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第四章 白魔導師の日々
収穫際~5**
意味が全くわからない邪魔者たちを目の前にして、フロルは怪訝な視線をライルに向ける。
「そもそも、ライル様、どうやってここに来たんですか?」
あの出不精のライル様の交通手段がどうしても謎だ。そんなフロルの疑問に答えたのは、驚いたことに、なんとドレイク様だった。
「私のグレイスに乗ってもらったよ」
そういうドレイクもなんだか、げっそりと疲れた顔をしている。竜の乗り心地はそれほど居心地よくない。気難しいライルを乗せて、ドレイク様もさぞかし気を遣ったことだろう。
しかし、だ。だからといって譲れないものだってあるのだ。
「私、まだ帰りませんよ。休暇だって、あと3日は残っているじゃないですか!」
ちょっと唇をとがらせ、不満げに言うフロルに、ライルはいつになく厳しい顔になる。
「詳しい話は後だ。とにかく、魔道士塔に帰れ」
「いや、フロルを連れて行くのなら、まず俺にきちんと話をするべきだと思うが」
ギルが、ライルからフロルを取り返して、自分の背の後に隠す。そんな二人を、ライルが再び神経質そうに眉を顰めて見つめた。
「・・・また、新たな神託がおりた。女神は今、王宮でなく地方にいると」
「それが俺となんの関わりがあるんだ?」
「結局、女神の条件にあうのがレルマ子爵令嬢しかいなかった。それで、王宮の使者が彼女を訊ねたら、奇跡が起きてね。結局、彼女がやはり女神であったという結論になった」
「それで連れてきたって・・彼女をか?」
ギルも不愉快な顔を隠そうともせずに、レルマ子爵令嬢に視線を向けた。リアは、物怖じしない様子で、彼らの所へと歩みを勧めた。
「ついに、わたくしが奇跡を起こせたと証明できたのです」
アンヌはそう言って胸をはる。
「はあ?」
晴天の霹靂とはまさしくこのことだろうか。ギルが休暇中に起きたことを、ライルが、かいつまんで説明してくれた。
「神託では、女神はすでに王宮内にいて、今は、地方にいると言っていたんだ。となると、該当する人物が彼女しかいないということになったらしい。私もその場にいなかったから、伝聞でしかなかったのだけどね」
ライルはそして渋りながら、もう一言付け加えた。
「バルジール大神官も、ともに復活ということになったよ」
女神はアンヌではない。フロルこそが、女神フローリアの生まれ変わりではないかとギルは知っている。
「女神の生まれ変わりは彼女ではない」
フロルこそが、女神の生まれ変わりなんだと、ギルが言おうとした時、彼の袖をひっぱるものがいた。
何かと思えば、フロルがギルの袖を引っ張っていた。フロルはギルの目をみて、首を横にする。今は何も言わないで、とフロルの目が語っていた。
ギルは仕方なく言葉を飲み込んだが、それは否応なくだ。
このアンヌが女神だなんて、絶対に神殿の神託システムの何かが間違っているのだ。ギルは憤懣やるかたないまま、呟くように苦情を呈する。
「俺が聖剣の騎士だなんて、誰が決めたんだ」
「ああ結局、聖剣を抜けたのがお前だけだったからな」
「それで、なんで、わざわざここに来たんだ? 休暇が終わってから話せばいいことだろう?」
「殿下が至急お前を連れ戻すようにと命じられたんだよ。私も休暇中に呼び出しされてね」
いい迷惑なんだよね。とライルはあからさまに不機嫌だ。
「それで、なんでライル様が私を迎えに来たんです?」
フロルがじろりとライルを睨む。ギル様とやっと両思いになったばっかりだと言うのに、何を邪魔しに来ているのか、と不愉快感を前面に顔に出す。
「面倒ごとに巻き込まれないうちに、回収しに来たって言っただろう?」
