野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

文字の大きさ
56 / 126
第四章 白魔導師の日々

収穫祭への序章~8

しおりを挟む
── それは、あっと言う間の出来事だった。

一瞬で、あの黒い魔狼たちが、青い光につつまれ消え去ってしまった。そして、魔物の後で竜巻のように舞い上がった黒い瘴気も同時に無くなり、ぽっかりと口を開けた異空間も跡形もなく消えた。

フロルじゃない何かがしたこと、それは、魔物をどこか別の世界に退け、そこと現世をつないでいた道を瞬時に断ち切った。

「にいさま・・・魔物が消えたね」

呆然とした二人の目の前には、いつもの普通の森の光景が広がっていた。リルが起こした風で木の枝が折れている木もあったし、地面には葉っぱが散乱していたけれども、それは至って普通の午後の森の光景にしかすぎない。

はっと、マルコムは我に返り、慌ててフロルへと視線を向ける。

フロルは無表情で異世界への通り道があった所を眺めている。しかし、その目は虚ろで、実際には何も見ていないのに違いない。

「フロル、おい、フロル大丈夫か?!」

フロルの腕を掴み、揺さぶると、彼女もやっと我に返ったみたいだった。

「あ、あれ?」

ぎょっとしたようにフロルが驚く。

「えええっ?魔物が・・・魔狼がいない?」

なんで?と不思議そうな顔をして、小首をかしげている。

「なんでって、お前がやったんだろ?」

フロルは一瞬、絶句して、マルコムを見つめた。次の瞬間、弾けたようにフロルは笑う。

「あはは。そんなこと、私が出来る訳ないじゃないですか! もう冗談ばっかり」

「お前がやったのに決まってるだろ。俺は見たんだからな」

「もう、そんな冗談はほどほどにして、腕を見せて」

どういう理由で魔物がいなくなったかはともかくとして、フロルは周囲に魔物がいなくなったことを確認する。そして、マルコムの腕を掴んだ。

「今、治療しますから、動かないでくださいね」

「治療って、おい、何す・・・・」

フロルがその部分に手を当てると、それはみるみる内に修復され、綺麗な肌色が戻ってきた。マルコムは、そこでやっとフロルが何者かを悟り愕然とした。

「白魔道士・・・フロルは白魔道士なのか?」

フロルの淡い緑の瞳がちらとマルコムの顔を見た。混じりけのない愛想のよい光がそこにはある。

「ええ。そうですよ?」

それがどうかしたの?とでも言いたげなフロルに、マルコムは慌てて口を開く。

「今まで一言も言わなかったじゃないか」

「だってまだ、ライル様の見習いだから」

「ライルって、あの宮廷魔道師長の?」

「そうですよ?マルコム坊ちゃま」

でもね、ライル様ってね、すごい整理ベタなんですよ、とフロルが首を振りながら言う。その魔道具で、今までエライ目に遭ったことが一杯あってね、とため息交じりに言う。

白魔道士は、魔道士の中でも、数が少なく貴重な存在だと聞いている。その白魔道士が、竜を連れて、あの魔物の狼を追い払った。

── もうこれ、完全に規格外じゃないか。

竜を連れた白魔道士。当然、竜と言えば、思いつくことはただ一つ。

「・・・もしかして、竜騎士団にも所属してるのか?」

マルコムの憧れの騎士団だ。その中でも竜騎士団は勇ましく、その武勇伝は色々と聞く。

「ああ、ドレイク様の所の?」

竜騎士団長、アルフォンソ・ドレイク侯爵の勇猛果敢ぶりは、すでに伝説となっている。その伝説の竜騎士団長をドレイク様と知り合いのような口調で言うフロルに、マルコムは絶句した。

「あーっとね、リルが戦闘に適性が全然無いみたいでね。竜騎士団からは外されたんですよー」

カラカラとフロルが笑う。

けどな!

