」
フロルが一瞬、口を閉じた。二人は黙って、リルがムシャムシャと草を食べるのを眺めていた。
「・・・それで、どうして、私の部屋にイモリだの、カエルだのを入れたのかな?」
腕組みをしたフロルが怒る訳でも、マルコムを見下しながら、憤る訳でもなく淡々と口を開く。
「どうして、俺がやったってバレた?」
「ジルがね、廃れた教会に行ったのは、坊ちゃまが大物を取るためだって言ってたから、ピンと来ました」
マルコムは、その理由を言うべきなのかどうか迷った。
「ちゃんと理由を教えて欲しいんだけど」
フロルが穏やかに言う。マルコムは、覚悟を決めて口を開いた。
「お前が屋敷に来た日の夕方、召使いたちが言ってたんだ。お前がギル兄様の嫁の座を狙ってるって。だから、俺、お前が白魔道士だって知らなかったから、ただの平民だと思ってたから・・・・」
マルコムは、フロルの前で言葉を続けた。
◇
続きます!
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※アルファポリスのみの公開です。