わけがわからない。フロルは、何が起きているのか全くわからないまま、ひたすら混乱していた。
レルマ子爵令嬢は二人の会話が聞こえたのだろう。その先を続けるように口を開いた。
「そう。リード様は、この私の番よ。大神官長様がそう仰ってくださったのよ」
何か問題でも?と言いたげに、リアは口元に自信ありげな笑みを浮かべる。そして、ゆっくりとギルの腕に自分の腕を絡ませた。
「レルマ子爵令嬢。少し待ってください。俺は、貴女の番いになんてなる気は全くありませんよ」
ギルは嫌そうに顔を顰めて、リアの腕から自分の腕を引き抜き、フロルの顔を真っ直ぐに見つめた。
「俺が好きなのは・・・」
ギルがそう言おうとした時、ライルがギルの言葉を遮った。ギルにその言葉を言わせる気がないようだった。
「だから、私が直々に向えに来たんだ。フロル、来い、帰るぞ」
「ライル様、だって荷物だって部屋に置いたままだし・・・・それにどうしてリルが外に出されているの?」
ギル様が、レルマ子爵令嬢の番? 神託? フロルの困惑はさらに続く。だって、馬屋にいるはずのリルが、強固な鎖につながれて、外に出されているのだ。
フロルの質問に、ライルは一言も答えずに、フロルの腕をライルはしっかりとつかみ、どんどんとフロルを引っ張っていく。
ギル様からどんどんと距離が開いていく。フロルは後ろを振り返ってギルを見つめた。
「ライル、ちょっと待て。フロルを連れていかせるもんか」
ギルが鋭い殺気を放ちながら二人を追いかけようとした時、突然、ギルの首元に刃が突きつけられた。ドレイクが刃を抜き、ギルの首筋に剣を当てたのだ。
「リード殿。貴方も宮廷に連れ戻せとの殿下からの命令です」
そんなドレイクに、ギルは眉一つ動かさず、じろりと周囲を見渡し、堂々と口を開いた。
「・・・剣を納めてくれ。ドレイク殿。俺も宮廷に行って、殿下と直談判しなけりゃならんだろうな」
「ギル様、ちょっと、どうして?!」
背後でただならぬ気配を感じたフロルは、ライルに腕を掴まれたまま、驚いて声をあげる。ギルはフロルの目をまっすぐに見つめた。
「フロル、俺が殿下と直談判して、このくだらない茶番を解消してみせる。俺を信じて待っててくれ」
ギルの目を見たフロルは、無言のまま大きく頷く。
─彼は嘘をついたことがない。そして、約束を破ることなんてしない。
ギルに対するフロルの信頼は、何よりも強いものだ。そんなフロルにギルは言葉を重ねる。
「後ですぐに追いつく。先にライルと一緒に行って待っててくれ」
ギルのすぐ横には、レルマ子爵令嬢がうっすらと笑みを浮かべて立っていた。まるで、ギルが自分のものだと言わんばかりの顔をしているのが、フロルにも見えた。
「ライル、少し待って」
リアは、ライル様を、「ライル」と呼び捨てにした。その無礼な振る舞いにフロルは眉を顰め不愉快感を前面に出す。
・・・偉そうにもほどがある。ライル様を呼び捨てにするなんて、一体、自分のことを何様だと思っているのだろう。
エスペランサの馬屋に来た時から、なんとなくいけ好かない女だとは思っていたが、これではあまりにも無礼過ぎる。
当然、ライルもいつものように、不機嫌な顔をして嫌味の一つくらいは言うだろうとフロルは思った。しかし、予想に反し、ライルは片手を胸に当て、丁寧な仕草でお辞儀をする。それでも、ライルのもう一方の手は相変わらずフロルの腕を掴んだままだ。
「どのようなご用でしょうか?」
「その娘に一言釘を刺しておかねばなりません」
リアは、顎を少し上にあげ、小馬鹿にするような目つきでフロルを見た。
「フロル。リード様は私の夫になるお方。貴女のような賤しい娘が傍にいていいお方ではありません。自分の身の上を今後よくわきまえておきなさい」
はあ?