次から次へと魔物を尻尾で踏みつぶすリルに適性がないなんて、ウソだ。と、マルコムは思う。

「さ、治療終了。じゃあ帰りましょうか!」

フロルが上機嫌でリルの背中によじ登ろうとした時だ。すぐ近くまで、馬の蹄の音が聞こえたと思ったら、木々の間から、エスペランサに乗ったギル兄が到着した。

「ギルにいさま!」

ジョエルが嬉しそうに声をあげた。

「三人とも無事か? 遠くですごい地鳴りがしたから、かなり心配した」

ギルはひらりと馬から降りて、駆け寄ってきた。

「ギル様、あの三人とも無事です。マルコム様が瘴気で負傷したのですけど、治しておきました!」

明るく胸を張るフロルに、ギルは申し訳なさそうな顔をした。

「弟たちが迷惑をかけた。すまない」

「いいんですよ。みんな無事だったんだから」

そして、マルコムはギルの馬に乗り、ジョエルは竜と一緒に帰ることとなった。憧れの竜に乗って、ジョエルの顔はこれ以上ないくらいキラキラしていて、尊敬の混じった瞳でフロルを眺めていた。

屋敷に戻ると、あっと言う間に従者に囲まれ、待機していたお医者さんに診察され、ことの顛末を父や兄に報告して、とめまぐるしくその日が終わった。

父には怒られるし、ギル兄様からもかなり咎められて散々な目にあったが、マルコムは、これも自業自得と納得する。ギル兄様からは、後で、魔物の話をもっと詳しく聞かせてくれと頼まれていた。

そうして、やっと周囲の大人たちから開放されると、弟のジョエルがマルコムの所にやってきた。なんでも、馬屋の竜をもう一度よく見たいらしいが、フロルはギル兄様と話込んでいて、頼むのは無理そうだと言う。

「にいさま、ちょっと見るだけだから!ね?馬屋に連れてって?」

ジョエルにねだられ、マルコムも渋々同意した。まだ竜をじっくり見ていなかったこともあって、憧れの伝説の竜を間近でもうちょっと見たかったのだ。

馬屋の扉を静かに開けると、奥にいた竜が二人を認めた。扉の外から竜を眺めるだけにとどめたが、それでもジョエルには十分楽しいらしい。

「わあー。すごい。やっぱり竜って大きいんだね」

「きゅう?」

何の用?と不思議そうな顔をするリルを、ジョエルは遠巻きに見つめ、羨望のため息をつく。

「あおい竜ってかっこいいね?」

「ああ。そうだな。・・・かっこいいな」

そんな二人の会話を竜は理解したのだろうか。なんだかちょっとだけ胸をはり、尻尾をゆらりと揺らした。

「あれ、二人とも何してるの?」

振り向けば、大きな桶にブール草を詰め込んだフロルが馬屋の入り口に立っていた。その隣は、また桶にブール草を詰め込んだジルがいた。

「フロル、ギル兄様との話は終わったのか?」

「ええ、終わりましたよ。そろそろ、リルのご飯の時間ですからね」

そう話すフロルの後で、馬ていのジルが一歩、ジョエルのほうへ踏み出す。

「ぼっちゃん、そろそろ寒くなって来ましたから、こんな所にいては風を引きます」

「そうだね。ジル」

「フロル様、ジョエル坊ちゃまを連れて一度、母屋に戻ってもいいでしょうか?」

「ああ、いいですよ。リルの世話は私がしておきますから」

「俺、もう少しリルを見ててもいい?」

マルコムが聞けば、フロルは鷹揚に頷く。

そうして、マルコムの前でフロルがリルの前にブール草の桶をおくと、リルは美味しそうにそれを食べ始めた。

「竜って草食なんだな」

「そうですね。私も最初、竜って何食べるのかと思ってたけど」

フロルが一瞬、口を閉じた。二人は黙って、リルがムシャムシャと草を食べるのを眺めていた。

「・・・それで、どうして、私の部屋にイモリだの、カエルだのを入れたのかな?」

腕組みをしたフロルが怒る訳でも、マルコムを見下しながら、憤る訳でもなく淡々と口を開く。

「どうして、俺がやったってバレた?」

「ジルがね、廃れた教会に行ったのは、坊ちゃまが大物を取るためだって言ってたから、ピンと来ました」

マルコムは、その理由を言うべきなのかどうか迷った。

「ちゃんと理由を教えて欲しいんだけど」

フロルが穏やかに言う。マルコムは、覚悟を決めて口を開いた。

「お前が屋敷に来た日の夕方、召使いたちが言ってたんだ。お前がギル兄様の嫁の座を狙ってるって。だから、俺、お前が白魔道士だって知らなかったから、ただの平民だと思ってたから・・・・」

マルコムは、フロルの前で言葉を続けた。



続きます!
しおりを挟む
感想 959

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。