フロルの中で、ものすごく大きな疑問符が湧き上がり、つい、むっと来て言い返そうとした時だった。ライルがフロルの腕を強く握り、抗議するなと目で訴えた。
ライル様の綺麗な青い瞳の中に、何かの意思が浮かんでいる。フロルは瞬時にそれを理解して、抗議の言葉をぐっと飲み込んだ。
目の前の子爵令嬢に、ライルは恭しく一礼し、普段のライル様にはあり得ないような丁寧な口調で話すのを、フロルは信じられない面持ちで聞いていた。
「・・・フロルの教育はこの上司である私の役目。後で重々よく言って聞かせます」
「ええ、そうね。ライル。お願いね」
「かしこまりました。女神様」
女神様? ぽかんと口を開けるフロルの腕をライルが掴んだまま、無理やり別の竜の所へ引っ張って行く。
「ライル様、あんな言い方されていいんですか?」
ライルは途中で立ち止まった。綺麗な顔に厳しい表情が浮かぶ。フロルの耳に口をよせ、誰にも聞こえないようにライルが小声で囁く。
「フロル、色々言いたいことはあるだろうが、今はあの女に逆らうな」
ライルが顎で示した先には、リアがいた。優越感に塗れた視線で自分を眺めている。
「ライル様、どういうこと?」
なんとなく、フロルも小声で聞き返せば、ライルはそっと耳打ちする。
「さっきも言ったように、あの女が女神だと大神官長が認定したんだ。今は、女神として、あの女が宮廷の権力を握っている」
「あの人が女神様・・・?」
絶対に女神のようには見えない娘が女神を語っているのだ。フロルには違和感しか感じえない。
「そう。今や彼女は女神として王族に命令できる立場にいる。だから、今は、逆らうな。詳しくは、魔道師塔に戻ってから説明してやる」
「どうかしましたか?」
遠巻きにリアが命令口調でライルに言う。
「いえ、これから出立しますので、失礼させていただきます」
普段王族に対しても言わないような丁寧な口調でライルが言う。
「でも、リルは? リルを置いていけない!」
フロルがリルを見て叫ぶと、リルも何事かを察したのだろう。フロルを見つめて、「きゅうぅぅ」と悲しそうな声をあげる。
「神官がリルを神獣リールガルだと認定したんだ」
「ってことは?」
「リルもあの女のものになると言うことだ」
「ちょ、ちょっと待って」
「だから面倒なことになると思ったんだ。いいから早く竜に乗れ」
そこには竜騎士団副官キースが竜の手綱を手にフロルを待っていた。
「ちょっと待って! リルは、私の竜」
「いいから早く竜に乗れ」
オロオロするフロルをライルは無理やり竜に押し上げ、まるで打ち合わせをしていたかのように、キースはあっと言う間に上空へと飛び立った。
「ちょっと、待って!リル!」
リルも自分が置いて行かれると察したのだろう。地面につながれたまま、「きゅう!きゅう!」と抗議の声をあげる。リルがつながれている鎖がこすれあい、軋んだ音を立てる。
「キースさん、戻して。リルを置いていけない。戻して!」
真っ青になって叫ぶフロルに、キースは申し訳なさそうな顔を見せる。しかし、何も言わずに、キースはさらに高度をあげた。つまり、キースには、戻る気はさらさらない、と言うことだ。
フロルを乗せた竜はキースと共にあっと言う間に、空高く舞い上がる。そして、王宮へむかってまっしぐらに進んで行ったのだった。
キースは途中、一言も喋らなかった。上空からフロルが振り返れば、地上に置き去りにされたリルが、フロルを見上げて悲しそうに鳴いていた。
◇
次回、リルちゃん、激オコです!
「そもそも、ライル様、どうやってここに来たんですか?」
あの出不精のライル様の交通手段がどうしても謎だ。そんなフロルの疑問に答えたのは、驚いたことに、なんとドレイク様だった。
「私のグレイスに乗ってもらったよ」
そういうドレイクもなんだか、げっそりと疲れた顔をしている。竜の乗り心地はそれほど居心地よくない。気難しいライルを乗せて、ドレイク様もさぞかし気を遣ったことだろう。
しかし、だ。だからといって譲れないものだってあるのだ。
「私、まだ帰りませんよ。休暇だって、あと3日は残っているじゃないですか!」
ちょっと唇をとがらせ、不満げに言うフロルに、ライルはいつになく厳しい顔になる。
「詳しい話は後だ。とにかく、魔道士塔に帰れ」
「いや、フロルを連れて行くのなら、まず俺にきちんと話をするべきだと思うが」
ギルが、ライルからフロルを取り返して、自分の背の後に隠す。そんな二人を、ライルが再び神経質そうに眉を顰めて見つめた。
「・・・また、新たな神託がおりた。女神は今、王宮でなく地方にいると」
「それが俺となんの関わりがあるんだ?」
「結局、女神の条件にあうのがレルマ子爵令嬢しかいなかった。それで、王宮の使者が彼女を訊ねたら、奇跡が起きてね。結局、彼女がやはり女神であったという結論になった」
「それで連れてきたって・・彼女をか?」
ギルも不愉快な顔を隠そうともせずに、レルマ子爵令嬢に視線を向けた。リアは、物怖じしない様子で、彼らの所へと歩みを勧めた。
「ついに、わたくしが奇跡を起こせたと証明できたのです」
アンヌはそう言って胸をはる。
「はあ?」
晴天の霹靂とはまさしくこのことだろうか。ギルが休暇中に起きたことを、ライルが、かいつまんで説明してくれた。
「神託では、女神はすでに王宮内にいて、今は、地方にいると言っていたんだ。となると、該当する人物が彼女しかいないということになったらしい。私もその場にいなかったから、伝聞でしかなかったのだけどね」
ライルはそして渋りながら、もう一言付け加えた。
「バルジール大神官も、ともに復活ということになったよ」
女神はアンヌではない。フロルこそが、女神フローリアの生まれ変わりではないかとギルは知っている。
「女神の生まれ変わりは彼女ではない」
フロルこそが、女神の生まれ変わりなんだと、ギルが言おうとした時、彼の袖をひっぱるものがいた。
何かと思えば、フロルがギルの袖を引っ張っていた。フロルはギルの目をみて、首を横にする。今は何も言わないで、とフロルの目が語っていた。
ギルは仕方なく言葉を飲み込んだが、それは否応なくだ。
このアンヌが女神だなんて、絶対に神殿の神託システムの何かが間違っているのだ。ギルは憤懣やるかたないまま、呟くように苦情を呈する。
「俺が聖剣の騎士だなんて、誰が決めたんだ」
「ああ結局、聖剣を抜けたのがお前だけだったからな」
「それで、なんで、わざわざここに来たんだ? 休暇が終わってから話せばいいことだろう?」
「殿下が至急お前を連れ戻すようにと命じられたんだよ。私も休暇中に呼び出しされてね」
いい迷惑なんだよね。とライルはあからさまに不機嫌だ。
「それで、なんでライル様が私を迎えに来たんです?」
フロルがじろりとライルを睨む。ギル様とやっと両思いになったばっかりだと言うのに、何を邪魔しに来ているのか、と不愉快感を前面に顔に出す。
「面倒ごとに巻き込まれないうちに、回収しに来たって言っただろう?」
わけがわからない。フロルは、何が起きているのか全くわからないまま、ひたすら混乱していた。
レルマ子爵令嬢は二人の会話が聞こえたのだろう。その先を続けるように口を開いた。
「そう。リード様は、この私の番よ。大神官長様がそう仰ってくださったのよ」
何か問題でも?と言いたげに、リアは口元に自信ありげな笑みを浮かべる。そして、ゆっくりとギルの腕に自分の腕を絡ませた。
「レルマ子爵令嬢。少し待ってください。俺は、貴女の番いになんてなる気は全くありませんよ」
ギルは嫌そうに顔を顰めて、リアの腕から自分の腕を引き抜き、フロルの顔を真っ直ぐに見つめた。
「俺が好きなのは・・・」
ギルがそう言おうとした時、ライルがギルの言葉を遮った。ギルにその言葉を言わせる気がないようだった。
「だから、私が直々に向えに来たんだ。フロル、来い、帰るぞ」
「ライル様、だって荷物だって部屋に置いたままだし・・・・それにどうしてリルが外に出されているの?」
ギル様が、レルマ子爵令嬢の番? 神託? フロルの困惑はさらに続く。だって、馬屋にいるはずのリルが、強固な鎖につながれて、外に出されているのだ。
フロルの質問に、ライルは一言も答えずに、フロルの腕をライルはしっかりとつかみ、どんどんとフロルを引っ張っていく。
ギル様からどんどんと距離が開いていく。フロルは後ろを振り返ってギルを見つめた。
「ライル、ちょっと待て。フロルを連れていかせるもんか」
ギルが鋭い殺気を放ちながら二人を追いかけようとした時、突然、ギルの首元に刃が突きつけられた。ドレイクが刃を抜き、ギルの首筋に剣を当てたのだ。
「リード殿。貴方も宮廷に連れ戻せとの殿下からの命令です」
そんなドレイクに、ギルは眉一つ動かさず、じろりと周囲を見渡し、堂々と口を開いた。
「・・・剣を納めてくれ。ドレイク殿。俺も宮廷に行って、殿下と直談判しなけりゃならんだろうな」
「ギル様、ちょっと、どうして?!」
背後でただならぬ気配を感じたフロルは、ライルに腕を掴まれたまま、驚いて声をあげる。ギルはフロルの目をまっすぐに見つめた。
「フロル、俺が殿下と直談判して、このくだらない茶番を解消してみせる。俺を信じて待っててくれ」
ギルの目を見たフロルは、無言のまま大きく頷く。
─彼は嘘をついたことがない。そして、約束を破ることなんてしない。
ギルに対するフロルの信頼は、何よりも強いものだ。そんなフロルにギルは言葉を重ねる。
「後ですぐに追いつく。先にライルと一緒に行って待っててくれ」
ギルのすぐ横には、レルマ子爵令嬢がうっすらと笑みを浮かべて立っていた。まるで、ギルが自分のものだと言わんばかりの顔をしているのが、フロルにも見えた。
「ライル、少し待って」
リアは、ライル様を、「ライル」と呼び捨てにした。その無礼な振る舞いにフロルは眉を顰め不愉快感を前面に出す。
・・・偉そうにもほどがある。ライル様を呼び捨てにするなんて、一体、自分のことを何様だと思っているのだろう。
エスペランサの馬屋に来た時から、なんとなくいけ好かない女だとは思っていたが、これではあまりにも無礼過ぎる。
当然、ライルもいつものように、不機嫌な顔をして嫌味の一つくらいは言うだろうとフロルは思った。しかし、予想に反し、ライルは片手を胸に当て、丁寧な仕草でお辞儀をする。それでも、ライルのもう一方の手は相変わらずフロルの腕を掴んだままだ。
「どのようなご用でしょうか?」
「その娘に一言釘を刺しておかねばなりません」
リアは、顎を少し上にあげ、小馬鹿にするような目つきでフロルを見た。
「フロル。リード様は私の夫になるお方。貴女のような賤しい娘が傍にいていいお方ではありません。自分の身の上を今後よくわきまえておきなさい」
はあ?
フロルの中で、ものすごく大きな疑問符が湧き上がり、つい、むっと来て言い返そうとした時だった。ライルがフロルの腕を強く握り、抗議するなと目で訴えた。
ライル様の綺麗な青い瞳の中に、何かの意思が浮かんでいる。フロルは瞬時にそれを理解して、抗議の言葉をぐっと飲み込んだ。
目の前の子爵令嬢に、ライルは恭しく一礼し、普段のライル様にはあり得ないような丁寧な口調で話すのを、フロルは信じられない面持ちで聞いていた。
「・・・フロルの教育はこの上司である私の役目。後で重々よく言って聞かせます」
「ええ、そうね。ライル。お願いね」
「かしこまりました。女神様」
女神様? ぽかんと口を開けるフロルの腕をライルが掴んだまま、無理やり別の竜の所へ引っ張って行く。
「ライル様、あんな言い方されていいんですか?」
ライルは途中で立ち止まった。綺麗な顔に厳しい表情が浮かぶ。フロルの耳に口をよせ、誰にも聞こえないようにライルが小声で囁く。
「フロル、色々言いたいことはあるだろうが、今はあの女に逆らうな」
ライルが顎で示した先には、リアがいた。優越感に塗れた視線で自分を眺めている。
「ライル様、どういうこと?」
なんとなく、フロルも小声で聞き返せば、ライルはそっと耳打ちする。
「さっきも言ったように、あの女が女神だと大神官長が認定したんだ。今は、女神として、あの女が宮廷の権力を握っている」
「あの人が女神様・・・?」
絶対に女神のようには見えない娘が女神を語っているのだ。フロルには違和感しか感じえない。
「そう。今や彼女は女神として王族に命令できる立場にいる。だから、今は、逆らうな。詳しくは、魔道師塔に戻ってから説明してやる」
「どうかしましたか?」
遠巻きにリアが命令口調でライルに言う。
「いえ、これから出立しますので、失礼させていただきます」
普段王族に対しても言わないような丁寧な口調でライルが言う。
「でも、リルは? リルを置いていけない!」
フロルがリルを見て叫ぶと、リルも何事かを察したのだろう。フロルを見つめて、「きゅうぅぅ」と悲しそうな声をあげる。
「神官がリルを神獣リールガルだと認定したんだ」
「ってことは?」
「リルもあの女のものになると言うことだ」
「ちょ、ちょっと待って」
「だから面倒なことになると思ったんだ。いいから早く竜に乗れ」
そこには竜騎士団副官キースが竜の手綱を手にフロルを待っていた。
「ちょっと待って! リルは、私の竜」
「いいから早く竜に乗れ」
オロオロするフロルをライルは無理やり竜に押し上げ、まるで打ち合わせをしていたかのように、キースはあっと言う間に上空へと飛び立った。
「ちょっと、待って!リル!」
リルも自分が置いて行かれると察したのだろう。地面につながれたまま、「きゅう!きゅう!」と抗議の声をあげる。リルがつながれている鎖がこすれあい、軋んだ音を立てる。
「キースさん、戻して。リルを置いていけない。戻して!」
真っ青になって叫ぶフロルに、キースは申し訳なさそうな顔を見せる。しかし、何も言わずに、キースはさらに高度をあげた。つまり、キースには、戻る気はさらさらない、と言うことだ。
フロルを乗せた竜はキースと共にあっと言う間に、空高く舞い上がる。そして、王宮へむかってまっしぐらに進んで行ったのだった。
キースは途中、一言も喋らなかった。上空からフロルが振り返れば、地上に置き去りにされたリルが、フロルを見上げて悲しそうに鳴いていた。
◇
次回、リルちゃん、激オコです!
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※アルファポリスのみの公開です。